第二十話 魔物の脅威

 冒険者ギルドから出たのはいいが、このままシロエの家に戻ったとしても仕方ないのでお金を求めて二人して彷徨う。

 試しに商店エリアに向かってみると、いつも賑わっているハズのここは比べて人通りが少なかった。

 店を既に閉めた人も居るくらいだ。『街の外で異常が発生したようで様子見に一日休みます』と看板が建てられている。


 先ほどのアナウンスが効いているのかも知れない。

 冒険者たちへの緊急依頼だもんなぁ。よほどのことがあったのだろうと考えて店を閉めている人が多いらしい。


「これじゃ仕事ないなぁ。ってマジでどうしようか!?」

「モノ太、焦っても仕方ない。私に考えがある」


 自信満々そうに不敵に笑うシロエ。

 一体どんな考えがあるって言うんだ!?


「もしもの時はアンジーからお金を借りればいい」

「出来るかそんなこと!」


 言い出したのはとんでもない事だった。


「……いいか? お金ってのは友情すら切り離しちゃうような怖い物なんだからな。アンジーさんとの関係が壊れるかもしれないんだぞ」

「ダメか」


 ダメです。

 そもそもお金どうこうよりも肉屋も閉まっていたので完全にヤバい件について。


「肉屋が閉まっているから商業エリアはダメ。だったら最終手段」

「最終手段? 何か当てがあるのか?」

「【冒険者の拠り所】にあるあの店を頼ればいい」

「あの店って……【妖精の酒場】か?」


 シロエが言っているあの店とは俺が初めて依頼を受けた場所である【妖精の酒場】のことだ。

 あそこでは新メニューのアイデアを提案したんだっけ。

 しかし新メニューが出来たら呼ぶと言われてたのに未だに連絡が無いような気がする。


「というかどうやって頼るつもりなんだ? 俺とあそこの酒場の人とはそこまで仲良くないし、気軽に頼れるような間柄でもない。ただ単に依頼主と冒険者って関係だぞ?」

「知っている。だから、私たちが持っている物と生肉を交換で取引する」

「交換で取引ってどゆことよ。俺たち何も持ってないだろ?」

「モノ太が料理のアイデアを出す」

「はぁ!?」


 何を言ってんだこのちびっ子は!!

 いとも簡単そうに言ってのけているけど相手の身にもなってみろ!


「アイデアを出すって、冒険者ギルドに依頼貼ってなかったしいらないだろ!? それにまだ酒蒸しが出来たって報告も貰ってないし! 今頑張って試行錯誤している最中に邪魔するのはちょっと」

「けど、もしかしたら酒蒸し自体諦めた可能性もある。だったら取引は十分可能」

「え、え?」


 マジかよ? 酒蒸しだぜ? しかも鶏肉の。

 鶏肉の酒蒸しって蒸すだけで完成するから簡単に出来ると思ったんだけど……。


「取りあえず望みにかけるべし。モノ太も肉が食べたいでしょ」

「あ、あぁ。……そうだな。このままだとちょっとまずいし、行って見ようか」


 シロエにつられて元来た道を戻り、再び冒険者ギルドの方向まで歩みを始める。

 確かにこの状況だとシロエの案が一番適切なのだろう。否定の案を述べたかったのだが、自身に全く考えが無いので呑み込むしかない。



 道中、ふとこの商店エリアを歩いてて思う。

 昨日まで賑わっていたこの商店エリアの活気が無いのを見るって寂しさを感じるな。と。

 しんみりしつつ歩いていると、シロエが突然歩みを止めて立ち止まった。


「……シロエ? どうした? 急に足を止めて」

「血の臭いがする」

「血?」


 シロエは鼻が利く。

 そのシロエが血の臭いがすると言ったってことは、どこかで血を流している人がいるってことだ。


「その臭いはどこら辺からするんだ?」

「あそこの角を曲がったところ」

「そうか、じゃ、行くぞ。もしかしたら人が倒れているのかも知れない」


 走ってシロエが言った方向まで走った。

 シロエの言った通り、商店エリアを抜けた角を曲がった先に、お店の壁を背もたれにして座っている男の人が見えた。

 折角の冒険者装備はボロボロで、傷口の至る所から血が出ている。


 一瞬、滴り落ちる血を見て美味しそうだな……などと考えてしまったが、俺は人間を食べる気は無い!!

