第二十三話 ギルドの新人
冒険者ギルドに到着して、まず最初に出会ったのはアンジーさんだった。
確か仮眠を取ると言っていた気がするのだけど……目の下の隈は抜けきっていないようだ。
アンジーさんは俺らを見るや否や凄い勢いで駆け寄ってくる。
「アンジーさん!?」
「あああ、生きてた! 良かったぁ」
と目に涙を浮かべて俺とシロエに優しく抱擁をし始めた。
何がなんだか分からない俺とシロエ。
アンジーさんの柔らかな胸の感触と温かさに、俺は顔が赤くなるのを感じた。ゾンビだけど。
「ハッ!?」
殺気を感じる。
見ると、周りに居た同じく新人冒険者が俺を見て睨みつけて殺気を放っていた。
あの視線は嫉妬だ。
ちょ、でも皆さん、落ち着いて! 人妻ですよ、アンジーさんは!!
「モノ太……」
シロエからも殺気を感じる!?
シロエはアンジーさんの抱擁を抜け出すと、俺を引っ張って抱擁から解放させた。
あああ、何するんだシロエ! ちょっと勿体ない気分だ。
「アンジー、どうしたの?」
シロエが俺の視線での抗議を無視しつつアンジーさんに尋ねる。
アンジーさんは抱擁から抜け出すというシロエのいきなりの行動にキョトンとしつつも答えた。
「だって街にグレイトウルフが侵入したんでしょ? アナウンスしても二人が戻ってこなかったから心配して」
とすると、俺らの知らぬうちに心配をかけてしまったようである。
もしかすると、俺たちと別れる時に『私が起きたら死んじゃってましたーなんて冗談はやめてね』と言ったのが実現したのかもと思ったのかも知れない。
「大丈夫ですよ、アンジーさん」
「そう。アンジー。私たちは強い。簡単には死なない」
と、シロエは持っている袋をアンジーさんに見せつけたのであった。
「これは?」
「街に侵入していたグレイトウルフの素材。換金してほしい」
「ええええええ、グレイトウルフ狩ったの!? 二人で!?」
「合計四匹狩ったけど、持っている素材は毛皮一匹分と牙二匹分だけ」
「よ、四匹!? 嘘でしょ!? こんな短時間で?」
「嘘じゃない」
アンジーさんはシロエから袋を受け取って、中身を見ていく。
「本当に毛皮一匹分と牙二匹分ある……」
驚いているみたいだ。何せ俺らは新人冒険者と同じ枠組みの二人だからな。
シロエのキャリアは四年だけど、俺は冒険者になって一週間も経っていないド新人だ。
それに俺に関して言えば丸腰で、装備だって安物のシャツ一枚なのである。
こんな新米パーティで7級の魔物を狩れたことにたいして不思議に思っているのだろう。
シロエ曰く、7級の魔物は黒鉄級の冒険者パーティに倒すことが出来るレベルらしいからね。
「……四匹倒したかどうかは兎も角として、素材は本物みたいね。今ギルドは忙しいから、換金はあとになるわ」
「わかった」
アンジーさんの言葉は俺たちが四匹倒したのを信じてはいないという結論を出したみたいだ。
そのことにシロエは納得いかないような顔を見せるも、彼女の言葉に頷いて同意した。
と、その時だ。
「ああああああああああああああああああ!!!」
受付近くで女性の叫び声……というよりかは驚いたような声がギルド内に響いた。
誰だ? と声の主を見ると、緑色の冒険者ギルドのシンボルカラーの制服に包まれた女性が一人、俺らを見て指を差して叫んでいた。
茶髪のショートヘアーが似合っている女性である。
あの人って……確か先ほどグレイトウルフに襲われていて助けたギルド職員の人だ。
「さっき漏らしてた――」
「シッ、馬鹿、言うなよ!!」
シロエが余計なことを言いそうだったので、急いで口を封じる。
ちなみに制服の下半部は濡れている様子は見られない、着替えたようだ。
彼女は凛々しい態度で俺らに近寄ってくる。な、なんだろうか?
