えぴそ~ど21 「ちっぱい乙女の切り込み隊長(後編)」



「出来たわよ、凡介」


 私は市販のルーで作った『最高にデリッシャスなビーフシチュー(偽』をちゃぶ台に乗せると、凡介を呼んだ。


 凡介は『平凡の教え』を本棚に戻すと、「さきにトイレだ」と用を足しに行く。


 はぁ……。

 

 私はその背中が消えたところで、盛大にため息を出す。

 

 なぜだろう。

 やっかいな転移者である凡介から離れられるのになぜだろう。

 ことあるごとに私に技を掛けてくるような暴力的な男から逃れられるのに、なぜだろう。


 なぜだろう、なぜだろう……。


  なぜ、こんなにも気抜けな状態の私がいるのだろう。


 

 そんな私の脳裏に映像が流れ始める。


 ――ああ、俺の名義でな。それでいいんだろ?――。


 ――貴様のせいで俺の昼飯がなくなった。食らえ――。


 ――その人形、俺が取ってやろう――。


 ――誕生日だろ。それをやるからちゃんと皿を洗え――。


 ――仕事熱心と捉えることもできるか。俺はそういう奴は嫌いじゃない――。



 ……――ロゼリア――……。



 それは、そこだけ切り取られたかのような凡介の優しさ。

 あまりにも些細ささいでどうってことのない出来事のはずなのに、まるでそれが全てのように私の頭に溢れた。


  ふと、使い込んだキッチンスポンジが目に入る。


 私は……。

 私は――っ。



「ふん……。さて、最高にデリッシャスなビーフシチューというやつを食べてやろうではないか」

 

 いつのまにか戻っていた凡介が“最高にデリッシャスなビーフシチュー(偽”に手をつけようとする。


 そのとき、インターホンが鳴った。

 アラモードだろうと半ば確信した私は、決意を胸にドアへと向かう。

 ドアを開けるとやはりアラモードがいた。


「来ましたよ、ロゼリアさん。ではさっそくですが、凡介とかいう転移者を差し出すのです。さっさと天界に帰りたいので、すぐに差し出すのです」


「いやよ。凡介は渡さない」


 私は言った。

 それが私の揺るがない決意。


「何をほざいているのです? ――ロゼリアさん」


 表情を一変させるアラモード。

 童顔では隠し切れない冷酷無情なそれは、殺意すらまとっている。

 だけど私はもうたじろぐことはない。

 だからもう一度、語気を強めていった。


「いやだって言ったの。不測の事態であろうが、勇者を死なせるような女神に凡介は渡せない。だから帰ってあんたの上司にはそう伝えて。今までもこれからも、凡介は私が担当する転移者だともね」


 すると今度は、呆気あっけにとられたような表情を浮かべるアラモード。

 やがて、“やれやれ”といってていで首を振ると述べた。


「どうやら下界の空気に触れすぎて、頭がイカれたようなのです。もういいです。ロゼリアさんには頼みません。私が勝手に連れていくのです。さて、どんな醜悪なつらをした萌え豚クズ野郎なのか見物なのです」


 言うが否や、靴のまま部屋に押し入ろうとするアラモード。

 そのタイミングで凡介がやってきた。


「誰を相手にしているのか知らんが、玄関であまり騒ぐな。近所迷惑だろ」


「ぼ、凡介っ、来ちゃダメっ! あなたは向こうで“最高にデリッシャスなビーフシチュー(偽”を食べていればいいのっ、だから早く戻ってっ!」


「だから騒ぐなと言っている。ところでその“最高にデリッシャスなビーフシチュー”なのだが――」


「んなこといいから、お願いっ、凡介は向こうに行ってっ! じゃないとこいつに、魔法で強引に天界に連れていかれちゃうのよっ!」


「こいつ?」と言ってアラモードを見る凡介はそして、「そうなのか?」と聞いた。


「……いえ、そんなことは……しないのです」


「ほらっ、聞いたでしょ! だから早く――――って、ん? んん??」


 あれ? 今確かに、“いえ、そんなことはしないのです”って聞こえたような気がしたのだけど……。


 私は、声の主を見る。

 そこには、頬を薄紅色に染めて潤んだ瞳で凡介を見上げるアラモードがいた。

 

 何か運命の出会いでも果たしたかのような、そんな感じだった。


「凡介がフロイレの尻ぬぐいをする必要などないのです。凡介にはほかにするべきことがあるのです。……例えば、例えば婿とか、そういうこと……なのです」


 は?

 はぁっ?

 はあああああああああああっ!!?

 何言ってんの、こいつうううううううううううううっ!!


「ち、ちょっとあんたっ、切り込み隊長のくせに全く切り込んでこないで、いきなり一目惚れからの結婚アプローチとか、そんな意外性いらないからっ――へぐっ?」


 凡介に頭を、むんずとつかまれた。

 次に、ゆーほーきゃっちゃーの景品のように頭上へとあがっていく私。


「三度目だ。玄関で騒ぐな。そして問わせてもらおう」


「な、何をよっ? は、はなしてーっ」


「答えたら離してやる。最高にデリッシャスなビーフシチューは、本当に最高にデリッシャスなのか否か、どっちだ? 俺はどうにもそうは思えないのだが」


 ギクッ!!


「さ、最高にデリッシャスに決まっているじゃないっ! だって『クッキングママ・セレブ編』のサイトを見て材料を買ったのだから。――って離してーっ、もう穴の上よ、凡介っ、早く私を落としてーっ」


「“市販のルー”を買ったくせに嘘はいけないのです、ロゼリアさん。一番やっすい『バーカモント』の“市販のルー”を、しかも半額セールで買ったくせに」


 アラモードがばらした。

 やっぱりアラモードは私を監視していたらしい。


「ほう、やはりそうか。悪質極まりないウソの代償だ。お望み通りオトしてやろう」


 凡介が私の頭を離したかと思うと、素早く後ろへと回る。

 すると私の首に腕を回して、左右から挟むようにすると頸動脈けいどうみゃくを締め上げた。


 く、苦しいいいいっ。


 ――でもありがとうね、凡介。頸動脈スリーパーホールドで。

 だって気管バックチョークだったら私、窒息して死んじゃうものね。


 そんな優しい凡介とは、やっぱり離れたくないな、わた――—………。


 チーン。

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