えぴそ~ど10 「ゆーほーきゃっちゃー」


「いらっしゃいませー。その味、なるほど納得ぅ♪、ここはB級グルメの一等地。マクドナルホドへようこそっ。今だけキャンペーンの女神スマイルを無料でプレゼントしてまーす。ウフ♡」


「おい、駄女神」


「へ? ……あ、凡介じゃないっ。何よー、お客様だと思って張り切っちゃったわ。あれ、学校は?」


「終わったから来ている。どうやらちゃんと仕事はしているようだな」


 そっか。もうそんな時間だっけ。

 仕事していると、時間の経過も早く感じるわね。


「当たり前よ。欲しい物たくさんあるから、お金稼がなくっちゃっ。今一番欲しいのは、セソールのハラマキパンツかなー。アルガンオイル配合プラス、あったか内側裏起毛加工で薄手なのに、すっごい暖かいみた――」


「欲しい物を買うのはいいが、まずはきっちり二万円収めろよ。じゃ、がんばれ」


 凡介は人の話を最後まで聞かずに、言うことだけ言ってクルリと向きを変える。

 去っていくその背中に、私は慌てて声を掛けた。


「待って、凡介っ。もう上がりだから一緒に帰ろっ」



 ◆



 日本。

 そこは世界有数の経済大国にして異世界転移者の宝庫。

 経済大国だというのは、洗練された街並みや豪華な料理、そして人の着ている服などを見てすぐに分かった。


 でもなぜ転移者の宝庫なのかは分からない。

 そういえばいつか先輩女神に聞いたときは、「クソみたいなWEB小説のせいよ。私はムッキムキな黒人がいいのにっ」と唾を吐くように言っていたっけ。


 確かに戦闘に特化するなら、こんな線の細い日本人よりもガチムチの西洋人のほうがいいに決まってる。

 だけど戦闘力だけではない、別の何か……例えば異世界適応能力なんかは日本人だけが突出して優れている。


 そう、即戦力の集まり。だから宝庫なのだ。


 その即戦力の一人が凡介なのだけど、あれか三日経っても、心変わりの片鱗へんりんすら見せてくれない。

 まるで異世界のことなど、頭からすっぽり消えているかのようだった。


 もう、ホントなんでこんな奴の担当になっちゃったんだろ。

 こんな奴の……。

 あれ? 横に並んで分かったけど、凡介って意外と背が高いんだ。


「ん、なんだ? 何を見ている?」


 横顔をじっと眺めていると、凡介に気づかれた。

 

「え? ご、ごめん、なんでもない、ハハ。ん?――あっ!」


「今度はなんだよ?」


「あ、あれってもしかしてゲームセンターってやつじゃないの? ほら、ゆーほーきゃっちゃー? があるお店っ」


「ああ、そうだな。それがどうした?」


「私、やりたいっ。ゆーほーきゃっちゃー。いいよね? ねっ? どうせ帰っても暇だし一生のお願いっ、ねっ?」


「お前絶対、一生のお願いを年間百回は使ってるだろ。……ゲーセンか。まあいいだろう。平凡な部類には入るしな」


 そういえば、凡介は平凡を愛する少年だったっけ?

 忘れていたわ、そんな設定。



 ◆



 ゲームセンターに入った瞬間、何台ものゆーほーきゃっちゃーが目に入る。

 どれにしようかと悩んでいると、「これにしろ」と凡介が勝手に決めた。


「なんでこれなのよ?」


「シコ郎さんが好きな『あんっ、女神様』のキャラクター人形がある。取ってプレゼントしてやったらどうだ。お世話にもなっているしな」


「やめてよっ。なんであのキモオタのために私がプレゼントしなくちゃいけないのよ! 大体、お世話してるのはこっちよっ!!」


 シコ郎と聞いて、先日の悪夢がよみがえる。

 私の部屋へと転移したキモオタは、予想通り……いや予想以上の行為で私を戦慄せんりつとさせた。


 あいつは私のベッドのシーツにくるまり、白目を剥いて昇天していた。

 

 裸になって――、

 私のパンツを被って――、

 私の歯ブラシを数本、口に加えて――、

 何かを出し切ったみたいな恍惚こうこつの表情で――。


 そして私は吐きそうになりながらも、そんな変態キモオタを連れ帰って部屋に蹴り入れてやったのだった。

 もちろんキモオタの記憶は魔法で消したのだけど、私の記憶は消えない。おえっ。


「しかし、シコ郎さんが忍者の末裔だったとは驚いたな。まあ、その話はいい。どの台にするか早く決めろ」


 忍者の末裔。

 それは『転移代用アイテム』だとばれないために、私が咄嗟とっさに吐いた嘘。

 でも実際に、忍者のように消えたもんだから凡介は信じてくれたのよね。


 あぶねぇ、あぶねぇ。


「そ、そうねぇ……あ、じゃあこれにする。クマさんのぬいぐるみがすごい可愛いっ。よーしがんばるぞーっ」


 と勢い込んでプレイしたのだけど、てんでダメだった。


 そりゃそうよね、初めてだもの。

 うーん、店員さんにレクチャー受けたほうがいいのかしら。


「俺が取ってやろう」


 突然、凡介が名乗りを上げる。


「え? ……と、取ってくれるの?」


「ああ」


 凡介は自分の財布から小銭を出すと、ゆーほーきゃっちゃーを始める。


「あ、ありが、とう……」


 凡介の唐突な優しさに、私の鼓動が胸を打つ。

 

 なによ、こいつ、いきなり……。

 優しさとは無縁な奴だと思っていたのに、なによ……。


「難しいな。何回かやっていれば取れるか」


 凡介は無表情はそのままに、小銭がなくなれば両替してきて、私の欲しいクマさんのぬいぐるみをゲットしようとアームを動かし続けた。

 もうすでに三千円は使っているかもしれない。


 なんでそこまでしてくれるの?

 ねえ、なんで?

 私のためになんでそこまで――。


 胸に熱いものが込み上げてきたとき、


「よし、取れたぞ」


 クマさんのぬいぐるみが穴へと落ちる。

 

 やったぁっ!

 クマさん、ゲットっ!!


 凡介が取り出し口からクマさんのぬいぐるみを取り出す。

 そして「ほら」と私に突き付けた。


「取ってくれてありがとう、凡介。……その、私凡介のこと誤解していたかもしれない。今回のことでそれが分かったわ。いつも無表情で何考えているかわからないけど、実は凡介はとっても――って、人の話聞いてる?」


 凡介はさっきから紙に何か書いていた。

 で、書き終えるとその紙を私へとよこした。


 何よ、これ?


 私は書かれた文字を読む。



『請求書。ぬいぐるみ代金四千三百円とプレイ代行代金二千円を家賃に上乗せして払うこと。異議は認めない』



「まあまあ、楽しかったな。さあ、帰るぞ」


 凡介はゲームセンターを出て言った。

 

 ……。

 あー、胸が熱いわ。

 てめーをぶち殺したくて、めっちゃ煮えたぎってるぜえええええええええっ!!

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