第二十一話 グレイトウルフ

 ルイさんと言う偵察の人の言葉を聞いてからのギルドマスターの行動は早かった。

 まず初めにギルドの職員に指示を出す。


『冒険者ギルドからお知らせです。住民は速やかに避難してください、現在街に魔物が接近中です。繰り返します――』


 と先ほど聞いた声のアナウンスを街中に響かせた。

 次に黒鉄級の冒険者を森近くの街の入り口である門に配置させ、銅級以上の冒険者を森へと向かわせる。

 職員たちには皆役割があるそうで、数名の職員も冒険者と共に門付近に配置させていたり、受付で書類を作成したり、料理を作ったりと様々な行動に出ていた。


 行動に移していないのは俺とシロエとギルドマスターの三人のみだ。


「あ、あの……俺らは何をすればいいですか?」


 俺たちも何か行動に移そうとギルドマスターに尋ねる。

 しかし、ギルドマスターは俺を睨むと指をさしながら叱咤するように言った。


「何をすればいいかだって? それは自分で考えな! クズ級にもクズ級の仕事があるはずだよ。ね? シロエちゃん」

「ギルドマスターの言う通り。モノ太、私たちにもやるべきことはある」

「やるべきことって……」

「そんなの決まっている。住民の避難の手伝い」


 そうか! まだ商店エリアには人がいた。

 その人たちの避難も俺らの仕事なのか。


「でもそういうのって街の治安を守る兵士の役割じゃ……」

「モノ太よ、知らんのか? この街は私の領地じゃぞ? すなわちこの街に居る以上、兵はお前らじゃ」

「え?」


 ギルドマスターはさらっと言っているが衝撃の事実が発覚した瞬間であった。

 領主ってあれだ。土地を管理している凄い位の高い人だ。つまりは貴族だ。

 この世界、貴族制度があることは知っていたけど……いや、まさかね。


「ほ、本当にギルドマスターが領主様で?」

「疑っとんのか? しかし本当のことさ。ね? シロエちゃん」

「本当。モノ太は他所の場所から来たからギルドマスターが領主様であることを知らない」

「えええええええっ!!」


 本当のことであるようだ。この街はギルドマスターによって管理されている街だったのである。


「まぁこんなおばばが領主をしていたりギルドマスターをしていたりなんてことはどうでもいいこと。今は街のほうが一大事さ。クズ級だからって動かないって訳にもいかないさね。街の人を救うために動きな」

