えぴそ~ど7 「Let's、同棲」


「ごめんなさい、ごめんなさい、フライパンで頭ぶったたこうとしてごめんなさい。あれは、二進にっち三進さっちもいかなくなったところでフライパンを見つけちゃって魔が差しただけなの。もうあんな暴力的なことはしないわ。だから……」


 私は土下座の体勢で平兵凡介を見上げる。

 睥睨へいげいするような平兵凡介の口が「だから?」と機械的に動く。



「だから……居候いそうろうさせてくださいいいいいっ!」



 私はおでこをフローリングにこすりつけて懇願した。


「居候だと? なぜそうなる? 唐突すぎて意味が不明だ」


 困惑の色を浮かべる平兵凡介。

 終始ポーカーフェイスの平兵凡介だったのだけど、さすがに私のこの申し出には驚いたみたい。


 私は一つ大きなため息を吐くと、そうなった経緯を話し始めた。


「私は天界ではけっこう優秀な女神だったわ。何人もの勇者を異世界に転移させては、その勇者をサポートする形で、異世界を何度も悪の手から救ってきたの。数多の異世界を救ったその仕事ぶりから、私は『異世界狂いの仕事人ザ・クレイジーゴッデス』の異名でも呼ばれていたわ」


「……」


「そんな私が、よ? たった一人の転移者に翻弄ほんろうされて転移門をくぐらすこともできない失態を繰り返している。しかも五回よっ。まあ、そのうち一回は違うのだけれど、五回一人で戻ってしまったのは事実なの。あなたは知らないけど、今まで使っていた総合転移門は一回通るだけで、とてつもない天界エネルギーを消費することになるの。なのに私はそれを五回も空費させてしまったのっ!」


「……」


「私を目の上のたんこぶと思ってた先輩女神は、これみよがしに私を嘲笑ちょうしょうして責め立てたわ。そして後輩女神も尊敬のまなざしから一転、ゴキブリに向けるような目で私を見るようになった。極め付けは大女神様の消えた微笑み。あれはこたえたわ。真顔で私を見つめるその顔には、“クソ。お前クソ”と書かれているのが有り有りと読み取れたから」


「……」


「だからもう一人では戻れない。とは言っても、あなたも今すぐ異世界『ポッパニア』に来てくれることもない。だから――居候。あなたがいつか心変わりして『ポッパニア』に行ってもいいと言うそのときまで。そ、それまでは料理だってするし、掃除だってするわ。夜のほうはダメだけど、そ、添い寝くらいはできるわよっ。あなたはあんまりそういうのには興味がなさそうだけど。……だ、だめかな?」


 ……どうせ、だめって言うわよね。

 平兵凡介の性格からして、「断る。いいから帰れ。この駄女神が」って一蹴するに決まってる。

 そうなると私はどうしたらいいの?

 どうしたら――。


「プライドもなにもなしか」


 平兵凡介がぼそりと呟いた。


「え?」


「天界に住む者が人間に土下座して居候を懇願とは、自尊心の欠片かけらすらないどうしようもない究極の駄女神だと言ったんだ」


「う……うぅ」


 予想以上に辛辣しんらつな平兵凡介。

 やっぱりダメか――と、私は立ち上がってトボトボとドアへと向かう。

 部屋を出たあとのプランなんて何もない。

 ただ、ここにいられないのなら出るしかなかった。


 のだけど――、


「しかし仕事熱心と捉えることもできるか。――


 え――?

 背後から聞こえた声に、私は咄嗟とっさに振り向く。


「……い、今のってどういうこと?」


「どうせ行く当てもないんだろ。いたければいればいい。但し居候ではなく同居であり、ゆえに家賃は折半せっぱんだがな。それと俺の心変わりは期待しないほうがいいと付け加えておく」


 平兵凡介はそう言うと、座ってテレビを付ける。

 その背中からは感じるのは、“取るに足らない一幕が終わった”というただそれだけであり、実際平兵凡介はそう思っているのだろう。


 なのに何でだろう。


 あれだけ『ポッパニア』行きを断られて何度も投げられたのに、何でだろう。


 ――とても嬉しかった。


「あ、ありがとう、凡介っ!」


 私は感情のおもむくままに、平兵凡介の背中に抱き着いていた。

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