彼女は俺らの目の前で足を止めると……ぺっこりと腰を曲げた。
「あの時は助けていただいてありがとうございます!!」
まさに直角、90度姿勢である。ついでに大声での感謝の言葉だ。
彼女の突然の行動に俺は慌てて言う。
「顔を上げてください! みんなが見てますので……ッ!!」
周りに居る冒険者の訝し気な視線に俺は耐えきれなかった。
そりゃそうだ。アンジーさんにハグされて、その後にギルド職員の女性に感謝を述べられる。
事情を知らない人からすれば何だコイツ等と変な目で見られるのも当然である。
「助けていただいた時、感謝の言葉を述べることが出来ませんでしたので」
「は、はぁ」
「え? チホちゃんが言ってた助けてくれた冒険者二人組ってシロエちゃんとモノ太くんのこと!?」
「はい、先輩。私、このお二人に助けられたんです」
アンジーさんの言う、チホちゃんって言うのは多分、この女性職員の名前だ。
チホさんはアンジーさんの質問に頷きながら答えていた。
アンジーさんが先輩で、チホさんが後輩ね。
「シロエちゃんとモノ太くんは知らないと思うから紹介するわね。彼女はギルドで働いている新人のチホちゃんよ」
「あ、紹介が遅れました。私、昨日からギルドで働くことになったチホと申します。介護班です。よろしくお願いします」
またしてもぺっこり90度腰を曲げ、自己紹介をし始めた。
よく曲がる腰だ。
慌てて俺らも自己紹介をする。
「えーっと、こちらこそ。俺の名前はモノ太です」
「私はシロエ」
ちょっと遅めの自己紹介を終え、彼女は姿勢を元に戻すと俺らに尋ねて来た。
「どうしてお二人はギルドにいるのでしょう?」
「え?」
彼女の質問の意図が分からない。え? 俺ら、冒険者ギルドにいちゃダメなの?
俺は戸惑いつつアンジーさんに視線を向けた。アンジーさんは苦笑いを浮かべている。
「チホちゃん。モノ太くんは『クズ級』でシロエちゃんは『鉄級』よ。黒鉄級の冒険者じゃないわ」
「え!? 黒鉄級じゃないんですか!?」
チホさんは信じられないとでもいうように驚きの声を上げていた。
俺らは信じてもらうために自身のギルドカードを見せる。
彼女は二重に驚いていた。
「チホちゃんはモノ太くんたちを黒鉄級以上の冒険者と勘違いしているのよ」
「そりゃそうですよ! だってグレイトウルフの頭を拳で貫いていたんですよ!? そんなこと出来るのは黒鉄級以上の冒険者かなと」
「と、このように嘘をついててね。拳で頭を貫通なんて普通に考えて黒鉄級でも出来ることじゃないわ」
ハハハとアンジーさんは呆れたように笑いながら言った。
けど、彼女の言っていることは事実なんですよね。俺、目の前でゾンビパワー披露しちゃってます。
ま、下手に勘繰られても仕方ないので黙って誤魔化しておきますがね。
「チホの言っていることは本当」
……黙ってようと思ったのに何故同意するのだシロエさんよ。
「モノ太は力だけは強い」
「力だけって……あのなぁ」
「あ、それと料理も得意」
間違ってないけども!!
