えぴそ~ど12 「平凡クラッシャー(前半)」


「う~ん、どっちの育乳ブラにしようかしら。やっぱり四段階ステップでバストメイクがウリの、[ブラデリシャス]がいいかなぁ。でもすごいわね、三つの段階を踏んで育乳・補正するって。天界で売ってるのはせいぜい二段階なのに、案外下界もあなどれないわよね。――さてと、凡介に見つかる前に……」


 私は下着雑誌を押入れの中に放り投げると、腕まくりをする。

 そして雑巾をかたく絞ると、床を拭き始めた。


 週に一度の大掃除。

 私はそれを手伝わされていた。


 担当場所は六畳間の床と壁や窓。あとは押入れの整理整頓。

 ちなみに凡介の担当はユニットバスと玄関、そして台所ということで、今現在ユニットバスの個室にこもっていた。


 はぁ、めんどくせー。

 普段から料理作って掃除もしてるのに、大掃除まで手伝わされるとは思わなかったわ。

 まぁ、押しかけるように同棲をせがんだのは私だから、言われればやるけどさ。


 ……でも同棲かぁ。

 考えてもみなかったわよね、下界の転移者との同棲なんて。

 天界でも同棲なんてしたことないのに、私も思い切ったことをしたもんだわ、ホント。


 もしかして、思い切り過ぎたかしら?

 切羽詰まっていたとしても、もっとほかにやりようがあったかも。

 

 たとえば親しい男神を連れてきて、凡介を強引に連れていってもらうとか――。

 たとえば大女神様に泣きついて、転移者を代えてもらうとか――。

 たとえば異世界攻略そのものを辞退するとか――。


 ダメよ、ダメダメっ!

 どれもこれも全部プライドを捨てることになるじゃないのっ。

異世界狂いの仕事人ザ・クレイジーゴッデス』の異名で呼ばれていた私が、そんな情けないことは絶対にできないわつ!


 そうよ、ほかにやりようなんてなかった。

 凡介との同棲は、唯一の選択肢だったのよ。


 まあ、ぶっちゃけ、女神のプライドなら凡介のやつにギッタギタに傷つけられているけどもっ。


 平兵凡介――。

 あいつ、本当になんなの?


 普通、初対面の女子……しかも女神に向かって技仕掛ける?

 投げっぱなしジャーマンってなんだよ? 

 初めてくらったわ、あれ。


 いや初めてといえば、胸を掴まれてからの投げとか、一本背負いとか、吊り天井固めロメロスペシャルとか、タワー・ブリッジとかも全部ね。

 たった二週間でいっぱい食らったなぁ、私。


 いや、感慨かんがいに浸ってる場合じゃないからっ。


 ……普通じゃないわよ、あいつ。

 技もそうだけど、めっちゃいい女の私がそばにいるのに性的興味を抱かないところもそう。


 私の脱ぎたてほやほやのパンツも、揺れるEカップにも全く興味なし。

 そして当然のようにこの二週間、シャワー中の私を覗くとか、裸にエプロン付けさせるとか、スクール水着でランドセル背負わせるとか、無防備な私に夜這よばいをかけることもなく、ほぼ無表情で平凡生活――。


 

 メカかっ! お前は性欲も感情もない平凡メカかっ!!


 

 ……しかしあのポーカーフェイス、本当に崩れないわね。


 何? 固着してるの? あの表情。

 違うわよね。

 あいつだって喜怒哀楽がある普通の人間。


 だったら一度くらい見せてほしいわよね。

 感情を乗せた表情をさ。

 例えばあいつが恐怖に怯える顔とか見たら、それだけでご飯四杯いけるわ、私。


「掃除もしないで何をしている? 駄女神」


 ――っ!


 背後から凡介の威圧的な声を浴びせかけられて、私の背筋がピンッと伸びる。


「や、やってるわよっ。今は床の細かなゴミを『女神聖眼ゴッデス・セイントアイ』モードで確認してたのよ。あっ、あったわ、あそこに縮れた毛を発見っ。もう凡介ったら」


「それは――」


「え?」


 振り向いた瞬間、凡介に組み付かれる。

 仰向けにされて、左足を取られたところまでは分かった。

 気付くと技は完成していた。


「――お前のだろ。足四の字固め」


「ギブッ、ギブッ、普通に痛いっ、普通に痛いっ。それに私のは金色よっ! って、何言わすのよ、ギブウウウウウウウウウッ!!」


「ふん、たいして耐えもせずにギブアップとは情けない奴め」


 凡介は技を解除すると、縮れ毛を取る。

 すると“シコ郎さんのか”と述べてゴミ箱に捨てたのち、またユニットバスのほうへ向かおうとした。


「ち、ちょっと、待ちなさいよっ! 正直、今の流れでの技は納得いかないわっ。だってそれ、私のアンダーヘアじゃないじゃないっ。謝りなさいよねっ!」


 私が謝罪を求めると、平凡メカは言う。 


「バカか、お前は。今のは掃除をサボっていた罰だ。縮れ毛を落とした犯人などどうでもいい。ところで、なぜ下の毛まで金色に染めるのか理解できんな」


 いや、地毛だからっ。


「はいはい、掃除ね、分かりましたよっ。ふんだ何さっ、ちょっと考え事してただけじゃない。ブツブツ」


「ふん、掃除が終わったら夕飯の準備も忘れるなよ」


「はいはい」


「“はい”は一回でいい」


「はーい。――ちっ」


「なんだ? 今、舌打ちのような音が聞こえたが」


 予想以上に音量の出てしまった舌打ちに凡介が気付いたそのとき――。


 ピンポーン♪


 と、インターホンが鳴った。

 誰かが来訪してきたらしい。

 

「誰かしら。……はっ! ま、まさかキモオタじゃないわよねっ? もしかしてあんた、また夕食に誘ったのっ!?」


 志湖シコ郎の顔が脳裏に浮かび、ゾワリと肌が粟立つ。


「いや、誘ってはいない。今日シコ郎さんは十四時~二十二時で施設警備員のアルバイトのはずだからな」


 ……キモオタの仕事にやけに詳しいわね。

 

「ふーん、じゃあ誰なのかしらね。取り敢えず出ましょ」



 ――ぼぉんちゃ~ん。開ぁけぇてぇ――。


 

 私が来訪者の応対に向かう途中、その来訪者らしき人物の声がドア越しに聞こえてきた。

 ――女性の声。

 それも鼻にかかった甘ったるい感じで、聞いているこちらがとろけそうになるほどだった。


 あれ? そういえば凡ちゃんって言っていたような気がするのだけど――わっ!?


 背後から腕をつかまれ、私の歩みはそこで止まった。

 つかんだのは当然、凡介。

 私は振り向きざまに言う。


「何よ? どうした――」


 でも最後まで声が出なかった。

 視界に入ったそれがあまりにも信じ難いものだったから。


 凡介は、まるで恐怖におののいているようで……。

 

 つまり、ご飯四杯いける顔をしていた。

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