チョコレートショック

志鳥かあね

チョコレートショック

「もうすぐだね」

「え? 何が?」

 休み時間、私は友人の突然の言葉に疑問を抱いた。

「バレンタインデーだよ」

 そうだった。もうそんな時期か。

「最悪……」

 気が重くなり、私はぽつりと漏らした。『バレンタインデー=チョコレート』の式が成り立つからだ。なぜなら、私はチョコレートが大嫌いだからである。


 それもただ嫌いというわけではない。体自体が拒否反応を示すのだ。吐き気やら体のかゆみやら……ようするに、チョコレートアレルギー。しかも食べなくてもその現象は現れる。

 私が小学生の頃、親がいつものようにチョコレートを買ってきて、私はそれを食べた。その時急に意識を失って救急車で運ばれた。なんとか一命はとりとめたが、それからというもの、チョコレートに近づくだけでアレルギー反応がでる。


 そんな思い出があるから、もうバレンタインデーなんて勝手にやってください。という気分。

 だが、しばらくして思い出した。困った。私には好きな人が居るんだった!

 好きな人にはやはりこの日にプレゼントをしたいものである。

「何……あげようかな」

「何ってチョコレートに決まってるじゃん」

「チョコじゃなきゃだめ?」

「もちろん」

 私の暗い気分をよそに、友人は平然と答えた。

「しょうがない……適当なのを買おう」

「ダメダメ! やっぱりチョコレートは手作りじゃなきゃ、本命チョコだと思われないよ」

「マジで?」

 包みにチョコレートが入っていると思うだけで、なんとなく嫌なのに、手作りなんてしてチョコに近づいたら、私の場合大変な事になる。


「チョコ作り頑張ってね!」

 何も知らない友人は笑顔で私を応援した。

「う、うん……」

 気が進まなかったが、結局私は友人に言われるがまま、手作りチョコを作る事にした。

 まず近くのスーパーで材料を買ってくる。袋に入っているからとりあえずはなんともないが、見るだけでもう嫌な気分になってくる。

 私は気合をいれ、万全の対策をとることにした。


「よし!」

 私の身を包んだのは白い防護服。放射能とかを処理する時に使われるような、特注のものである。この日のために用意した。これでチョコに汚染される心配はない。

 十分換気に気をつけて、私は早速チョコの袋を開けた。

 うん、なんともない。


 最初は若干不安な気持ちにはなったが、安心して手作りチョコを作り始めた。

 まずチョコレートを包丁で細かく刻んでそれから湯煎にかける。本に書いてあるように生クリームを入れ、混ぜる。それからハートの型にそれを流し込み、私の初めての手作りチョコはすんなりと完成したのであった。


 さて、後は箱に入れて包装するだけだが、箱にチョコが付くとやっかいなので袋に入れ洗浄した後、入れる作戦に出た。そこで私が取り出したのは……

「じゃーん。布団圧縮袋!」

 なんとなくだけど、真空にしたかった。


 私は小型の布団圧縮袋にチョコレートを入れ、空気を抜き、袋を洗った。

 あとはチョコレートの付いたものを綺麗に片付け、私は防護服を脱いだ。

 あらかじめ用意した青い箱にチョコレートの袋を入れ、リボンをつけて出来上がり。


 後は明日渡すだけ。

「やったー! なんとかやりとげた」

 私は伸びをして、ベットに横になった。

 明日が楽しみ。彼は喜んでくれるだろうか。



 翌日、バレンタインデー当日である。

 私が学校に着くと教室はなんとなくチョコの香りがする気がした。

 私は思わず吐きそうになった。一日この状態が続くとなるとかなりやっかいである。


「おはよう。今日の準備はオーケー?」

「う、うん」

 私は手で口を押さえて答えた。

「大丈夫? 顔色悪いみたいだけど」

「なんとかね」



 授業が終わり、昼休み。私は人気のない所に彼を呼び出した。もちろんチョコを渡すため。

「中村くん、これ」

 おずおずと私は彼にチョコの入った青い箱を渡した。

「俺に?」

「うん」

「ありがとう!」

 中村くんは箱を受け取り、満面の笑顔を見せてくれた。素敵。


 私はそれからもじもじとして、思い切って今の思いを伝える事にした。

「それで、その……私、中村くんのことが好きです!」

 告白した。心臓の鼓動が高鳴る。

 しばらくして、照れくさそうに中村くんは言った。

「……実は俺も船瀬のことなんとなく気になってたんだ」

 告白は大成功であった。

 私はよかった。と胸をなでおろした。

「開けてみてもいい?」

「うん」

 ノリですんなり返事をしてしまったが、やばい!アレルギーが出る。

 急いで私は中村くんを止めた。


「や、やっぱり家に帰ってからで!」

 私の慌てふためく姿に、中村くんは少し不思議そうな顔をしたが、わかったよ。と笑った。

 こうして私たちは付き合うことになった。

 バレンタインデー……悪くないかも。




 そしてある三月の日のこと。

「友里ちゃん」

「なに? 久雄くん」

 私たちが付き合って約一ヶ月である。今では下の名前で呼び合ってる。

「今日って何の日かわかる?」

「私たちが付き合い始めて一ヶ月だね」

「そうだよ。それで、これ」

 と、久雄くんは包みを取り出した。なんかちょっと嫌な予感がする。

「バレンタインデーのお返し。友里ちゃん甘いもの好きだと思って」

 包みを渡された時思った。これは十中八九チョコレートではないかと。


「あ、ありがとう」

 引きつった笑みを浮かべながら私は礼を言った。

「開けてみてよ」

「え? 今ここで?」

「うん」

 久雄くんの笑顔に押され、私はしぶしぶと包みを開けることにした。

 開けるとむわっとチョコレートの匂いが鼻を付く。

 き、気持ち悪い。

「どうしたの? 顔色悪いよ」

「だ、大丈夫だよ」

 涙目になりながら私は答えた。

「そうかな? 調子悪い時は糖分取った方がいいよ」

 久雄くんは包みからチョコレートをつまんだ。私の口元へチョコが迫ってくる。

「ほら、あーんして」

 ああ、神様。私はもうすぐ逝きます。今までみんなありがとうね。

 閉じていた口を開くとそこにチョコレートが放り込まれた。

 一気に視界が真っ暗になった。

「ゆ、友里ちゃーん!!」

 久雄くんの声が聞こえたと思った瞬間。そこで私の意識は途絶えたのだった。

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