 そのような思考は振り払い、怪我をした男に意識を向ける。


 男の人の周りには街の住人が何人か居たのだがこの男を見て何も出来ずに固まっていた。

 周りの奴らは何してるんだ! と慌てて男に駆け寄り声をかける。


「お、おい、大丈夫ですか!?」


 俺の言葉に返事は無い。次に彼の状態を確認する。

 脈が弱いが息は多少あり、生きているようだった。

 俺は安心して息を吐く。ただ彼の怪我は早めに治療しなければいけないと言った、そんな怪我だ。


「シロエ、急いで冒険者ギルドに運んで手当てしてもらうぞ、命が危ないかも知れない」

「どうやって運ぶ?」

「こういうときは担架で運ぶのが一番なんだが……ここらへんに担架はありませんか!?」


 この光景を見ている野次馬に問いかける。が、誰も返事はしなかった。

 ここらへんには無いと言うことなのだろう。


「クソッ、しょうがない。早く連れていくためにおんぶで運ぶ。シロエ、サポートしてくれ」

「分かった」


 シロエの手伝いあってか、素早く男をおんぶすることが出来た。

 腰に携えていた走るのに邪魔になりそうな武器はシロエに持ってもらい、急いで冒険者ギルドを目指す。

 背中にしっとりとした感触が伝って来たのが分かった。血だ。

 おニューの服だったのに早くも汚してしまったか。なんて考えるのは後でにしよう。


 流石剣道部で鍛えていたこともあってか、全力で走ったところ、すぐに冒険者ギルドの建物を確認することが出来た。

 シロエはこの場にいない。てか≪俊敏≫のスキルメッチャ有能。

 先に冒険者ギルドにシロエが到着しており、中に居る職員さんに事情を説明してくれているのだ。


 ギルド入り口では、何人かの新人冒険者らしき人たちがシートの上で眠る頭をかみ砕かれた人を守るようにして立っている。

 死体のそばで泣いていた男性と女性の姿はそこには無い。彼らは黒鉄級以上だったのか、冒険者ギルドに徴集されているのかもしれない。

 新人冒険者たちの間を抜けて俺はすぐさま冒険者ギルドの中に入った。


 ギルドの中には見覚えのある冒険者から見たことの無いような冒険者まで数多くが居た。

 今回の緊急依頼についての説明が行われていたのであろう。

 いつもは関係者以外立ち入り禁止の場所に居るギルドマスターもその場に居た。


「シロエちゃんから事情は聞いたよ、早く治療してやんな!」


 とギルドマスターは急にギルドに入って来た俺の姿を見てそう指示を出す。

 俺を待ち構えていたかのように、職員たちは素早く俺たちに駆け寄ってくると怪我をした男性の顔を見てぎょっとしていた。


「ギルドマスター! この人、ルイさんですよ!?」

「何!? ルイだって!?」


 ギルドマスターは驚きの声を上げて俺の元まで来ると男の顔を覗き込んだ。

 知り合いなのだろうか?


「こりゃ、偵察に出していたルイじゃないか! どうした、ルイ! しっかりするんだよ!」

「ギ、ギルド、マスター……」


 偵察。つまりはキングウルフの所在や状況をひそかに探っていた人のようだ。

 そんな人が怪我をして戻って来たのだ。ただ事ではない。

 男の声は意識が戻ったようで、傍にいるギルドマスターを呼んでいた。

 その声は掠れている。掠れた声で何かを伝えようと語りだした。


「キ、ングウルフ、が。街に向けて、接、近」


 とぎれとぎれの言葉ではあるが耳に聞こえた内容を俺ははっきりと理解する。


「何!? 分かった、後はゆっくりしな! 死ぬんじゃないよ!!」


 俺から降ろされ、男性は担架で運ばれる。

 その姿を俺含め冒険者たちは呆然と見つめていた。


「冒険者諸君、聞いたかい? こりゃ大変なことになったよ」


 ギルドマスターは冒険者全体に向けて言い放つ。


「戦争が始まるよ。人間と魔物の、戦争がね」


 本当に大変なことになってしまった……。

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