同調世界の独裁者

白湯気

序章 : 柏木皐月《ホムンクルス》

 背中に携えた『剣』を振るえば、いくつもの命が宙を舞った。


 固く握った『拳』を撃ち付ければ、いくつもの文化が粉砕された。


 第三次世界大戦


 それは、戦争ではなく虐殺だった。

 それは、西暦を終わらせた。

 それは、大陸の43%を海に沈めた。


 僕達5人が引き起こした、正義を騙った虐殺。

 この世界が美しく、幸せな世界だと気付いたのは、僕達が世界を五つに山分けをした後だった。


 僕は命令されていた! 仕方がなかった!


 誰に言った訳でもないが、そんなものは言い訳にすらならないことは彼自身が一番よく分かっていた。


「あぁ……」


 幸福、愛情、多幸感や、憧憬。


「あぁ……!!」


 怒り、恐れ、妬み、殺意。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」


 そして、絶望。


 感情とは人格の一部であり、出生から様々な経験を通しおよそ10歳でほぼ形成され、18歳になると固定される。

 すなわち、人格とは記憶、感情の根源は脳に記録されていく過去にある。


 感情の移植────すなわち、記憶の移植。

 埋め込まれた感情によって彼が最初に抱いた気持ちは『罪悪感』

 が良心を持つ、それは出来たばかりの人格を破壊し尽くすには多くの時間を必要とはしなかった。


 破壊されたらまたやり直せばいい、単純作業の繰り返し。


「やめて……もう嫌だ……」


 壊れて、入れて


「知りたくない……!! 俺が!! どうして俺が!!」


 失くして、与えられて、亡くして、蘇って


「私のせいじゃない!! 私は、ただ……!!」


 消えて、現れて、忘れて、思い出して、壊れて、壊れて、壊れて……


「あ……ぁ……ぅ……」


 斬って、砕いて、潰して


「あ……そう、か……」


 殺して、壊して、奪った


「僕の……せい、だ」


 の記憶が、人格が、彼を形成する。


「ごめんな……さい」


 そして、彼は人間を手に入れた。

 つまり、彼は人間を奪ったことに気づいた。


「……ごめんなさい」


 僕は自分で殺した人達によって成り立っている。

 12億8700万の命によって、僕は生まれた。



   ◇   ◇   ◇



 携帯電話の呼び鈴で目を覚ました。


「んぅ……はい」


 軽く肩を回しながら適当に出る、相手は分かっている。彼の後見人であり、恩人であり、母親だ。


『今起きたの? まったく、手術以降のだらけ具合が酷いわね、1度メンテナンスが必要?』


「大丈夫ですよ、入学式には間に合うはずです」


 電話相手は若い女性の声で口調は柔和で聞きやすい。


『あまり目立つような事はしないでね、絶対に、あくまでも普通を演じてちょうだい』


「分かってるよ、"母さん"」


『……そうだったわね』


 声は一瞬間を置いたが、穏やかに応えた。


「もういい? 切りますよ? 準備しなきゃだから」


『分かった、気をつけてね』


 予め1度洗濯しておいたシャツに袖を通し、卸したての紺のブレザーを羽織る。胸には校章が縫い付けられており、その存在感に気圧されやや緊張が増す。


「よし……今日からお前は柏木皐月だ、そう……僕は柏木皐月」


 これは一種の呪文で、自分のパーソナリティの確認や、個人としての独立を認識する意味合いを持つ。

 1LDKという学生の一人暮らしにしては贅沢な部屋の戸締りを済ませ、学校へ向かう。


 彼が今年から通い始める学校。極東武蔵学園、通称『極武』は、サイバネティックス・アーツ社が直接運営をしている最先端技術、教育方針を次々に取り入れる言わばベンチャー系の企業のような学校であった。


 そして今、柏木皐月は────

「参ったな……」

 迷子になっていた。


 十字路の真ん中に立ち辺りを見回す。


「(おそらくここは居住区……のはず……であれば、ここから東)」


 言い聞かせながら歩くが、彼が足を踏み出したのは北であり、さらに言えば居住区から学校に行くためには西だ。


 居住区は隙間なく立ち並ぶ白の立方体、等間隔に玄関が設けてあり、まるで特徴がない。

 それもその筈で、彼が歩くそこは学生区と呼ばれるエリアで、極東武蔵学園に通う生徒向けにSA社が管理している区画なので全て同じ間取り、区別するには玄関に書かれたナンバーと3棟ごとに設けられた十字路にある区画番号の組み合わせだ。