これ以上言っても拳で動物の頭を貫くなんて信じられないことなのだし、誤魔化すために俺は口をはさんだ。
「まぁシロエもチホさんも、拳うんぬんは置いときましょう。それよりもシロエ、俺たちがギルドに来た理由があるだろ?」
「忘れていた。私たちにはグレイトウルフを倒す実力がある。討伐するから街に侵入したグレイトウルフの数を教えてほしい」
そうそう、すっかり聞きそびれていたが俺らが本来ギルドに来た目的はこれだからな。
街の人の安全確保のために来たのだ。
黒鉄級以上が街の外で頑張っている今、俺たちに出来るのは街に居るグレイトウルフを倒すのみだ。
「いないよ」
答えたのはアンジーさん……では無くアンジーさんの後ろに立っていたおばば、ギルドマスターであった。
突然現れたもんだから俺は驚き、アンジーさんちチホさんは背筋をピンと立てていた。ちなみにシロエは無表情を貫いている。
「ギルドマスター」
「そうじゃ。で、侵入したグレイトウルフの数を聞きたいのだろ? 答えは『いない』だ」
その言葉に驚いていたのはチホである。
「でも、数匹街に侵入したグレイトウルフの姿を私は見ましたよ?」
「そいつらはこの二人の手で討伐されたみたいだね。今調査をしていた職員から連絡が入ったよ」
そう言ってギルドマスターは青くて綺麗な石を取り出した。
なんじゃそりゃ、とシロエを見たけどシロエも知らないみたいだ。
魔道具については詳しくないらしい。シロエが詳しいのはスキルに関することと魔物に関することのようだ。
「その石は?」
「これは連絡用の魔道具さ。遠くの人と連絡を取ることが可能でね」
なるほど、ということはこの石は電話みたいなものか。
この世界は科学が進んでいない代わりに魔法が進んでいるみたいだからな。そう言った魔道具も開発されているのか。
「今現在、街に侵入したグレイトウルフの姿は確認されていない。代わりにチホの言っていた頭が貫かれているグレイトウルフの死骸を発見したみたいだよ。それにどう殺したのか分からない死骸や剥ぎ取られた死骸まで見つかったようだ」
「え? 本当ですか!? ギルドマスター」
「そうだ、アンジー。今アンジーが持っている袋の中には同じ、グレイトウルフから剥ぎ取った物が入っている。どうやらシロエちゃんたちが倒したのは本当みたいだよ」
そう言ってカッカッカッと笑うギルドマスター。
「お前たちにはグレイトウルフを倒す実力があるようだ。だから二人に緊急依頼を出す」
「緊急依頼って……シロエちゃんとモノ太くんに?」
「あぁ、先ほどキングウルフと戦っている白銀級の冒険者たちから照明弾が打ちあがった。敵の数も多いみたいだし、そうとう参っているみたいだね。そこで二人に加勢してもらいたいのさ」
「は? キングウルフに? 正気ですか、ギルドマスター!? まだシロエちゃんは鉄級でモノ太君はクズ級なんですよ!?」
アンジーさんが目を見開いてギルドマスターに問う。
しかしギルドマスターはアンジーさんの問いには答えず、視線を俺たちに向けていた。
何かを見透かしているような視線である。それは俺たちにお前たちなら出来るだろ? と訴えかけているように見えた。
「行く」
シロエが言う。
「私たちは負けない」
「シロエちゃん考え直して!? 死ぬかも知れないのよ?」
「モノ太がいる」
そう言ってシロエは俺を見た。そこにあるのは信頼である。
たった数日しか過ごしていないが、俺たちの間には確実に信頼が芽生えている。
しょうがない、と俺は頷いてアンジーさんに言った。
「アンジーさん、シロエのことは任せてください。俺が責任を持って守りますから」
「でも貴方だって新人じゃない!? 無駄死にするだけよ」
「死ぬ? それは大丈夫だと思います。だって俺、死んでます・・・・・から」
「え?」
俺の言葉に意味不明だと言わんばかりのアンジーさんの表情に俺は苦笑いを浮かべた。
「とまぁ、冗談です。死ぬ気で頑張りますてことで」
「じゃ、ギルドマスター、アンジー、チホ、行ってくる」
シロエは俺の手を掴むとすぐさまスキルを発動する。
シロエの真骨頂でもある≪俊敏≫だ。そのままギルドを出ると、街の外にまで一直線で向かっていく。
「二人とも、死なないでね!!」
アンジーさんの声が後ろから聞こえた。
けれど、スピードのせいで後ろは振り向けず、声も出せない。
俺たちは返事を返さず街の出口を目指す。
途中、シロエが自分からばらしてどうすると言った目で見つめてきたが、俺は別にばらしたつもりは無い。
大丈夫だと視線で答える。シロエのスキルのお陰か、すぐに門までたどり着いたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます