えぴそ~ど39 「想いは想いのままで――(上)」


「おい、終わったぞ。お前もさっさと浴びてしまえ」


 シャワーを浴び終わった凡介が廊下へと出てくる。

 夏も間近で熱いのか、最近は“上半身裸で首にタオル”という恰好で出てくるのだけど、私は毎回それを見るたびに、鼓動が高まるのを感じていた。


 濡れた髪もまた、その一端をになっているかのようにセクシーで――。


 こらこら、私ったらもう……。


 私はもたげてくる感情を頭を振って追い払うと、「はーい」と言ってユニットバスへと向かう。

 すると、すれ違う凡介の石鹸の匂いが鼻腔びこうをくすぐって――。


 だーから、止めなさい、私っ!


 ユニットバスへと入り、脱いだ服をかごの中へ入れる。

 ちなみにそのかごは、変態凡介出現の次の日に買ったものだった。

 もうあの凡介が表に出てくることはないと思うのだけど、念のためにと。


 ふう……。


 私は一度深くため息を吐くと、そして熱いシャワーを浴びる。

 でもなぜか、そのシャワーはすぐに冷たくなった。


「冷たっ!? え? なになに、なんなのっ? ちょっと凡介っ、お湯が出ないんだけどっ!」


 すると凡介がドア越しに言う。


「給湯器の故障だ。かれこれもう十三回目だな。次に壊れたら胡桃子くるみこさんに言って新しいのと交換してもらうか」


 三回目くらいで交換しとけよっ!!


「もう、どうすんのよ、これからシャワーを浴びるってときにぃ。どうにかなんないの?」


「ならん。諦めろ」


「やだやだやだっ、女神は毎日シャワーが当たり前なのーっ! 心も体も清らかで汚れのないのが女神なんですーっ」


「それはお前が女神だったらの話だろ」


 女神ですけどっ!!

 

 私が尚も食い下がっていると、凡介は何か思いついたのか、“そうだ”の後にこう言った。


「銭湯に行ってきたらどうだ。確か近所にあったはずだ――」



 ◆



 凡介の言った通り、すぐ近所には『摩栖柿ますかきの湯』という名の銭湯があった。

 大通り沿いで時刻が二十時ということもあってか、それなりに客がいるようで、賑やかな雰囲気に覆われている。


 一人でゆっくりとはいかないようね。

 ……まあ、時点でゆっくりできないだろうけどっ!


「アラモは女湯なのです。ロゼリアさんはどっちなのですか?」


「女湯に決まってるでしょっ! ……でもまさかあんたの部屋の給湯器も壊れたとはね。大丈夫なのかしら、あのアパート」


「さあ? なのです。もうアラモにはどうでもいいことなのです。さて銭湯で老廃物の排出をするのです。老廃物の排出を」


 なぜ、その効能だけを強調っ!?


 アラモードが、『ゆ』と書かれたのれんの下をくぐっていく。

 その背中を追いかけながら、私はふとアラモードの言葉に引っかかりを覚えた。

 

 あいつ、“もうアラモにはどうでもいいこと”って言ったわよね。

 それってまるで、あの部屋からすぐにでも出ていくみたいじゃない――。



 ◆



「イレギュラーゲートがどこかで開きつつあるのです」


 脱衣場でチッパイを惜しげもなく出したアラモードが言う。


「イレギュラーゲート……。噂には聞いていたけど、それって本当に作れるものなのね」


 イレギュラーゲート――。

 それは正式に認められた転移門ではない疑似転移門。

 つまり天界人が作ったものではなく、異世界に住まう者が作り出したものを総じて、その名前で呼んでいた。


「科学なのか魔法なのか、あるいは別の方法なのかはわからないのですけど、どこかの異世界人によって作られたのは確かなのです。そしてそれは、アラモ達天界人から見れば違法なものであり、絶対にあってはならないものなのです」


 私も自慢のEカップを御開帳させると、アラモード共に浴室へと向かう。

 ドアを開けると、立ち込めた湯気が体を包み込んできた。


「要するに、そのイレギュラーゲートを調査しないといけないから有給を取りやめて天界に戻ると。そういえばあんた『天界監理官』だったわね。……でもいいの? 私が言うのもあれだけど、あんた凡介のこと好きだったみたいだし」


「凡介様は大好きです。でも一緒にいて気づいたのです。凡介様の気持ちはアラモには全く向いていないことに……。それくらいアラモにだって分かるのです」


 いつもなら、舌も滑らかに悪態が出ていたと思う。

[ざまーみろ、ペチャパイ]とか、[おめーは妹にしか思われてねーんだよ]とか、[サブヒロインの末路としては上出来-っwww]みたいな、まあそんな感じのが。


 でも寂しげにうつむくアラモードを前に、私の口から出たのは「そっか」の一言だった。


「だから丁度いい機会なのです。凡介様を吹っ切るいい機会なのです。……あ、ここにするのです」


 アラモードが開いている洗い場を確保して、お風呂椅子に座る。

 すると手に持っていた愛用のシャンプーハットを付けて、頭を洗い出した。


 幼児かよ……と小声で突っ込む私は、そのとなりで同じく頭を洗う。

 そして体の隅々まで綺麗にしたあと、待ってましたとばかりに湯船へと入った。

 とても熱い。

 

 だけど体の芯まで温まるその熱さは、とても気持ちのよいものだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る