 しかし、彼が住んでいるのは居住区ではなく町の郊外、彼が居住区の仕組みなど把握してはいなかった。


「ふぅ、こうも同じ風景だと感覚が狂うな……」

 ぼやきつつ彼は見当違いな方向を突き進む。


「あの、極武の生徒ですよね? そっちじゃないですよ?」


「え? あ……!」


 後ろから声がかかる、急なことで警戒したが、極東武蔵高校の略称が聞けたことと声音が女性であったことも相まって嬉しさがこみ上げる。


「は……はは……よかったぁ!! ホントによかった……うぅ……よかった……!!」


「え……泣いてる……」


 若干引かれたが問題は無いはずだ。


「迷子ですか? ふふ、高校生にもなって方向音痴だなんて、大丈夫ですか?」


「ここから、東だとは分かってたんですけど……コンパスとかそう言う類のものがなくて……」


「えっと、コンパスじゃなくても今じゃ携帯端末があるし……それに、ここから学校は西です。あなたが歩いてるのは北……」


「……」


 驚愕の事実だ。


「あはは……学校、一緒に行きますか?」


「是非!!」


 ショートヘアが良く似合う彼女に後光が差した────気がした。否、髪型もよく似合うがそれだけではない、顔はまだ幼さを残しつつ育った肢体は制服越しでも分かる。

 制服の性質上うなじから鎖骨までのラインが露出しており嫌でも目が吸い寄せられる、そこから伝って下に下ろしていくと────


「あの……」


「え!? あ……」


「大丈夫……ですか?」


「あ、うん!! 大丈夫!! 全然大丈夫!! おっきいなとか全然思ってないから!」


「?」


 幸運にも邪な目で彼女を見ていたことには気付いていないらしく、小首を傾げていた。

 まるでうさぎを彷彿とさせる行為に胸が締め付けられる。


「(これまた仕草が凄まじいな……加えて上目遣いとは、普通にやばい、これをかわいいと呼ぶのか……)」


「あの……」


「は!? 大丈夫!! 行きましょう!!」


「え、えぇ……」


 あ、バレたわ

 

 完全に変な人レッテルを貼られたところで進んできた道を戻り、学校に到着したのは集合時間からわずか3分前、同じ新入生は既に支度をすませ、移動を開始している者もいた。

 親切な女の子に礼を言い、大急ぎで支度をした後、誘導に従って大きな講堂に入る。ズラリと並んだパイプ椅子の指定された場所に座り、粛々と式が始まった。


「あ、名前聞いてない!」



   ◇   ◇   ◇



 事件は、入学式に起きた。

「おい、あれ……」

 それは式も半ば、春の陽気に当てられ、睡魔に襲われ始めた時にどこからか聞こえた男子生徒の小さな感嘆の声。


「新入生のみなさん、入学おめでとうございます。私は生徒会長のアリス・愛染・アルニヘルです。我が学校の校風は実力至上主義であり……」


「(あぁ、なんて大きいんだ……)」


 もちろん、存在感の話であって決してやましい気持ちはない。

 が、彼女の美しい銀の長髪に通った鼻筋、引き締まった肢体にこぼれんばかりの豊満な胸、去り際に見えた腰のラインはなんとも綺麗な曲線を描き視線を釘付けにさせる。


「「罪深いギルティ……」」


 新入生の心(男子のみ)が一つになった、気がした。


「次に教頭先生からの祝辞です」


 僕は静かにまぶたを閉じた。


「おい、そこの」


 ふと、声がかかる。

 目を開けると、豊満な胸が……。


「あぁ、おっきい」


 最前列に座っていたためかなり壇上が近いと思っていたが、まさかあの生徒会長がこんなにも近くに……見える、なん……て?


