えぴそ~ど16 「〇〇〇〇〇〇桜満開バージョン」


 ふんふんふん~♪


 これを詰めて最後ね。

 私はレジャーシートをバッグに押し入れると、玄関へ向かう。

 

 それにしても晴れて良かったわ。

 昨日の天気予報じゃ今日は曇りだったけれど、『女神の祷りゴッデス・プレアー』が天に届いたみたいね。

 天と言っても私のいた『異世界救済部』じゃなくって、『天候調整部』のほうだけどね。――って誰に向かって言っているのかしら、オホホ。


「おい、まだか? 何をやっている」


 外で凡介が声を上げる。

 

 もう、用意も手伝わないでさっさと出てったくせにうるさいわね。

 まぁ、私が「日本じゃこのイベントは、むしろ参加するほうが平凡よ」と無理やり立てたプランだけれども……。


 よーし、行くわよ。


 私は立ち上がると、左手を腰にして右手を上げる。


「レッツゴー、お花見っ!」



 ◆



 私はレジャーシートに座って頭上を見上げる。

 河川敷に咲く満開の桜が青空と重なり、「わぁ」っと感動の声が自然と出る。


 やっぱり、日本のお花見文化はいいわね。

 天界にいたときも井戸端会議の中で、『下界で体験したい文化、ベスト5』に必ず入っていたもんなー。


 一位は確か、どこかの部族のコテカペニスケースだっけ? 

 もう、本当に男神ってバカばっかりっ。


 さてと、さっそくお昼ご飯を用意しようかな。

 腕によりを掛けて作ったBLTベーコン・レタス・トマトサンド、凡介喜んでくれるかしら。


「トマトが少し大きいな。それとベーコンがしょっぱい。まぁ、食えなくはないか」


 凡介は勝手に食べていた。

 ちなみに視線は桜ではなく、持ってきていた『平凡の教え』に向けられている。

 

「なぁに勝手に食べてんのよっ。そ、それに、食えなくはないかってひどくないっ? 作ってもらっておいて何よっ」


「勝手というならば、サンドイッチはお前が勝手に作ったのだろう。俺が頼んだわけではない。そもそも俺はお花見など行きたくなかったのだ。……見ろ」


 凡介は不快そうに眉根を寄せると、視線を私の後ろへ向けた。

 なにかしら――と、私も誘導されるように見る。


 顔を真っ赤にした三人のおっさんが踊っていた。

 さっきからうるさかったけれど、今はそこに大音量の音楽が加わり、狂騒の坩堝るつぼと化していた。

 周囲のお花見客の迷惑そうな目を、全く意に介していないようだ。


「何よ、あれ。うっさいわね」


「お花見を名目に真昼間から酒をかっくらうクズどもだ。……だから嫌だったんだ、俺は」


 今日という素敵な日を汚される――。

 そう思った瞬間、私の怒りは沸点ふってんに達した。


「こらーっ! あんた達、ほかのお花見客に迷惑でしょっ、静かにしなさーいっ!」


 私が叫んで怒ると、三バカトリオの動きがピタっと止まる。

 すると、おぼつかない足取りでこちらへとやってきた。


「んだとぉ、このアマぁ、うぃ。俺達をだぁれだと思ってやがる、うぃ。天下の萬珍まんちんコーポレーションの従業員様だぞぉ、うぃぃ」


 先頭の[バーコードハゲ]が、酒臭い息とともに言葉を吐く。


「くっさっ。……萬珍だか珍萬だか知らないけどね、あなたたちの行為が非常識だと言っているのよ。いい大人なのだからTPОをわきまえなさいよねっ」


「てーぺーおーだぁ? んなこたぁ、花見の席ではどぉでもいいんだよぉ、うぃ。ところで姉ちゃん、べっぴんさんじゃねぇかぁ、うぃ。ちぃとばかり向こうでおしゃくしてくれやぁ、うぃぃ」


 と、[バーコードハゲ]が私の腕をつかむ。


「ち、ちょっと触んないでよ、汚らわしいっ! 私を誰だと思ってるのよっ」


 私は手を振りほどくと、[バーコードハゲ]にビンタを叩きつける。


「いたぁいっ」

 

 頬を押さえる[バーコードハゲ]

 すると、その後ろから[ゴリラ顔]が現れたかと思うと、


「女ぁ、専務に向かってなぁにをするかっ!」


 と私を押した。


「きゃっ」


 私は後方へと倒れる。

 作ってきたサンドイッチが跳ねて、中身が地面に散乱した。

 視界の隅に凡介が入る。

 この状況下で、相変わらず『平凡の教え』に視線を落としていた。


「凡す――っつ!」


 凡介を呼ぼうとしたけど、できない。

[ゴリラ顔]が私の髪の毛をつかんで無理やり立たせたのだ。

 そして顔を寄せると、凄むように口を開いた。


「専務の歯ぁ、折れちゃったってよぉ。慰謝料払うか、俺らと来るかぁ、さあ選べ。もうお酌だけじゃ済まねぇけどなぁ」


「い、痛いっ。離して、離して……ッ」


「離してほしけりゃぁ今すぐ決めるんだよ。慰謝料払うか、俺らと――ぐひぃ!?」


 私の髪を放した[ゴリラ顔]が突如、苦痛に顔を歪める。

[ゴリラ顔]の手首を凡介がつかんでいた。

  

 ぼ、凡介っ?


「往々にしてこの手のやからは、力に訴える。……ベタなテンプレだな」


「な、なんだぁ、おめぇは――」


 焦った[ゴリラ顔]が凡介に対抗しようと、残った手を振り上げる。

 でももう遅かった。


 凡介は流れるような動きで[ゴリラ顔]の背後を取ると、そして――。


「貴様のせいで俺の昼飯がなくなった。――食らえ」


 

[ゴリラ顔]はそのまま傾斜を転がっていくと、川へ落ちる。


「か、課長おおおおおおっ!? き、きさまぁ、課長になんてことを――ッ」


 と凡介に迫る[出っ歯]だったのだけど、同じように投げ飛ばされて川に落ちた。


「ご、剛田君に骨川君っ!! きっさまぁ、私の可愛い部下になんてことを――ッ」


 と凡介に迫る[バーコードハゲ]だったのだけど、これまた同じように投げ飛ばされて川へと落ちた。


「「「「「「うおおおおおおおおお」」」」」」


 と、花見客から歓声があがる。

 それは迷惑な連中をらしめた凡介への感謝の声だった。


 でも私は花見客以上の気持ちを凡介に抱いている。

 ゆるりとこちらを向いた凡介に私は言った。


「ありがとう、凡介、助けてくれて。わたしね、あの[ゴリラ顔]に髪をつかまれたとき本当に恐怖を覚えた。とても悪意に満ちた乱暴な扱いだったから。だから凡介が助けに入ってくれたときはすごい嬉しくて、そして……ドキドキした。なんだろ、この気持ち。大事にはぐくみたくなるような、そんな――ん?」


 ふいに、凡介が私の体を回れ右にする。

 そして耳元で囁いた。


「お前のせいで俺は刺激的な一日を過ごすことになった。……お仕置きだ」


 そこでうつ伏せにされる私。

 脳が何をされるのか、瞬時に理解した。


「や、止めて、凡介っ。こんなところであの技掛けるのっ。お花見じゃなくてお股見になっちゃうよぉっ! お願いっ、タワー・ブリッジにしてっ、タワー――あぅっ!」


 聞く耳を持たない凡介。

 そして例の技が炸裂する。


吊り天井固めロメロ・スペシャル桜満開バージョン」


「いったあああいっ! それと前回よりも足が開いて卑猥ひわい度上がってるうううっ!」



「「「「「「「「「「うおおおおおおおおおおおおッ!!」」」」」」」」」」


 

 ひと際大きな花見客の歓声が上がる。

 私は股間に注がれる数多の視線を感じながら思った。


 もう最終話にして――と。

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