えぴそ~ど8 「添い寝の代償」


 抱きついた瞬間、凡介がスックと立ち上がる。

 すると私の左手を取って、華麗な一本背負いを繰り出した。


 またかよっ!

 何でこいつはいちいち投げ技をしてくるわけええええ!?


 さきまでならここで転移門に落とされて天界行きだったけど、今はない。

 つまり背中から床に激突――のはずだったのだけど、“ある物”のおかげで助かった。


「いきなり抱きつくな。ところでお前……ずっと気になっていたが、そのリュックサックはなんだ? とんでもなくメガサイズだが何が入っているんだ?」


 そう、リュックサックが緩衝かんしょう効果を発揮してくれたのだ。


「え? こ、この中? ……えーとこの中には着替えだったり下着、あとは洗面グッズやタオルとか、まあそんな感じ? 変な物とか入っていないから安心して。はは」

 

 と述べる私は、さっさと仕舞っちゃえとばかりに押入れへと押し込もうとする。


「うぎっ!?」


 しかし、後ろから後頭部をむんずとつかまれた。


「待て。一応検分させてもらう。お前の言ったことなど信じられんからな。俺の平凡を脅かす何かしらの危険な物が入っているかもしれん」


「は、入ってないわよ、そんな物っ。だから、ね? 検分とか止めよ? ほら下着だってたっくさん入っているし、見られると恥ずかしいなー、私」


「三角ビキニの胸揺らしていた奴が何を言っている。さあ、出すぞ」


「あ」


 そして凡介は容赦なくリュックサックの物を床にぶちまけた。

  

 散乱する着替えや下着――のほかに雑多な物が其処そこかしこに散らばっている。

 それらは全て、私が自分の部屋からかき集めた『』であり、できれば大っぴらにしたくはない物だった。


 そう、できれば。

  

「おい、このガラクタはなんだ? おもちゃか?」


「う、うん。時間があるときに一緒に遊ぼうかなぁって思って。べ、別に隠していたわけじゃないわよっ。ただ子供っぽいってバカにされるかなと思って……」


「ふん。本当にガキだな」


 凡介はいくつかのおもちゃを手に取ると、検分を始める。

 でも案の定、凡介はそれらが『転移代用アイテム』であると気づかずに、「まあ、いいだろう」と検分を終えた。



 ◆



「俺はもう寝る。お前も寝たければそこら辺で寝ろ」


 凡介はそう言うと、電気を消して布団へと入る。

 その三秒後、スースーという寝息が聞こえた。


 はやっ! お前はの〇太かよっ。


「いつのまにか夜だったみたいね。……でもどうしよう。そこら辺で寝ろって言われても布団がないわ。床に直接じゃ体が痛くて寝れないだろうし」


 私の視線は凡介の布団へといく。

 あと一人、入れそうなスペースはありそうだ。

 

 本当に添い寝しちゃおうかしら――とよぎった私は凡介の寝顔を見る。


「何が、“ふん。本当にガキだな”、よ。あんたのほうが絶対、私より年下じゃない。……か、可愛い顔で寝ちゃってさ」


 無防備に寝息をたてる凡介は、起きているときの尊大な態度がまるで嘘のように、とても魅力的な少年に見えた。


「ふ、布団が一つしかないし、それに添い寝するなとも言われてないし、いいわよねっ。……それではお邪魔しまーす」


 私はそっと、凡介の布団にもぐり込む。


 うーん、ぬくいっ。

 やっぱり寝具がないとね。

 本当は枕も欲しいけど、今日のところはいいわ。

 じゃ、おやすみなさ~い。


 そのとき、


 三十センチほどあった凡介との距離が、寝がえりを打ったその凡介によって、ほぼ密着状態までに詰められた。

 しかも凡介の右手が、私の左胸に乗っているという非常事態。


 ち、ちょっとっ!? 

 え、やだ、どうしよーっ、すごい近いし、手が胸に――っ。


 「スー、スー、いくぞ……スー、スー」


 吐息のような凡介の寝言が聞こえる。

 その寝言が、[いくぞ]という三文字だったのは、おそらく聞き違いではない。


 例の投げ技が脳裏をよぎり、背筋に悪寒が走る。

 次の瞬間、上半身をあげる就寝中の凡介。

 凡介は胸をつかんだまま私の上半身を引き起こすと、左手でもう片方の胸をつかんだ。

 ――で、私を立たせる。


 フラグが立った。


「ま、待って、お願い投げないでっ! 勝手に添い寝した私が悪かったですっ。だから投げないでっ! 転移門もないしリュックもないんだよっ? 背中から落ちたらすっごく痛いじゃんっ! だから


 間違えた。

 “だから止めて”なのに間違えた。


 「別の……スー、スー、技……スー、スー」


 再び寝言を口にする凡介。


「い、いや、今の言い間違いだからっ! 別の技じゃなくて、技を掛けな――!?」


 時すでに遅し。


 私はうつぶせにされると、凡介によって瞬時に足と手を固定される。

 次に凡介が後方に倒れ込んで布団に寝るような体勢になると、私は釣り上げられて天井を仰ぐ状態となった。


「いたっ、いたたたたッ、めちゃんこいたあああああいッ!! あとすっごく卑猥ひわいな恰好になってるうううううっ!!」


 その後二十分続いたその技の名前が『吊り天井固めロメロスペシャル』だと知ったのは、何日かあとのことだった。 

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