えぴそ~ど20 「ちっぱい乙女の切り込み隊長(中編)」


 誰もいない?

 今確かに視線を感じたのだけど……。

 しかも天界にいたときも感じたことのある、監視するかのような視線。


 え? これって――ッ!!?



「まるで下界人のようなのです、ロゼリアさん」



 を脳裏に思い浮かべたとき、その声はすぐ真後ろから聞こえた。


「のわっ!? ち、ちょっといきなり話しかけ――って、あっ、あんたはッ!?」


 そこには見覚えのある女神がいた。

 ――ある連中。

 そう、天界監理部に所属するその青いローブを着た女神の名前は……、


 アラモード・S・シフォン。

 確かそれが名前だったはずだ。

 

 そしてこいつは『ちっぱい乙女の切り込み隊長ストライダー・フラット』の異名を持つ、やり手の天界管理官。


 何しに来たのよ、こいつ……。



 ◆


 

 胸は平坦なくせに、やけにサイズのでかいツインテールを風に揺らすアラモード。

 

 それはさておき――。


 天界監理部は、『羨望せんぼう』の対象であり、それでいて『うとましい』存在。

 それが、天界監理部に対するほかの部の共通認識。


『羨望』の対象であるのは、彼女らが神王スーパーゴッド直属の配下であるから。

 そして『疎ましい』存在であるのは、彼女らがほかの部の監視者でもあったからだった。

 

 つまりアラモードがここにいるのは、と考えるのが妥当。


 でも下界まで来る?

 天界監理部はあくまでも、天界での仕事が順調に行われているかをチェックする組織だったはず……。


「下界の服を着て買い物袋なんか下げちゃって、やっぱり下界人みたいなのです。……あれ? 少しブスになりましたか? アラモの知っている『異世界狂いの仕事人ザ・クレイジーゴッデス』はもっと可憐な容姿だった気がしましたけど」


「下界の服を着ているのは楽だからよ。それとブスって失礼しちゃうわね。確かに今はスッピンだけど、それでもあなたの童顔よりかは上よ」


「童顔よりかは上と勝ち誇られても、アラモはまだ十四歳なのです。おばさんの老けた顔より下でも全然悔しくないのです」


 十九歳っておばさんっ!?

 いや断じて違うっ!!


「ちょっと、あんたねぇ――ッ」


 怒気もあらわに、ぶん殴ってやろうかと拳を握る私。

 でもアラモードは意に介していないのか、澄まし顔で話を続ける。


醜美しゅうびの話はどうでもいいのです。今日、アラモが来たのはロゼリアさんが担当している転移者に用があるからなのです」


「転移者って……え? 凡介に?」


 意外だった。

 てっきり私の下界での生活に口うるさく言ってくるのかと思ったのに、凡介とは。

 でもこれで、アラモードが下界まで来た理由について合点はいった。

 転移者そのものに用があるなら下界に来るしかないからだ。


「はい。その凡介っていう人にです。実は女神フロイレが不測の事態により異世界で勇者を失いまして、急きょ代替え勇者を与えなくてはならなくなったのです」


「勇者を失ったって……なに、死んだのっ? それ、女神失格につながる大失態じゃないっ」


 勇者が異世界で死ぬなど、本来あり得ない。

 勇者は、“確実に異世界を救う者”として存在しているからだ。

 

 でも私はそんなことより、そのあとの文言のほうが気になってしょうがなかった。


 代替え勇者――。

 話を聞く限り、その代替え勇者が凡介らしい。


「はい、大失態なのです。でも女神フロイレに全ての非があるわけじゃないとの判断が下されまして、再度のチャンスを与えることとなったのです。だから凡介っていう転移者を連れていくのです。その人、スペック的に丁度いいみたいなので」


「……」


「あ、それにともないロゼリアさんには別の転移者を与えることになるのです。凡介っていう人よりスペックは落ちますが、『ポッパニア』程度なら大丈夫なのです」


「ど、どうやって凡介を連れていくの? あいつ、一筋縄ではいかないわよ。あんたなんかどうせ技掛けられて天界に戻されるのがオチよ」


 なんだか心臓の鼓動が早い。

 なんでだろう。


「技ですか? その技がどんな技か知りませんけど、魔法を使って強制的に連れていくので問題ないのです」


「ま、魔法って――」


 そこまで言って私は口を閉じる。

 そう、天界監理部は下界で唯一、魔法の行使を許されているのだ。

 そしてその魔法の力にあらがえる下界の人間はいない。

 膨大な魔力を持つアラモードなら尚更である。


「では夜に凡介っていう人を迎えにくるのです。それまで転移者との時間をせいぜい楽しむといいのです。それにしても……」


 アラモードが、私と凡介の住むアパートを見上げる。


「なによ?」


「よくこんなボロアパートで転移者なんかと一緒に住めるのです。だって転移者というのは、大体どいつもこいつも、“現実で生きている価値のない萌えアニメばっかり見てるブ男のクズ”って決まってるじゃないですか。そんな終わってる人間と同棲とか、本当に頭がどうかしているのです」


「ち、ちょっと、いくらなんでも言い過ぎよっ。私のこともそうだけど、凡介に対してもそれは――」



「黙るのです。ロゼリアさんの反論は受け付けないのです」



 アラモードの凍てつく視線が突き刺さる。


 ――っ! 


 気圧された私は黙るしかなかった。

 そんな私の姿に満足したのか、アラモードは満面の笑みを浮かべると「では、のちほどなのです」と言い残して去って行った。


 

 十九歳は絶対におばさんじゃないわよね――後編に続くわ。

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