えぴそ~ど40 「想いは想いのままで――(下)」

 

 アラモードが、いつの間にか湯船の中で泳いでいる。

 そのアラモードがアフロヘアのおばさんに怒られて、半べそ状態でこちらにやってきたところで私は口を開いた。


「ねえ、アラモード」


「怖いのです、あのおばはん。まるで女版ゴブリンロードなのです。……え? なんなのです、ロゼリアさん」


 アラモードに聞いてどうするの――?

 そう思いつつも、それは喉元を通ると同時に声に変換された。



「私も……私もあなたと同じで、凡介から何とも思われていないのかな?」



 口を半開きにして私を見つめるアラモードが、ややあって言葉を発する。


「そんなこと、一緒に住んでいるロゼリアさんが分からないのにアラモが知るわけないのです。ただ……」


「ただ?」


 そこで、アラモードが突然湯船にもぐる。

 そして十秒後に湯船の中から出てくると「――と思ぃばびゅぅ、げほげほっ」と苦しそうな顔をして出てきた。


「な、何意味の分からないことしてるのよ、あんた?」


「……しいから湯船の中で言ったのです」


 声が小さくてよく聞こえない。


「え? なんて言ったの?」


「悔しいから湯船の中で言ったのですっ。“二人はお似合いだと思うのです”って、悔しいから湯船の中で――」


「アラモード……」


「でも自分の使命は忘れないほうがいいのです。異世界『ポッパニア』を犠牲にしたくないのなら、想いは想いとして胸の中に抱いたままのほうがいいのです」


 あ――。


 アラモードが湯船から上がると、そのまま脱衣場へと向かう。

 私はその小さな背中を見ながら立ち尽くしていた。



 ……――異世界『ポッパニア』を犠牲にしたくないのなら―—……。


 

 アラモードの言ったそれは可能性としては最初から提示されていたもの。

 ずっと分かっていたことだった。

 なのに私はそれを見て見ぬふりしていたのだ。 


 私がもしも、、私は凡介を連れて『ポッパニア』に行くことはない。

 それはあってはならない、極めて利己的なエンディング。

 

 つまり[私の幸せ]のために、[凡介が救うはずだった『ポッパニア』が勇者不在で滅びるかもしれないという、とてつもなく大きな不幸せ]を横目にするという――。


 

 私の中で何かが大きく揺れた。



 ◆



「ごめん、アラモード。私少し夜風に当たってから帰る」


 銭湯を出たところで私は立ち止まる。

 そんな私につぶらな眼を向けるアラモードは、空を見上げたのち言った。


「天気が悪いのです。早めに帰ったほうがいいのです。アラモはさっさと帰って「9時だョ!全員集合」を見るのです。では」


 子供なんだから、そんなくだらないお笑い番組見てないで寝なさいよ……。


 去っていくアラモードに心中で突っ込みを入れる私は、入り口脇に設置されているベンチへと座る。

 

 言葉通り夜風に当たっているだけで、頭は空っぽだった。

 考えたくないだけなのかもしれない。

 考えれば、自ずと行き着く先は[答えを決める]ということになるのだから――。


 はぁ……。


 大きくため息を吐いたところで、スマートフォンがメールの着信を知らせてくる。

 見ると綾乃ちゃんからで、文面はこうだった。



《ねえ、ロゼリアちゃんは合コンとか興味ある? 良かったらどうかなって。至急返信お願いしまっす('◇')ゞ あれ? ロゼリアちゃんって彼氏とかいたっけ?》

 


 そう……よね。

 もう安穏と同棲なんかしていてはダメなのよ。

 心のどこかで、『転移代用アイテムおもちゃ』がなくなって安堵していた私を捨て去らなきゃいけないのよ。


 だから――。

 そのためにも――。


 

 ――ッ!

 


 そう決めた瞬間、私はメールを打っていた。


〈彼氏なんていないし、好きな人もいないよ。だから合コン参加表明しまーす(≧▽≦)〉


 ふと頬を冷たいものが濡らす。

 それは陰雲から落ちてくる雨だった。

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