「ギルドマスターはどうするんですか? ……有名な魔法使いなんですよね? 戦ったりは――」

「それは昔の話だよ。今の私には街の住人を守ることで一杯一杯なんだ。だから冒険者たちの働きに期待してるのさ。さて、モノ太はやるべきことを理解したかい?」

「わ、分かりました!! 頑張らせていただきます」


 ギルドマスターの言葉を聞いて、シロエをつれて街の外に出る。

 アナウンスを聞いたからか、商店エリアで見かけた街の住人が自分たちの住んでいるであろう住宅エリアに走って向かっているのが見えた。

 その人たちを安全な場所まで避難させるのが俺たちの仕事のようだ。


「よし、避難の手伝いをするぞ」

「どこに向かおうとしているの? 私たちは商店エリアに向かう」

「え?」


 直後、シロエが俺の裾を引っ張って≪俊敏≫を使い凄い速さで商店エリアに向かう。

 走っている車に引っ張られているかのような感覚に、俺はついていくのでやっとだ。

 何で商店エリア? と聞きたかったが口を開くと舌を噛みそうだったので黙ることしか出来なかった。

 無意識に走ること数分、ようやく足を止めたと思えば目の前にあるのは商店エリアである。やはりシロエの足は速い。


 俺は息を整えながら商店エリアの辺りの様子を眺める。


 商店エリアは閑散としていて人が居るような雰囲気では無い。

 やはり街の住人はアナウンスを聞いて逃げたようだ。無駄足である。


「シロエ、何で商店エリアに来たんだよ?」

「もしかしたら逃げ遅れた人がいるかもと思って。そう言った人たちの避難を手伝わなきゃ。いなかったらいなかったでいい話だし」


 シロエの言葉で気づく。

 俺は危うくミスを犯すところだった。

 逃げ遅れた人のことを頭に入れていなかったのだ。


「そうか、そうだ。確かにシロエの言う通りだ」


 商店エリアは門からそう距離が離れているわけでは無い。

 もし、グレイトウルフが街の中に入って来て、逃げ遅れた人が食べられたのだとしたら……一大事である。

 そのことを考えてシロエは行動に移したって言うのだ。


「は、ハハハ」

「モノ太、どうしたの? 変」

「いや、俺よりシロエのほうが警察官に向いてるんじゃないかと思ってさ。だから自分が情けなくなって」


 シロエは俺の言葉に「?」を浮かべていた。多分、警察官の意味が分からないのであろう。

 この世界には警察のような組織はあっても職業はないっぽいからな。仕方ないのかも知れない。

 が、このままシロエにやられっぱなしって言うのも腹が立つ話だ。

 人を救う。今の俺たちに出来ることを成し遂げるまでだ。


「今は人を見つけることが大事」

「……よしっ。そうだな。だったら俺は右側を探してみる。シロエは左側を。シロエは鼻も使ってくれ。人の匂いがしたら教えてほしい!」

「わかった」


 逃げ遅れた人の捜索を開始させた。

 と言っても逃げ遅れた人の気配は感じられない。

 声を上げて逃げ遅れた人が居ないか捜索してみたのだが、返事も無いようだし気絶している人の姿も無かった。

 シロエの所も同じようで、人がいる様子は無いようだ。この辺りには逃げ遅れた人は居ないと判断してもよさそうである。


「よし、逃げ遅れた人は居なかったな。次は何処行く?」

「次は門」

「門? あそこには銅級の冒険者が居るハズだけど……」

「グレイトウルフが街に侵入したみたい。冒険者が他のグレイトウルフと戦っている間に侵入したらしい」


 シロエは耳をぴくぴくと動かして俺に伝えてくれる。


「大変だ!! シロエ、頼む」

「分かった」


 今度は俺がシロエの手を掴んだ。小さな手だ。

 初めて女子と手をつないだかもとそんなこと考える余裕もなく。

 その瞬間、シロエのスキルが発動し、またしても走っている車に引っ張られているかのような感覚に陥ったのであった。



  ◇◆◇



 街の中は一気に戦場へと化していた。

 白銀級冒険者たちはキングウルフと戦っておりグレイトウルフには対応できず。

 周りに居る銅級冒険者も白銀級冒険者に邪魔をしようとするグレイトウルフに手いっぱい。

 今回のキングウルフの群れはかなり大規模のようで、彼らだけでは全てのグレイトウルフに対応出来るハズが無い。


 残ったグレイトウルフは戦っている冒険者たちには目を向けず、街へと進行していく。

 そこで待ち受けていたのは黒鉄級の冒険者たちである。

 しかし黒鉄級と言えどもその多くが一人でグレイトウルフ相手対抗できると言った手段を持ってなどいない。


 グレイトウルフは単体で7級、群れで5級相当の実力を持つ。

 経験の浅い黒鉄級では一パーティに一匹ずつが限度である。

 経験があったって倒すことが出来る時間が縮小するだけで、一パーティに一匹ずつというのは変わらない。


「ぐるおおおおおっ!!!」

「うわっ!」


 グレイトウルフの咆哮に、一瞬不意をつかれた冒険者パーティが居た。

 そこを狙われ仲間のグレイトウルフがその冒険者たちに襲い掛かる。そうやって負傷した冒険者パーティは多く存在する。

 冒険者たちが戦っている隙を狙って、数匹のグレイトウルフが街の中へと侵入していく。

 黒鉄級の冒険者は侵入したのに気付き、急いで対応に向かおうとするが、今戦っているグレイトウルフがしつこくて対応することが不可能であった。


 まさにどうすることも出来ない状況だ。


 門で介護班として待機していた非戦闘員のギルドの職員はグレイトウルフが街に入って来たと知るや否や逃げ出していた。

 だが、次々と襲われていく。

 介護班に配属された新人ギルド職員の一人であるチホは犠牲になった先輩たちの姿を見て、逃げるのを諦めた。


 このままじゃ確実に狙われると本能が理解していた。


 じっと物陰に隠れつつ、ポケットに仕舞っていた石を取り出してぎゅっと握りしめた。


「ギルドマスター!! 応答を求めます!!」


 チホの持っているのは青色に輝く石であった。

 この石はただの石ではなく魔道具であり、魔力を込めると遠くの相手と会話ができると言った優れものである。

 ただし使用制限は一回きり、値段が高くよっぽどの時にしか使えない貴重品だと言われている。今日の朝、非常時以外使うなよ~と先輩ギルド職員が言っていたのを忘れてはいない。


