えぴそ~ど9 「二人で食べるには多すぎる」


「行ってくる。お前は今日中にバイトを探せ。いいな?」


 玄関で靴を履き、立ち上がる凡介。

 凡介は高校生なので、学校へ行くとのことだった。


「アルバイト? ああ家賃半分づつだものね。分かったわ、探しておくわよ。じゃ、行ってらっしゃい、凡介。ふわああぁ……つつっ」


 あくびした瞬間、体の節々ふしぶしに痛みが走る。

 昨日、凡介に食らった技のせいだろう。


 何であんな技を掛けたのよと詰め寄りたいところだけど、そうなると添い寝の事実まで明らかになりそうなので、結局喉元を通ることはなかった。

 

 ちなみにあの技から解放されたあとは床に寝た。

 おかげでほとんど寝れなくて、超寝不足な私だった。


「大口開けてあくびとは、とことん品のない女神だな。……ところでその“凡介”ってのは何だ? 昨日からサラっと言っているようだが」


「あなたが凡介だから凡介って呼んでるんじゃない。凡介も私のこと、お前じゃなくてロゼリアって呼びなさいよ。同居……ううん、同棲が始まるのだし全然変じゃないわよ。むしろ当たり前。ねっ――ぼ・ん・す・け」


「くだらん。行ってくる」


 バタンとドアが閉まり、私は一人残される。


「何よあいつ、素直じゃないわね。……でも、は~あぁ、下界でアルバイトかぁ。ちたものよね、私も」


 私が下界でアルバイトに勤しんでいることを天界の誰かの知るところとなったら、それこそ天界へと戻れなくなる。

[天界人が下界で使役された]という、最も回避すべき不名誉を与えられ、生き恥をさらし続けることになるからだ。


 とは言っても、アルバイトをしない選択肢はないわ。

 給料で布団買わなきゃだもん。

 マクドナルホドが窓から見えたけど、さっそく面接受けに行こうかしら。



 ◆



「帰ったぞ。……ん? おい、何をしている?」


 いきなりドアが開く。

 誰かと思えば凡介だった。


「何よ、インターホン鳴らせばいいじゃない。お帰り、凡介。今、夕飯の支度しているから中で文庫本でも読んで待ってて」


 夕飯は鍋。

 同棲一日目ということで、豪勢にしたのだ。


「夕飯? そんなことを頼んだ覚えはないぞ」


「頼まれてはいないけど、同棲してれば女性が料理を作るものでしょ? それに同居を願い出たときに料理を作ると言ったしね。――うん、いいお出汁がでてるわ」


「……寄せ鍋か? うまそうだな――ではなく、材料はどこで手に入れた? あとそのエプロンとか部屋の奥に置いてある布団とかは何だ?」


「買ったのよ。お給料を前借りして」


「いきなり前借りだと? ……いや、待て。つまりアルバイトを始めたということか?」


「そうよ。マクドナルホドのレジ打ちなのだけど、あれって難しいわね。でも、先輩の猪瀬いのせさんが親身になって教えてくれるからすぐに上達するかも。ん? どうかしたの、凡介?」


 なんとも複雑な顔をしている凡介は、指で頬をポリポリと掻く。

 そして言った。


「さぼるなよ」



 ◆


 

『転移代用アイテム』。

 それは、条件を満たせば天界にある私の部屋へと転移させることのできるアイテムだ。

 疑われないように、おもちゃばかりを特殊な魔法によってアイテムへと変質させたのだけど、中にはおもちゃでないものも少なからずあった。


 私が今持っている、小指大の小瓶もその一つだった。

 中の液体を飲めば、天界の私の部屋に瞬時に移動させることのできる優れモノ。


 本来は、私がどうしても部屋に戻る必要があるときにだけ使う予定だったのだけど、このビッグチャンスに使っちゃった♪

 ふふ、液体はすでに具材の入った凡介用のおわんの中。

 絶対に分かりっこないわ。


 ――同居を許してくれたことは素直に嬉しいわ。

 とても感謝している。

 でもそれはそれ。私の仕事はあなたを『ポッパニア』へ連れていくこと。


 そうよ、私は仕事熱心なのよ。

 そういう奴は嫌いじゃないって言ってたわよね、凡介。


 さあ、早くトイレから戻ってそのお椀の肉団子を食べなさい。 

 たっぷり液体が付着しているから、すぐに天界へと行けるわよ。

 私もときを置かずに追うわ。

 そしてさっそく異世界『ポッパニア』の攻略開始よっ!

 

 ごめんね、猪瀬さん、店長。

 私、明日から長期休暇に入りまーすっ。 


 トイレからもどってきたのか、私のとなりに凡介が座る。


 


愛しき女神様マイ・スウィート・ゴッデスよ、お隣よろしいでしょうか。(キリッ」


 


 と思って横を向いたら、


「ぎやああああああああああああっ! な、なな、なんでキモオタがいるのよっ!! 凡介っ? 凡介はどこっ!? 助けて、犯されるうううううううッ!!」


 そのとき、凡介が遅れてやってくる。


「客人を前にして失礼なことを言うな、駄女神。鍋の量が多いから一緒にどうかと俺が連れて来たんだ」


 勝手に連れてくんじゃねーよっ!

 よりにもよって、私のパンツを料理に使った変態をよおおおおおっ!!


「おほっ! これはおいしそうなお鍋ですな。マイ・スウィート・ゴッデスの女神汁をベースにしたお鍋を前に、わたくし最早フル勃起ぼっきの状態であります。ではさっそくお口の中へ――」


「あっ、ち、ちょっと待って、そのお椀は――っ!」


 凡介用のお椀を持った志湖シコ郎が、その中にある全ての具材を気色の悪い口の中へと放り込む。

 

「こ、これはっ! 肉団子を噛むたびに濃厚な女神汁がお口の中にイヤらしく広がって……あ、あ、あ、そんなにたくさん出ちゃらめぇぇ―――…………………………」


 あ。


「……なんだ? 一体どうした? シコ郎さんが霧のように消えたぞ」


 志湖シコ郎の行先は私の部屋。

 あの変態キモオタが今、私の部屋にいる。


 

 い、いやあああああああああああああああッ!!

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