えぴそ~ど41 「~My favorite person~ Ⅰ」


 何度も悩んだ。

 いや、あれから一日経った今でも悩んでいる。

 合コンに参加するという行動に、一体なんの意味があるのだろうかと――。


 でも……それでも僅かでも凡介への気持ちが他へ向くのならと、私は姿見の前に立って最後の服装チェックをしていた。


「何だお前? そんな恰好して今からどこかに出かけるのか?」


 胡坐あぐらをかいて『平凡の教え』十巻を読んでいる凡介が、私を横目にして聞いてくる。


「別に凡介には関係ないじゃん。私がどこに出かけたって」

 

 オシャレしていることに今更気づいたのかと、せり上がった苛立ちが声に出る。

 凡介が私に関心を寄せないのはいつものことなのだけど、今日はその無関心がなんだか無性にかんに障った。


「それはそうだが、俺の晩御飯はどうなる? なんでもいいからさきに飯を――」


「私ばっかりに頼っていないで、それくらいたまには自分でやってよっ!」


「……」


 そんなつもりはなかったのに、声を荒げてしまった。

 それは凡介からしてみれば理不尽な態度。

 でも謝る気も起きなくて、私は不機嫌な顔を浮かべたまま玄関へと向かった。


「じゃあ、行ってくるから。――


「合コンだと?」


「うん、合コン。『カフェ・フラミンゴ』っていう名前のオシャレなカフェで三対三の合コン。いい男が来るみたい。――何か文句でもある?」


「いや、別にないが……」


「ないが……何よ?」


 一瞬、視線を脇にやる凡介。

 そしてすぐに私に戻したかと思うと、


「二十一時には帰ってこいよ。鍵を閉められたくないのならな」


「……なにそれ。凡介のバカッ」


 私は玄関のドアを乱暴に開けると、速足でアパートの階段を下りる。

 甲高い音が、まるで私の癇立かんだつ気持ちを代弁するかのように夜の屋外に響き渡った。


 

 私は何を怒っているのだろう――これでいいはずなのに。



 ◆



『カフェ・フラミンゴ』は、街の中心部から離れたところにあった。

 周囲をライトアップされた竹藪たけやぶに囲まれていてオシャレなのだけど、同時に風に揺れる竹の葉は、魔物がうごめくかのように不気味でもあった。


「男性陣はもう中で待ってるよ。さ、中に入ろうー。猪瀬さんと、えっと……ロゼリアさんも」


 確か高原という名前だったその女性が、私と綾乃ちゃんを店の中へと促す。

 綾乃ちゃんの知人らしいのだけど、その綾乃ちゃんも一週間前にフィットネスクラブで知り合ったばかりだという話だった。


 モダンで落ち着いた雰囲気の店内を進み、合コンを行う部屋へ――。

 

「ねえ高原さん。ほかにお客さんはいないの? 全然見かけないけど」


 私も思っていたことを綾乃ちゃんが口に出す。

 すると高原さんは、落ち着きを欠いたような挙動を見せながら言った。


「え? あ、あー、多分貸し切りなんじゃない。あ、お待たせー、可愛い子連れてきましたっ」


 部屋に入ると、三人の若い男が一斉にこちらを見る。


 凡介だったらしない髪型。

 凡介だったら着ない服。

 凡介だったら見せない表情――。

 

 その他諸々が、何から何まで野暮な凡介とは真逆の、洗練された都会人かのような『イケてる男達』。

 綾乃ちゃんの柔らかい表情を見る限り、合コンの相手としては申し分ないのだろう。


 ――でも、私はその男達に全く興味が湧かなかった。


 それもそうだろう。

 私は別に出会いを求めにきたわけではないのだから。

 凡介への想いを少しでも断ち切れればとの理由で、来ただけなのだから。


 ああ、私は、私は……。


 そして今、“凡介以外の男と向き合う”という、たったそれだけのことで分かってしまった。


 ……いや、最初から分かっていた。

 ただそれを改めて、目の前に叩きつけられただけのことだった。


 

 私には、


 

 皮肉にも目の前の三人の男達と比べれば比べるほど、凡介の存在が大きくなっていく。  

 肥大化していく凡介へと気持ちと、耐え難い罪悪感――そして羞恥しゅうち心。

 居たたまれなくなった私は思わず口に出していた。


「ごめんなさい。私、帰ります。綾乃ちゃん、それと高原さんごめんなさい」


 無性に凡介に会いたい。

 会いたくてたまらない。


 私は気持ちの急くままに、きびすを返す。

 すると男の一人が私の進路を阻んだ。


「ちょい待ちー。顔合わせだけで帰るとか、俺らそんなにブサメン? いくらなんでもそれは失礼だと思うぜ。取り敢えず座ろうよ、なっ?」


 その男が私の肩に手を置く。

 刹那せつな、嫌悪の感情が発露して、私は「触らないでよっ」と男の手を払っていた。


「あ゛?」


 男の目つきがガラリと変わる。

 その目にとき、男の振りぬくような平手打ちが私の頬を鳴らした。


「いったいっ。……何すんのよっ、この――うぐっ」


 男が私の髪を乱暴につかむ。

 そして強引に眼前にたぐりよせると、やに臭い口を開いた。


「このクソアマ、俺ら舐めてんのか。股開く前に逃げてんじゃ――ねぇよッ!!」


 男の表情が激高のそれへと変わったとき、腹部に衝撃が走る。

 男に思い切り、お腹を殴られたのだ。

 

 呼吸のままならない私は膝からくずおれていき、やがて意識を失う直前に聞いたのは綾乃ちゃんの甲高い悲鳴だけだった。

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