 まさか、配属された初日に非常時が来るとは思わなかったが。


『どうしたんだい?』


 チホの連絡に、ギルドマスターが職員の連絡にすぐさま反応を返した。

 チホは焦りながら用件を告げる。


「街にグレイトウルフが数匹侵入しましたっ! このままだと住宅エリアに行くのは時間の問題かと!」

『なんだって!? 数は何体いるんだい?』

「数ですか、少なくとも――」


 と、顔を上げると目の前には涎を垂らしたオオカミが一匹。

 グレイトウルフである。グレイトウルフは狼である故に鼻が優れている。

 鼻を使って人間の臭いを探し出していたのだ。


 目の前が真っ黒に染まる。


「あ、あ、……!!」


 魔道具の石を手から落とすと、グレイトウルフはその石を踏みつけた。


『どうしたんだい!? 応答しなッ!! ―――!!!』

「グルオオオォォォ!!!!」


 グレイトウルフは吠えた。そしてそのまま無抵抗なチホに襲い掛かる。

 この時、チホはもうダメだと察していた。自分も今朝に見た冒険者のような姿になると。

 涙があふれだす。死にたくない、折角夢だったギルド職員になれたのに死んでたまるかと。誰か私に気付いてと縋るように助けを求めていた。


「誰か、助けてッ!!」

「≪束縛バインド≫!!」


 風がギルド職員の間に吹き抜ける感覚がした。

 不思議なことに、襲われたと言うのにグレイトウルフに噛まれたと言う痛みは感じない。疑問に思って閉じ切った瞼を開く。

 目の前に居たのは先ほど襲い掛かって来ようとしたグレイトウルフだ。

 この状況はもしかして夢だったんじゃないかと思ったがグレイトウルフを見て、どうやら夢では無いようだと悟る。

 ただ、状況が違った。

 グレイトウルフが何者かに拘束されたかのように一瞬にしてぐるぐる巻きにされているのだ。胴体は然り、口元にもロープ状のものが巻かれている。


 一体、誰が?


「よくやった、シロエ!!」


 直後聞こえて来た青年の声。と後ろに見える小さな少女。

 どうやらこれをあの小さな少女がやったらしい。魔法なのだろうか。

 青年はぐるぐる巻きにされているオオカミに乗り掛かると、拳を握りしめて振り上げた。


「ゾンビパァァァンチ!!!」


 と言って拳を振り落とす。グレイトウルフ相手にまさかの拳攻撃だ。でもただ殴ったってわけでは無いようであった。

 その拳がグレイトウルフの頭をぶち抜いていたのだ。ぶちゅっと目の前で鮮血が弾ける。

 拳は頭を貫通させ、地面まで到着させると、そこにちいさなクレーターを創り出していた。

 一撃でグレイトウルフは絶命していた。チホはオオカミに襲われた以上に驚き、呆気に取られて拳を放った男性を見つめる。


「ゴブリンだけじゃなくてコイツにも効いた。いや、ゾンビパワーって強いな」


 と目の前の男性はブツブツとつぶやいた後、あっさりとした態度でグレイトウルフの脳天から拳を引っこ抜いていた。


「あ、あの」

「え? あ、ギルドの職員さん」


 男性は今の光景を見て驚くギルド職員に気付き、苦笑いを浮かべる。


「大丈夫でしたか?」

「は、はい!」

「お、俺は見てませんから。それじゃ、残りのオオカミを退治してきます。ここら辺にはグレイトウルフは居ないと思いますので、早く冒険者ギルドに避難してください。では!」

「え? あ、え? 見てない?」


 男は早口で言うとオオカミを拘束したあの少女のほうに向いていった。

 よそよそしい男性の態度に何事かと自身を見る。そして気付いた。

 股のほうが濡れているようだったのだ。

 池が出来ている。どうやら恐怖で漏らしてしまったらしい。


 だが、今はそんなことを気にする余裕は無く、助かったことに歓喜する。


「あの! ありがとうございます」


 やっと礼を言えることが出来た。

 だが既にこの場には自分を助けてくれた男性と少女の姿は無かった。


「ど、何処に行ったの?」


 辺りを見渡しても姿は確認できない。この場に居るのはチホとグレイトウルフの死骸だけだ。

 わずかな時間、チホは呆然としてしまう。


「……そ、そうだ!! 呆然としている場合じゃなくて早くギルドに報告しなきゃ! 街の人が危ない!!」


 チホは気を取り直すと冒険者ギルドに向けて走り出す。

 あの二人、冒険者ギルドで見かけたことがある。

 もしまた会えたのなら改めて礼を言おうと胸に秘め、チホはギルドを目指すのだった。

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