えぴそ~ど15 「ハッピー・バースディ」


「あー、おいしかったっ。ごちそう様、凡介」


「ふん、下げておけよ」


「はーい」


 私は顔面に違和感を覚えつつ、お皿を下げる。


 凡介はなんだかんだ言って、私のためにケーキを買ってくれていた。

 誕生日だからとは一言も言わないけれど、絶対そうに違いないわ。

 ホント、素直じゃないんだから、もうっ。


「ごちそうさまーっ、やっぱりケーキは苺のショートケーキが一番だよねっ、ねっ、ロゼリアお姉ちゃんっ」


「そうね。苺のショートケーキに勝るケーキはないわよね」


 まるで太陽かのような無邪気な笑みを向けてくる、小鞠こまりちゃん。

 小鞠ちゃんは、どうやら凡介の妹らしい。

 小学四年生の十歳って言ってたかしら。


 その小鞠ちゃんのお目目は純粋そのもので、まるで私の悪行を見透かしているようにも見えた。


 え? 私の悪行は何かって?

 それは昨日、凡介の大好きな豚汁の肉を豚じゃなくて牛にしてやったことよ。

 やーい、やーい、豚汁だと思って牛汁飲んでやんのっ、ぶっふうううううっ!


「ロゼリアお姉ちゃん、どうしたの?」


「え? う、ううん、何でもないわ。さ、小鞠ちゃん、ケーキも食べたし一緒に遊びましょう。お姉ちゃんね、たくさんおもちゃ持ってるのよ。何で遊ぼっか?」


 私は押入れから『転移代用アイテムおもちゃ』を取り出す。

 すると凡介が立ち上がって私のところへやってきた。


「おい、それはビキニパンツの男神とやらが出てくるやつだろ。小鞠に悪影響だから止めろ」


「それはボードゲームだけよ。でも大丈夫よ。リアルホログラムが出ないように設定できるから。ほかのおもちゃも特殊な設定は全て解除するから安心して」


 特殊な設定とは、ある条件を満たすと天界の私の部屋に行ってしまうという例のやつである。


「本当か? 小鞠を利用して俺を『ポッパニア』に連れていくとか、そんなことを考えていないだろうな?」


「そんなことしないわよっ。そこまで私は堕ちてないわ」


「ほほう、俺をフライパンで殺してから天界へ連れていこうとしていた奴が、堕ちてはいないとほざくのか」


「こ、殺そうとはしてないわっ。ギリギリまで殺そうとしただけよっ」


「ギリギリって何だ? 下手したら死ぬってことだろ」


「死なないからギリギリなんじゃないっ。もうごちゃごちゃうるさいわね、女子だけで遊ぶんだから凡介は向こうに行っててくんない? シッシッ」


「お前――俺をゴキブリみたいに扱うな。ここは俺の家だ」


「家賃折半だから私の家でもあるもーんだっ」


「それでもここは俺が契約しているっ」


「あっかんべーのべろべろべ~」


「この、駄女神――」





 そのとき、私と凡介の言い争いに割り込むように小鞠ちゃんの笑い声が聞こえた。


「小鞠?」


「どうしたの、小鞠ちゃん?」


 小鞠ちゃんは、笑い過ぎて出た涙を拭きとると言った。


「仲いいんだね、凡にぃとロゼリアお姉ちゃんは。ほんとー、お似合いのカップル」


 ――は? いやいや、


「ち、ちょっと小鞠ちゃんっ、私達そういう関係じゃないわよ。ホントにぜんぜんそういう関係じゃないの。ね、ねーっ、凡介」


「当たり前だ。俺が


 どーゆー否定の仕方っ!?

 いや、確かに人間じゃないけどもっ!


 ――ん? 

 も、もしかしてだけど、私が人間の女性じゃないから平気で技を掛けたりしてる……? さらに言えば、私が絶世の美女なのに全くエッチな行動をしてこないのも、そういうことなの……?


