えぴそ~ど24 「続々・恋するアラモは攻めまくるのです」


「さて、晩御飯の用意しなきゃ」


 私は雑誌『anあんaanああん!』を閉じて腰を上げる。

 すると、凡介に寄りかかったまま鼻ちょうちんを膨らませていたアラモードが、いきなり立ち上がった。


「ま、まふのです、ロヘリアさん。ア、アラモが晩御飯を作るのれす」


 寝起きで呂律の回っていないアラモードが、突拍子もないことを言い出す。


「なんであんたが作るのよ。お客様ならお客様らしく――!?」


「凡介様のためにアラモが肉じゃが作るのですうううううっ!」


 私は、台所に突っ込んできたアラモードの体当たりを食らうと、帯回しをされたかのように回転したのち六畳間に倒れ込んだ。


「い、いったいわねぇっ。作りたいのなら自分の部屋で作ればいいじゃないっ!」


「ここで作って出来立てを凡介様に食べてもらうのです。……さあ、お料理作るのです。だけどがんばるのです」


 そしてアラモードは、買ってきていたらしいジャガイモやら玉ねぎやらを袋から取り出すと、覚束おぼつかない様子で包丁を握りだした。

 プルプルと震える包丁を、青ざめた顔で見つめるアラモード。


 おいおい、あぶねーなっ!


「サポートしてやれ。あれは……まずい」


 凡介が小声で話してくる。


「そ、そうだけど、なんで私がアラモードのサポート役なのよっ。それじゃますます『メインヒロインゲージ』が減っちゃうじゃないのっ」


「『メインヒロインゲージ』? どうでもいいからサポートしろ」


 くっ、うう――ッ

 歯嚙みして立ち上がる私。


「そ、そうなのです。サブヒロインはサブヒロインらしく、メインヒロインをサポートするのです」


 すると、アラモードがこちらを見向く。

 同時に包丁の刃先が怪しく光った。


 こらこら、包丁をこっちに向けんじゃないわよっ!!

 もう、なんでこんな奴のサポートしなくちゃいけないのよおおおおっ!


 ―――――――――――――――――――― 

 ロゼリアの『メインヒロインゲージ』に20のダメージ。

            

     

 【ロ】□■■■■■■■■■【ア】

 ――――――――――――――――――――


 ギリギリ過ぎて、ゲージが点滅してるっ!

 やばい、やばいわっ、コンティニュー百円入れてやり直しの用意よ、私っ!



 ◆



 サポートと言っても、それは包丁を使うときだけだった。

 それ以外は、アラモードが「自分でやるから口出しするななのです」というので放っておいた。


 そして二十分後。

 肉じゃがらしき物がちゃぶ台に置かれる。

 どうやら凡介の分だけのようだった。


 メモ帳に書いてある作り方を見ながら調理していたけれど、所詮しょせん、初心者ね。

 形が不格好なのはさておき、何を血迷ったのか練乳とケチャップを入れていたわよね。

 違うと止めなかったなんて怒るんじゃないわよ。

 お口チャックを望んだのはあんたなんだからね。


 でもこれで……くく。

 こんなまずいモノが食えるかーって、ちゃぶ台返しする凡介が見れそうっ。

 するわよね? 凡介。

 胡桃子くるみこさんお手製のヘドロ料理には敵わなくても、十分にクソまずいはずだから――。

 

「お口、あーんなのです。凡介様」


 アラモードが、これまたしょうがないといった表情の凡介の口に、肉じゃがを入れる。

 咀嚼そしゃくする凡介はそして、ゴックンと飲み込んだ。

 “おいしいのですか? 凡介様”と、心配そうな表情を浮かべるアラモード。


 さあ、ちゃぶ台をひっくり返しながら言いなさい、凡介っ!

 “こんなクソまずい物食わせんじゃねーよ、この小便臭いちっぱいがよぉ”ってッ!!



「ああ、おいしいと言えばおいしい、か」



 は?

