貸出延滞12年

 休み時間はいつも図書室だ。だって、何より本が好きなんだもの。SF、ファンタジー、随筆、評論、実務書、なんでもかんでもひたすら読む。最近はちょっと偏りが出てるけど。

 ただこのごろ気になっていることがある。僕が借りる本借りる本の貸出しカードに、同じ、名前が記されているのだ。日時は12年前で名前は多田直人。今月赴任してきた新米の先生と同じ名前だ。直接話を聞いてみたい気持ちはあるものの、なかなか行動に移せていない。



 ―――「あれ五十嵐君今日は行かないの?」


 休み時間、トイレのあたりでうろうろしていると、例の多田先生に話しかけられた。僕は小さく首を振る。


「そうか、なら僕にちょっと付き合ってくれないかい?」


 僕は半ば強引に、生徒指導室に連れていかれた。


「まあ座って、座って。緊張しなくていいからさ。前から気になっていたんだけど、なかなかチャンスがなくてね。図書室じゃ話せないだろ?」


 生活指導や進路相談に纏わる大量の本に囲まれた小さな椅子に座ると、先生も前に座った。


「僕のことなんでそんなにって顔してるね。僕、この学校の卒業生でね。よく通った図書室に久しぶりに顔を出して、昔読んだ本を懐かしんでると、手にとる本、手にとる本に君の名前があるじゃないか。君ももしかして僕のこと気づいていたんじゃないかなあ」


 僕は頷いた。


「やっぱりね。そうか……」


 先生は腕を組んだまま天井を見上げた。


「君は知ろうとしてるんだね。それは君が強く、やさしい心を持ってる証拠だよ。でも、本当に辛くなったら担任の先生や僕に相談してほしいんだ。先生たちも全力を尽くす。いつでも待ってるから」


 先生は優しい口調でそう言った。


「もっと話聞きたかったけど、もう時間か。ってそうそう、先輩として君にオススメの一冊があるんだ。ちょっとだけ待って」


 先生は立ち上がって、本棚から一冊の本を取り出した。


「本は僕たちに応えてくれる。君が望めば世界は広がる。この本が、これからの君を照らす一筋の灯りとなることを祈っているよ。ああ、それ僕の私物だからいつでも気が向いた時に返してくれるといい。いつまでも、待ってるから」



 ―――次の日、僕はいつものように一番乗りで本を物色していた。前と少し違うのは寝不足で目がしょぼしょぼすることくらいかな。貸出しカウンターで手続きをすると、僕の雑多な貸出履歴にまた新たな本が加わった。


「コミュニケーション障害とはなにか」

「いじめ事例の検証」

「攻撃的性格」

「死にたくなった時に読む本」

「先生という職業」

「教職課程入門」


 僕には借りたままの本がある。いつか返すその日まで、僕は立ち止まらない。

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