「何を寝ぼけている?」


 違う、目の前にいる。


「ほえ!? あ、あの、なんでしょう……?」


「ほう? 自分の過ちに気づいていないと?」


 ふと、あたりを見回すとたくさんの視線が集まっていた。


「えっと、何か……?」


「本当に気づいていないのか? いいだろう、貴様のような駄犬には躾が必要なようだ」


 生徒会長アリス・愛染・アルニヘルが右手を掲げる。


「対人汎用兵器……通称バリスタ、貴様も知っているだろう?」


 バチッ と、一瞬音が鳴ったかと思うと、彼女の右腕には見るからに凶悪な籠手が装着されていた。

 周りの教師らしき人物たちが慌ただしく動き出すのが目の端に映った。


「ここは実力至上主義、そのあとなんと言ったか分かるか?」


「え、えっと……」


 やばい、聞いてなかった‼ 会長の会長があまりにも魅力的でなんて言えない‼


「そこだよ、話を聞かず、校長の話で目をつむるような愚か者はこの学校にはいらない」


「あ……その」


 何も言い返せなかった、言うとおりだ。


「そして私は弱者はいらないと言った、実力を持って強者は弱者を淘汰し、敗者は校舎から去れ、と」


 彼女の右手にある籠手が妖しく光る。


「まずは、貴様が退学第一号かな?」


 ズンッ と、体育館に重低音が響く。

 躊躇のない一撃、右腕はすべてを破壊せんと猛威を振るう。


 あがった土埃が薄れ、あたりが見回せるレベルまで晴れる。


「……ん?」


 当たったらただでは済まないほどの威力、それは上がった土埃が雄弁と語る。

 が、それが皐月に届くことはなく────


「よかった、周りは無事だったみたい……」


 右手首をつかまれ、当たる寸前で止まっていた────それも、素手で。


「んな!?」


 皐月周辺の生徒は先生達が動いた結果であろう不可視の障壁によって守られている。


「すいませんでした!」


 ゆっくりと手を離した後、深々と謝罪する。


「会長に見とれていたあまり、会話を聞き取れていませんでした! 以後、気を付けます!」


「見とれ……!? チッ……まぁ、いい、今回だけだ」


 アリスは、対人汎用兵器バリスタを外し、バツが悪そうに一歩さがる。


「皆さんにも大変迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした!」


 周りの生徒に頭を下げる。

 今できることはこれくらいだ。


「何やってんだ! この大馬鹿野郎が!」


 頭を下げていた後ろでスパーン と、快音が響く。

 振り向くと筋骨隆々な男職員にアリスは正座させられていた。


「(この数秒でいったい何が!?)」


「いつもいつもやらかしやがって! 入学式はおとなしくしろって言っただろが!」


「だって! 気にくわないんだもん!」


「うるせぇ! やりすぎだ馬鹿!」


 スパーン と、スリッパで頭をはたかれる生徒会長アリス。

 壇上で見せた貫禄はどこかへ飛んでいき、周りはこのノリについてこれていなかった。


「あとお前!」


「は、はい!」


「やり方は馬鹿だったが、こいつの言ってることは間違えてない、終わったら生徒指導室に来い」


「はい……」


 そういうと男職員はアリスの首ねっこを掴みズルズルと引きずっていった。


「それじゃ、改めまして、校長の話です」


 そして、さも当たり前のように再開される入学式の中、生徒たちはみなやはりついていけておらず、ポカンと口を開けたまま式は進んだ。



   ◇   ◇   ◇




 入学式を終え、生徒指導室にて反省文を入学早々書かされた後に配属先のクラスを確認する。


「……」


 覚悟はしていたが、新学期の新しいメンツで始まる学校生活への不安と、先ほどの大失態も相まって鉛かと思うほど重い扉を開け、自分の席につく。


「おい、お前って入学式の……」


 どこからか聞こえた声にビクつかせつつ頷く。

 そこからは弾幕のように矢継ぎ早に声を浴びせられた。


「マジかよ! お前、あれ見たよ‼ どうやったんだ!?」

「にしても、馬鹿だよなぁ!」

「なんか、かっこよかったよ! あれ? ううん、かっこわるいかも!」

「でも、あの会長に目つけられたのうらやましくね?」

「ねね、君名前なんて言うの?」


 ワラワラと集まってくるクラスメイト、思ったより悪感情はなかったみたいで皐月は一安心していた。

 チャイムが鳴り、集まっていた人たちは皐月にまたあとでねと気さくに声を掛けつつ自分の席に戻っていく。


「あ......」


 そして、真隣りに今朝の女の子がいることに気づいた。


「(ファーーーーーーー‼)」


 今朝の女の子と目が合う、あろうことかこちらに近付いてくる。


「(やばいやばいやばい‼ ここで「あ! 朝の変態!」とかみんなの前で言われてみろ! 僕の学校生活ジ・エンド! ただでさえ入学式でやらかしてるのに!)」


 まるで心の声が聞こえていて嘲笑うかのようにして近づく、というより笑ってる、それも満面の笑みだ。


「(待て待て待て……!! まずいって……!!)」


「一緒のクラスだね! よかったぁ......知ってる人がいて、これからよろしくね!」


「(天使かな?)」


 一瞬彼女に後光が差した、暖かい光に包まれたような多幸感をかみしめる。


「改めまして、私は相模スミレって言うの、よろしくね!」


「僕は、柏木皐月……こちらこそ……よろしく……っ‼」


 あぁ、なんていい子なんだろう。僕は感動のあまり涙を流していた。


「え!? また泣いてる!? なんで!?」


「いや、ホントにうれしくて……」


 そういうと、彼女は吹き出した。


「……ふ、ふふ……アハハ! あなたって、ホントに不思議な人!」


「え!? なんで!?」


 皐月は腹を抱えて笑うスミレに頬をかいて苦笑いを浮かべるしかなかった。

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