えぴそ~ど11 「人生ゲームで遊ぼうっ」


 今日のアルバイトは休みだ。

 日曜日ということで凡介も学校が休みらしく、朝からずっと『平凡の教え』を読んでいた。


 カサッというページをめくる音だけが、一定の間隔で部屋に響く。

 それが朝の八時から十一時まで続いていた。


「凡介ぇ、いつまで読んでるのよぉ。ねぇねぇ、一緒に遊ぼうよぉ、暇だよぉ、ねぇねぇ」


 私は床でゴロゴロと回転しながら凡介に聞いた。


「外でも行って一人で遊んでこい。なんならシコ郎さんの部屋でもお邪魔すればいいだろう。たっぷり愛でてくれるんじゃないのか」


「なんですぐにあいつが出てくるのよっ。困ったときのキモオタかよっ! ……もう、あんなキモオタはどうでもいいから二人で遊ぼうよ。いい物あるからさぁ」


「いい物? まさかあのガラクタか?」


「ガラクタじゃなくて、おもちゃよ」


 おもちゃ。

 それは私が天界の自分の部屋から持ってきた、『転移代用アイテム』。

 そんでもって凡介はその事実を知らないわ、ケケ。


「くだらん。時間の無駄だ。以上」


「そんなこと言わないで、しよっ? 今日の晩御飯にまた豚汁作ってあげるからさ」


 凡介の好物は豚汁。

 昨日、作ってあげたときの反応ですぐに分かった。


「……本当か? ウソじゃないだろうな?」


「本当よ。昨日買った豚肉とか諸々もろもろの材料も残ってるから作れるわ。だから、ねっ?」


 

 それを聞いた凡介がゆるりと立ち上がる。

 そして閉じた『平凡の教え』を本棚(平凡の教え全三百二十巻しか陳列されていない)に戻すと、淡々とした口調で述べた。


「俺の平凡を脅かすことのないやつにしろ。分かったな?」


「はいはーい」


 つーかその設定いらなくね?

 女神と同棲している時点で、平凡とはかけ離れていると思うのだけどっ。


 

 ◆



「チャララチャッチャラ~ン! 天界バージョンの人生ゲームうううぅぅっ!」


「早く座れ」


「……」


 私は頭上に掲げた人生ゲームをちゃぶ台の上に広げると、ルール説明を始ようとする。

 でも「人生ゲームのルールなど知っている」と凡介が言うので、そこは省いてすぐにゲームを開始した。


「まずは私からね。ルーレットを回して……三ね。じゃあ三マス進みまーす」


  こまである親指サイズのゴッドカーを三マス分進める私。


「止まったマスに何か書いてあるな。俺には読めんが、なんて書いてある?」


 そっか、天界語は凡介には読めないのよね。

 えっと――、


「天界獣スキッパを購入、ペットにする。一万ゴデン払う……って書いてあるわ。いきなり一万ゴデンを払うのは痛手だけど、可愛いし、いっか」


「天界獣スキッパ……」


「めっちゃ可愛いわよ、ほら」


 と、私はゴッドカーの助手席を指さす。

 そこには天界獣スキッパがチョコンと座っている。

 地球で言えば、でっかいポメラニアンみたいなものね。


「む……いつの間にいたのだ? 最初からいたのか、こいつは?」


「いないわよ。マスに止まったから現れたのよ? ん、どうかしたの?」


 凡介の眉毛がピクンと動く。

 そのまま眉根を寄せて難しい顔を浮かべた凡介だったのだけど、無言のままルーレットを回した。

 

 どうしたのかしら、凡介。

 ……ところで、絶対負けられないわよ。

 負けたほうが天界へと送られる仕様になっているんだからっ。


 絶対の絶対に勝って、凡介を『ポッパニア』へ送り込んでやるわ、オホホホホっ!


「六だな。……ほら、六マス進めたぞ、なんて書いてある?」


 えーと、なになに……?


「道で十万ゴデンを拾う。どうやら前を歩くおばあちゃんが落としたようだ。おばあちゃんに渡しますか? 盗みますか? ――だって。どうする? ……盗んでみる?」


「犯罪行為にさりげなく誘導するな。渡すに決まっているだろう」


 ちっ。


「じゃあ、この音声マイクに向かって[渡す]って言って」


「……渡す」


 するとボードが光りだし、実寸大のリアルホログラムおばあちゃんが六畳間に現れた。


「さあ、渡すふりをするのよ、凡介。何か一言添えたほうがいいかもね。もしかしたら謝礼がもらえるかもっ。……凡介?」


 凡介が険しい顔をして、おばあちゃんを睨んでいる。

 

 こらこら、そんな顔して見ちゃ駄目じゃない。

 リアルホログラムだけど、あなたの表情や所作から感情を読み取ることができるんだからね。

 ……って、大事なことを全部言わない私ってずるい女。ウフ♪


「おい、これを持って早く消えろ」


 変わらず険しい顔の凡介が、乱暴な口調と投げやりな態度で渡すふりをする。


〈おやまあ、最近の若い者は礼儀も知らんのかね。お礼に二万ゴデンくらい渡そうかと思っていたが、止めじゃ、止めじゃ、ペッペ〉


 たんを吐き出すリアルホログラムおばあさんが消える。


「あ~あ、もったいない。二万ゴデンもらえるチャンス逃しちゃったわね。さ、次は私よ、それっ」


 回したルーレットが五で止まる。

 ゴッドカーを五マス進める私。

 でもそのマスは空欄でイベントはなかった。

 次にルーレットを回す凡介。

 数字は三。三マスゴッドカーを進めた凡介は、なぜかで私を見た。


「読め。なんと書いてある」


「え、えっと……男神ボンバリアンのマッスルショーを三分間、鑑賞。その後、彼のビキニパンツに一万ゴデンを入れる――だって」


 凡介を見る。

 体中から怒りのエフェクトが出ていた。

 

 なになに、一体なによっ?

 なんでそんなに怒っているの、凡介っ??


 と混乱中の私の前で、リアルホログラムとなって現れた男神ボンバリアンがマッスルショーを開始する。


 しかしそのショーは強制的に中断された。

 凡介がちゃぶ台返しをして人生ゲームが吹き飛んだのだ。


「ち、ちょっと何すんのよ、凡介っ! マス目の内容が気にくわないからってそんなことするなんて、信じられ――なはへっ!?」


 凡介の右手が私の顔を真正面からつかむ。

 確かアイアンクローっていう技。

 私はそれを食らって、顔面をミシミシ言わせていた。

 

「これは全くもって平凡ではない。貴様――俺に嘘を吐いたな」


「アガガガガ、いたい、がんめん、いたい」


「俺の平凡を脅かすことのないやつにしろと言ったはずだ。……お仕置きを実行する。今後また過ちを起こさないように強力なやつをな」


「はえ? おひおきお仕置き? いたいのはいや。おねはいお願い、やめて」


 右から左へと聞き流す凡介が、私の体を頭上に持ち上げる。

 そして肩の上に仰向けに乗せて、あごももをつかむ。

 次に首を支点にして、私の背中を弓なりに逸らすと凡介は言った。



「食らえ――タワー・ブリッジ」



 ゴキッ


 私の背中が不気味な音を鳴らした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る