えぴそ~ど13 「平凡クラッシャー(後半)」


(開けるな。居留守を使う。黙ってろ)


  喉から絞り出すような小声の凡介。

 その額には汗の粒が浮かんでいた。


(どうしたのよ、凡介? 一体誰が来たっていうのよ)


(……胡桃子くるみこさんだ)


(胡桃子さん……って誰よ?)


(このアパートに隣接している大きな家があるだろ? あれは大家の家なのだが、そこの娘さんだ。たまにこうして俺の部屋に来るのだが……くそっ、明日じゃなかったのか)


 ――ぼぉんちゃぁん、いないのぉ? いないならぁ、いないって言ってぇ――。


 凡介は額の汗をぬぐうと、じりじりと後ろへと下がる。


 しっかし凡介をこうまでさせる女って何者かしら?

 ……やっべ、すげー気になる。

 と同時に、これってなんかすごいチャンスの予感っ!

 うまく立ち回れば、凡介を『ポッパニア』に行かせられるような気がするわ。

 

 よ~し。


 私は凡介にならって後ろへ下がる。

 そして軌道を少しずらすと、そこにあったを倒してやった。


 ガシャーンッと派手な音が鳴る。


「やだっ、いっけなーい! 掃除中だったからバケツが置いてあったわ。めんごめんご」


(お、お前――っ!)


 ――なんだぁ、いるじゃなぁい。凡ちゃぁん、早く開ぁけぇてぇ――。


 瞳を見開いて私を睨む凡介。

 やがて居留守は無理だと諦めたのか、一つ大きなため息を吐いてから胡桃子さんとやらを迎えに行った。



 ◆



 胡桃子さんはとても綺麗な人だった。

 黒髪ストレートで、まなじりの下がった大きな瞳が印象的な綺麗なお姉さん。

 そう、多分私より二つ三つ年上の。


 ちなみに私は十八歳よ。

 ゆるふわウェーブの金髪が眩しい、見目麗みめうるわしき乙女なの。

 ――って、誰に向かって言っているのかしら、オホホ。


「あらぁ、あなたはだぁれ? かわいいお顔をしているけどぉ、外人さんかしらぁ?」


「へ? いや私は名前をロゼリアと言いまして、凡介君を異世界『ポッパニア』に転移させるために、天界からやってき――ふぐっ!?」


 背後から凡介に口を塞がれる。

 その凡介はそして言った。


「ホームスティなんですよ。俺の高校の姉妹校に『ポッパニアハイスクール』ってのがありまして、そこから来たんです。質素な暮らしが好きみたいで、それで俺の部屋に」


「へぇ、そんなのぉ。ロゼリアちゃんもわざわざ海外から大変ねぇ。これからよろしくねぇ、ロゼリアちゃん」


 その設定に決まりかいっ。


「と、ところで胡桃子さん。今日は一体何をしにきたのですか? 仕事の休みが明日なので、来るなら明日だと思ったのですが……」


「代休よぉ。この間の休日に久美子ちゃんの代わりに出勤したからねぇ。……それで何をしにきたかってぇ、当然これよこれぇ」


 胡桃子さんが手提げバッグから大きなタッパーを取り出す。

 その瞬間、凡介の口がわなわなと震えた。


「な、何ですかね? それは」


「もう、分かってるくせにぃ。凡ちゃんのためにぃ、お料理を作ってきたんじゃなぁい。もうすぐ夕飯の時間でしょぉ? 中で待たせてもらうわねぇ、お邪魔しまぁす」


「あ……は、はい、どうぞ……」


 顔面蒼白の凡介が機械的な声で応じる。

 そのとき、胡桃子さんが「あ」と口に手を当てた。

 

 どうしたのかと凡介が聞くと、どうやら何か忘れ物をしたいみたいで、それを家に取りに行くとのことだった。


 「すぐに戻ってくるわねぇ」


 胡桃子さんが外へと出る。

 そしてドアが閉まった瞬間、凡介が高速の勢いで私に振り向いた。

 心くようなその顔には、チャンスと書いてあった。



「は? 何をよ?」


「胡桃子さんが持ってきたこの料理だ。俺はお腹がいっぱいだからお前が食べるんだ。早くしろ」


「お腹がいっぱいって夕飯食べてないじゃない。何言ってんのよ。せっかくのご厚意なんだし、ちゃんと食べ――」


「『ポッパニア』とやらに行ってやる。だから全部食べるんだ」


「『ポッパニア』に行く? 何バカなこと言ってんのよ。まだ“えぴそ~ど13”なのに、もう心変わりするはずがえええええっ!? マジ? マジで言ってんのっ!?」


「ああ、大マジだ」と述べる凡介が、チラシを細長い形状に丸めて剣を持つように握る。

 そして――、


「待たせたな。俺が来たからにはもう心配はいらない。後ろに下がっているんだ、ビッチ姫。そしてその瞳で真実を確かめろ。異星人であっても俺がこの『ポッパニア』という世界を愛し、そしてお前のためなら命をすることもいとわないということをー」


 とセリフを述べたのち、あごをしゃくる。

 しゃくった先には、胡桃子さんが作ってきた料理。


 やだ、凡介本気じゃないっ。

 しかもなんか、めっちゃカッコいい……。

 

「わ、分かったわ、食べるわっ。……でもラッキーっ、料理を食べるだけで『ポッパニア』に行ってくれるだなんて。じゃあ、おいしくいただきまーす。ふふ何かしら」


 私はタッパーを開ける。


 

 アラバスター数値10000越えの臭気が鼻をつく(くさやで1267)。


「ぶっはあああああああっ!! なんじゃこりゃあああっ!? いや、これ食べ物じゃないからっ! 無理無理絶対無理だよっ!!」


 すると、凡介がちらしを構えてしゃべりだす。


「ガルガスタン、まさかお前とこのような形で向き合うとは思わなかった。この世界に来た俺を最初に受け入れ、そして剣を、愛を、生き方を教えてくれた親友であるお前と。……お前を斬りたくはない。斬りたくはないさー。だが、闇にちたお前を俺は倒さなければならない。いくぞー」


 そして、華麗にちらしを振り回す凡介。


 ――はっ! 

 で、でもこんなやる気にみなぎった凡介がいるのよっ!

 私が弱音を吐いていいわけがないわっ。

 よ、よーし、死ぬ気で全部平らげてやるっ。

 えーい、ままよ――ッ!!



 ◆


 

 ――茫漠ぼうばくとした意識の中、声が聞こえてくる。


「お待たせぇ、ぼんちゃぁん。……あら? 全部食べちゃったの」


「はい。あまりにもお腹がすいてて、さきに食べちゃいました。すいません」


「いいのよぉ、謝ることはないわ。ぼんちゃんのために作ってきたんだからぁ。でも嬉しいわぁ、いつもは明日の朝に食べるって残しちゃうのに、今日は全部食べてくれてぇ。よぉし、次も腕によりをかけて作っちゃうわねぇ」


「……」


「ところでロゼリアちゃん、あんなところでどうしたのぉ? なんか、ぐったりしてるみたいだけどぉ?」


「眠いんじゃないですかね」


「ふぅん。あ、タッパー洗うからキッチン借りるわねぇ」


「はい」

 

 薄れゆく視界の中、凡介らしき人物がこちらへやってくる。

 その凡介らしき人物は、私の口の端に付いた何かを指ですくい取ると優しく言った。


「惜しかったな。次回またがんばろう」



 うん……私ね、すごいがんばったんだよ。フフ、フフ、フフフフ――。



 私の意識は深淵しんえんへと落ちた。

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