 あれ? 何、このモヤモヤ感。



 ◆



 小鞠ちゃんは私とたくさん遊んだあと、私達と一緒に夕ご飯を食べた。

 メニューは、ちくわにキュウリを入れる料理とオムライス。

 作ったのはもちろん私なのだけど、小鞠ちゃんは何度も笑顔で「おいしぃっ」と言ってくれた。


 となりには殺風景な顔で黙々とはしを動かす凡介。

 どうやら凡介の『陽気さ』は、妹のために母親の胎内にストックされていたようだ。


 そして――小鞠ちゃんの帰る時間がきた。


 私と凡介でバス停まで送ると、すぐに向こうからバスがやってくる。

 すると小鞠ちゃんはこちらを向いた。


「でも良かったー、凡にぃがちゃんと生活できてて。実家にいるときはずっと自分の部屋に閉じこもっていたから、絶対独り暮らしなんか無理だと思っていたもん」


「余計なことはいい。ほら、バスがきたぞ」


 小鞠ちゃんはその凡介を無視する形で、私のほうへと顔を向ける。


「これからも凡にぃを宜しくお願いします。ロゼリアお姉ちゃんさえいれば、お兄ちゃんは絶対大丈夫な気がします。だからもう一度――」小鞠ちゃんが頭をペコリと下げる。「宜しくお願いします」


 戸惑う私。

 でもこう言うべきだと思った。


「ま、まっかせなさい。凡介は責任をもって私が面倒を見るわポッパニアに送るわ


「面倒って、お前何を言って――」


「凡にぃも、あんまりロゼリアお姉ちゃんにヒドイことしないようにね。仲良しの裏返しかもしれないけど、やりすぎると逃げられちゃうよ。それと私と同じように、誕生日はちゃんと祝ってあげなきゃダメだよ。それじゃーまた来るねっ」


 小鞠ちゃんはまくし立てるように言うと、到着したバスに乗車する。

 やがてバスは走り去っていった。


「……本当にいい子ね、小鞠ちゃん。どっからどう見ても凡介の妹に見えないのだけど、本当に血が繋がっているのかしら――あ、ごめんなさいっ」


 失礼なことを言ったかなと思ったのだけど、凡介は、


「俺もそう思う。あいつはいつだって眩しすぎるからな。……さて、帰るか」


 と、して気にしていないようだった。


「あ~あ、また凡介と二人っきりかぁ。超ゆううつーっ。ま、でも小鞠ちゃんとまた会えると思うとがんばれるわっ。……しかし小鞠ちゃんは良心的存在よねぇ。[変態キモオタ]や[ゲロまず料理娘]みたいなキワモノ系じゃなくて、ホント良かったわぁ。……って、あれ、凡介?」


 一緒に付いてきていると思っていた凡介がいなかった。

 後ろかしら? と私は振り向く。


「ロゼリア」


 振り向いたとたん、後ろにいた凡介が何かを投げた。


「わっ、何っ? ――っとと」

 

 私は凡介が投げた物をなんとか受け取ると、それを見る。

 リボンの付いたキッチンスポンジだった。


 ――は?


「誕生日だろ。それをやるからちゃんと皿を洗え。最近、油残りが目立つぞ」


 そして凡介は、ポカンとしている私の横を通り過ぎる。

 はっと我に返る私。


 え? ち、ちょっと待って。

 凡介の今の口ぶりからすると、これってもしかして――。


 !?


 嬉しーっ! いやいやキッチンスポンジだからっ!

 喜んじゃダメよ、ロゼリアっ。

 何よ、こんなのがプレゼントだなんてバカにするんじゃないわよッ――って投げ捨てちゃえばいいのよっ。


 そう、投げ捨てちゃえば……投げ捨てちゃえば…………。


「――はぁ、私って単純なのかな」


 私は振り上げていた手を下げる。


「何をしている? 早く帰るぞ」


 凡介が私を呼ぶ。

 なにも変わらない、いつもの尊大な態度。

 なのに私は笑みを浮かべて凡介に走り寄った。


「はーい」

 


 

 ロゼリアと呼ばれたのがとても嬉しかった。

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