えぴそ~ど14 「尾行しちゃうぞ♪」
「『ヤオコン』と『ベルック』どっちに行こうかしら。おナスは『ヤオコン』のほうが安いのだけど、キュウリは『ベルック』のほうがお得なのよね。はあ、迷うわ……。あなたはどう思う? 凡介」
私はチラシ越しに凡介に聞く。
その凡介は、壁掛け時計をチラリと
「何がだ?」
「今日はおナスとキュウリのどっちを使いたいって聞いているのよ」
「……キュウリだ。それもぶっとい奴だ」
「はーい、キュウリね。でもあんまりぶっといと穴に入らないかも……」
「そのときは俺が強引に押し込んでやる。……さてと」
再び時計を見る凡介は、時間がきたとばかりに立ち上がる。
すると玄関へと向かった。
どうやら外へ出かけるらしい。
「どこに出かけるのよ? 珍しいじゃない、凡介が真昼間に『平凡の教え』を読まずに出かけるなんてさ。ねぇねぇ、どこに行くの?」
「言う必要はない。じゃあ行ってくる。お前は、ちくわの穴にキュウリを入れる料理を作って待っていろ」
「あっ、待って! 今日は何の日か――」
しかし凡介は私の話を聞かずに出かけてしまった。
もう、少しは私の話を聞いてほしいわよねっ。
――今日、私は十九歳の誕生日。
それは凡介にしつこいくらいに言ったのだけど、あいつ忘れてないわよね。
少しくらいは祝ってくれるのかしら。
そういえば凡介の奴、出かけるまで、ずっとそわそわしていたわね。
……なんか気になる。
よ~し、ちくわの穴にキュウリを押し込むのはあとにして、尾行でもしちゃおうかしら。
探偵ごっこの始まりよ、ロゼリア。フフ。
私はサングラスとマスクを着用して凡介のあとを追うのだった。
◆
凡介が入ったのは、地元のショッピングモールだった。
そのショッピングモールのフロアマップを見ていた凡介は、向かう店が決定したのか、エスカレーターで二階へと向かう。
二階?
二階ってファッション系のお店が多いけど、何を買う気なのかしら?
おしゃれに
クエスチョンマークを頭上に浮かべる私は、そして凡介がとあるショップに入るのを確認した。
そのショップの名前は『シンデレラ・プリティ』。
可愛いアイテム専門のショップだった。
はぁっ? 完全に女性向けじゃんっ!
あいつ何でこんな店に……あ、何か手に取ったわっ。
私はサングラスを取ると、『
カチューシャだ。
アンティーク調のレースがエレガントなカチューシャ。
少し悩んでいた凡介だったのだけど、結局それを購入すると決めたのか、レジへと持っていった。
買ったわ。女性向けのカチューシャを。
なんだってそんなものを――――ん?
え……?
私はある結論に至って、思わず持っていたサングラスを落とす。
その結論とは――カチューシャは私への誕生日プレゼント。
待て待て待て待て、待ちなさいっ、ロゼリア!
安易よ、あまりにも安易で浅はかな結論よ、それはっ。
確かに今日は私の誕生日だし、その可能性は高いわよ、ヒジョーに高いっ!
でも、やっぱりあいつがそんな気の利いたことをするとは思えないわ。
……もしかして
あー、そうだ、そうに違いない。
なんかすごいしっくりくる気がするもの。
あいつ、あんな感じの
料理はクソまずいけど、胡桃子さんは私から見ても魅力的な女性だし。
料理はクソまずいけど。
期待という名の風船が急速にしぼんでいく中、私は凡介の次なる行動を追う。
凡介は再び一階に降りてくると、『藤子不二屋』という名のケーキ屋さんのショーケースを眺めはじめる。
すると、そのケーキ屋さんでショートケーキをいくつか買ったのち、ショッピングモールを出て帰途へと
私の鼓動が高鳴る。
それは、“ケーキを買うのはどういうときか”と想像してしまったからだ。
萎んだ風船がまた、大きく膨らみ始めたそのとき――、
「あらぁ、ぼんちゃんじゃないのぉ。お買い物でもしてたのかしらぁ」
と、当の胡桃子さんがどこからともなく現れて凡介に声を掛けた。
凡介は立ち止まって、立ち話を始める。
しかし私の予想に反して、凡介は購入したカチューシャを胡桃子さんに渡すことなく再び
その瞬間、限界まで膨らんだ風船がくす玉のように割れる。
『祝・おめでとうっ、カチューシャは君の物』という幕が垂れて、紙吹雪が舞い散った。
「ぼーん介っ」
ルンルン気分の私は思わず凡介の前に飛び出していた。
「お前……なぜ、ここにいる?」
「それはいいとして――」私は凡介が持っている紙袋からカチューシャを取ると言った。「これ、私のために買ってくれたんだよねっ?」
「おいっ、何を勝手に――」
「いいのいいの、照れなくても。でも嬉しいな。まさか凡介が誕生日プレゼントを買ってくれるなんて思ってもいなかったから」
「は? いや、おい――」
「そういえば同棲してもう二週間以上経つね。その間あなたは私には無関心で、ほとんどの時間を平凡生活に
「待て、お前一体何を――」
「でもね、今日はとっても幸せだよ。全ての嫌なことが
私の顔面が凡介につかまれる。
それは例のアイアンクロー。
カチューシャを取り上げた凡介は鬼の形相だった。
「何を勘違いしている? これはお前に買ったものではない。これは――」
「凡にぃ、時間通りに待ち合わせ場所に来たよーっ」
頭が痛くて死にそうな私の耳に、凡介ではない人物の声が入ってくる。
誰だか分からないけど、女の子の声だった。
うー、
「
「うん、少し迷ったけどね。でも待ち合わせ場所の『モカ・コーラ』の看板でかいねっ。おかげでバス停からは迷わず来れたよー。――で、その人だれっ!? すっごい光景目撃中なんだけどっ」
もう離してええええっ、い、意識が遠のいて――。
「ホームスティ中のアホ外人だ。ところで小鞠は今日誕生日だったな。気に入るか分からんが、これは俺からのプレゼントだ」
「わぁ、カチューシャだ、凄いかわいーっ! ありがとっ、凡にぃ。……あれ? そっちのはなに?」
「ん? ああ、これはケーキだ。帰ってから一緒に食べよう」
あ、だめ――もう、だ、め……。
「わーい、ケーキだケーキだっ。何個買ったの?」
「……三つだ」
「三つ? あたしと凡にぃのと、あとだれの?」
「んー、それは――……」
チーン。
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