えぴそ~ど29 「遊園地でエンジョイしたいっ(午後の部)」


 食堂でお腹を満たしたのち、外へと出る私達。


 私は、アラモードの開きかけた口を後ろから両手で塞ぐと、凡介に願い出た。


「凡介、次は私と一緒に乗ろっ。今まで散々アラモードと乗っていたんだし、いいわよねっ? 元々は二人で行く予定だったし、それに技掛けられたのも私なんだから、その権利は十分すぎるほどにあると思うわ。だからお願い、凡介っ」


「フガガっ! フガフガフガっ!!」


 私は両手に力をこめて、アラモードの横やりを全力で阻止する。

 やがて、黙していた凡介がおもむろに口を開いた。


「そうだな、分かった。その代わり俺が乗りたいアトラクションにしてもらうぞ」


「フガ……!?」


「やったっ! で、凡介が乗りたいアトラクションってどれどれっ?」


 どうせ平凡な奴よね。

 例えば、園内を回るミニ機関車とか、回転して回る馬車とかバルーンとか。

 でもいいの、凡介のとなりに座れればそれで。

 あの狭い六畳間でいつも近くにいる凡介だけど、やっぱり遊園地ってなると雰囲気だって全然違うはず。


 鼓動、いつもより高まっちゃうかもっ。


「これだ」


 凡介がパンフレットに載っているアトラクションに指をさす。

 私はその絵の下にある説明書きを読んだ。


 

 ――あのアメリカの「ヴァルレ〇ヴーン」を遥かに超えた世界最恐のダイビングコースター、『死んでもええじゃないか』を堪能たんのうせよっ。コースターがレールからレールへと飛び移るとき、君は必ず死を体感するっ!! GO・TO・HELLじごく へ おちろ――。

 


 いや、心臓破裂すっからっ!!!


「ちょっとトイレ。昼に食べたしらす丼が当たったみた――はぐあっ!?」


 私は凡介に頭をつかまれて戻される。


「我慢しろ。さあ、乗るぞ。誰も人がいないようだし、すぐに乗れそうだな」


「止めて凡介、考え直してっ! あれ普通じゃない、普通じゃないって凡介っ! 平凡を求めるあなたが、あんな刺激的なものに乗っちゃ駄目よっ。考え直してええええッ!!」


「バカか、お前は。遊園地に来てジェットコースターに乗るのは、それこそ平凡な行為だろう。先頭はゆずってやる。せっかくだ、楽しもう」


 服のそでをつかまれて、ズリズリと引っ張られていく私。

 そんな私をアラモードが見ている。

 ニヘラァ、とわらっていた。



 ◆



「すっごい顔だったのです。まるで『天界魚クヤシーデス』みたいだったのです。ププ」


 ベンチに座って魂が離脱しかけている私に、侮蔑ぶべつの表情を向けるアラモード。

 アラモードは言い返す気力すらない私からプイッと顔を背けると、凡介の手を取って背を向けた。


「『お化け屋敷』に行くのです。凡介様。お化け屋敷で恐がりたいのです」


「まあ、定番だな。行くか」


 『お化け屋敷』――か。

 ……え? 『お化け屋敷』っ!?


 私はそこで浮遊する魂を体内に引き込んで、覚醒する。

 


『お化け屋敷』。

 それは、女性がキャーキャー言いながら男性に抱き付いても、おかしくはないところ。

 むしろそういった行為が当たり前のアトラクション。

 だからこそ私は、『お化け屋敷』を凡介と一緒に行きたいアトラクションの一つにしていた。


 抱き着いた私の肩を持って「怖いのか。でも俺にくっついていれば大丈夫だ」みたいなことを言ってくれるかなー、なんていう淡い期待。

 そんなモノをずっと胸に抱いていたのだけど、アラモードと行ってしまった今、その期待は弾けて飛んだ。 


 今頃、そのセリフはアラモードが聞いているのかもしれない――。

 

 私の胸に切なさがつのる。


 何しにきたんだろ、私。

 あんなに楽しみにしていたのに、こんなのってあり?