 いやいや――は?

 ……………………………はぁ?


 呆然とする私をよそに凡介は、表情に花を咲かせたアラモードと“お口、あーん”を継続する。

 そして全てを食べ終えた凡介は、はしを置いた。


「ふう、ごちそうさま」


「全部食べてくれてアラモとても嬉しいのですっ。作った甲斐があったのです! ……あ、あの、ぼ、凡介様、次は一緒にシャワーを――」


「もう夜も遅い。今日は帰ったほうがいい」


 なんだかとんでもないことを言いかけたアラモードを、凡介がさえぎる。

 有無を言わせぬ口調だった。


 一瞬、悲しそうな表情を見せたアラモード。

 でもすぐに、「チャンスはいつでもあるのです。ここまできたら、もうメインヒロインはアラモのものなのです」と得意顔を浮かべると、鼻歌を歌いながら『201』号室へと帰っていった。


「しっしっ、もう来るんじゃないわよ。ふう……、ところで凡介に聞きたいのだけど」


 私は凡介に振り返ると、その瞳から視線を離さない。


「なんだ?」


「なんであんなに? あの子、私と同じ女神よ? 私と同じ、人間じゃない生物なのよっ? なのに明らかに私に対する態度と違うじゃないっ。なに、あんな出来損ないの肉じゃがを、おいしいとか言って食べてんのよっ」


「……」


「……それに、それにもっと納得いかないことがあるわ。た、例えば、私がこうしたら凡介どうする?」


 私はアラモードがやったみたいに凡介に密着する。

 細い割には厚い凡介の胸板が、私に多大な安心感を与える。

 と同時に、凡介から発せられる男の匂いフェロモンが、鼻腔びこうをくすぐった。

 

 やだ、ちょっとドキドキしてきちゃった。

 このまま抱きしめてくれないかな――。


「こうするな」


 抱きしめてくれた。

 でも、すげー痛い。

 

「そうでしょっ、そうでしょっ、こうするでしょっ!? これをあのペチャパイにもしなさいよって、もう離してーっ! アバラが、アバラがああああああっ!!」


 ベアハッグを解除した凡介は、そしてボソリと言った。


「……あの子は小鞠こまりを思わせる。ただそれだけだ」


「いつつ……え? 小鞠ちゃんを思わせるって、凡介の妹のあの小鞠ちゃん?」


 一体どこがどう似ているのか、さっぱり分からない。

 なんだかはぐらかされたような気がして、私は更に追及しようとしたのだけど――。


「腹減ったな、飯はまだか?」


 凡介のそれではばまれた。


「飯はまだかって、食べたじゃない。アラモードが作った肉じゃがみたいなやつを、バクバクバクバクおいしそうにさっ、ふんっ!」


「いや、あれは成り行き上というやつだ。……つまり」


「つまり?」


「つまり……その、なんだ。――お前の作った普通のご飯が食べたい」


 ……。

 多分気のせい。

 凡介が一瞬見せたは、多分気のせい。


 でも――、

 それでも――、

 

 

 

 ……――お前の作った普通のご飯が食べたい――……


 

 

 その言葉は確かに私の胸に響いた。


「い、いいわよ、作ってあげるわよ。久々に豚汁出してあげるわよ。それも、ちゃんとした豚肉の入った豚汁をさ」


「ちゃんとした豚肉? どういうことだ?」


「へっ? い、いや、何でもないのよ、何でもっ。オホ、オホ、オホホホホホ――」


 とりあえず今日はもう考えない。

 

 天界のことも、

 アラモードのことも、

 凡介をどう『ポッパニア』に連れていくかも何もかも――。


 今はただひたすらに、この暖かな気持ちに浸りたかった。



 ――――――――――――――――――――

 ロゼリアの『メインヒロインゲージ』超回復。

            

 

 【ロ】□□□□□□□□□□【ア】

 ――――――――――――――――――――

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