 凡介と二人の遊園地を素敵な思い出にしたかっただけなのに、なんでこんなことになってるの?


 ……なによ。もう少し、私のことを考えてくれてもいいじゃない。

 凡介のバカ。

 凡介のバカ。

 凡介のバカ。


「凡介の……バカ」



「誰がバカだって?」


 いつの間にか、凡介がいた。


「誰だっていいじゃない。……ところでやけに早かったけど――あれ? アラモードは?」


「お化け屋敷でびっくりして気を失ってな。今医務室のベッドで横になっている。ちなみにアラモードを驚かした奴は俺が投げ飛ばしてやった」


 いや、多分それ間違ってるっ!!


「そう……それで? もうすぐ閉園みたいだけど、どうする? アラモードを背負って帰る?」


 ふと、視界に入る観覧車。

 遊園地の最後は観覧車で終えたいと思っていた私は、「ああ、そうだな」と頷く凡介を見たくなかった。

 視線を地面に向けて私は祈る。

 まだ帰りたくない。今なら凡介と二人で観覧車に乗れる。

 

 お願い、凡介――頷かないで――ッ。


「ああ、そうだな」


「あ……」


 私の足場がガラガラと音を立てて崩れ落ちる。


「だが、観覧車に乗ってからでもいいだろう。……乗るか?」


「うんっ!」


 足場は速攻で復元した。


 

 ◆



 ゴンドラの中って、こんなに狭かったんだ。

 

 対面する凡介と膝が触れ合いそうなくらいに、その空間は窮屈きゅうくつで――。

 でもそれが、いつも以上に凡介を意識させた。


 その凡介はゴンドラに入った瞬間から窓の外を眺めている。

 見慣れた横顔。

 なのに、今ある横顔は普段とは違って見えた。


「何見てるの?」

 

 じっと横顔を見ていた自分が気恥ずかしくなって、私も窓へと視線をやる。


「外だ」


「知ってるわよ、そんなこと。外の何を見ているのかってことよ」


「……アパートだ」


「アパート? 住んでいるアパートのこと?」


「ああ」


 私はどこにあるのだろうと、アパートを探す。

 ……あった。

 周囲に立ち並ぶ小ぎれいな家々の中、明らかに浮いているおんぼろアパート。

 どう考えたって女神が住むには相応しくないわよね、と改めて思った。


「ぼっろいわね、本当に――」



「お前、いつまであのアパートにいるつもりだ?」



 私の言葉を遮るように、唐突な質問を浴びせかける凡介。

 

 天界、異世界転移、ポッパニア、大女神、使命、勇者、魔王、転移門、私の来た理由――。 

 頭の中を駆け巡る数多の言葉が、文章として組み立てられては崩れていく。

 まるで、それは口にするべきではないかのように。


 だから答えとして出た言葉はこれだけだった。


「迷惑なの?」


 ――沈黙。

 ややあって、凡介は言った。


「別に。ただ気になっただけだ。……さて、終わりだな。帰るとするか、


 凡介の考えていることは分からない。

 でもいつか分かるときがくるのかもしれない。


 それは例えば――、


「うん、帰ろっ。私達のアパートに」


 例えば、私への――……。


 

 ◆



 うーん、お化けって怖いのです。

 こんなに怖いとは思わなかったのです。

 だから『お化け屋敷』は止めて、次は『観覧車』に乗るのです。

『観覧車』に乗って、凡介様といい雰囲気になるのです。

 そしてそのまま熱い抱擁をしてもらって、濃厚なキッス――。


 ああ、なんか下腹部が熱くなってきたのです。

 そう、下腹部と言えば子供はたくさん欲しいのです。

 できれば十一人作って、サッカーチームを作りたいのです。

 補欠に三人追加なのです。


 とってもとっても大好きなのです、凡介様。


 うーん、むにゃむにゃ――……。

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