第十九話 緊急事態
夜が明け、朝となり、俺たちは依頼に向かおうと冒険者ギルドを目指していた。
シロエも無事に回復したみたいで、調子がよさそうだ。
ついでに言うと、俺の今の服装は昨日買ったばかりのおニューの黒い服に、まだ着れないことは無い学校のズボンである。
似合っているのかいないのかは分からないがシロエからダサいと言われて無いし、多分大丈夫だろう。
「畜生! なんだよ、危険だから立ち入り禁止って! 依頼も受けれねぇ、他の街に行こうぜ」
「だな。本当にふざけてやがる!」
その途中、パーティを組んでいる冒険者らしき二人組が凄い怒ったような形相で通り過ぎていくのが見えた。
冒険者の話を聞く限り、どこかの場所が立ち入り禁止になって満足に依頼が受けられないようだ。
て、え?
立ち入り禁止ってあれか? 昨日シロエが言ってた俺が折った木のせいで黒鉄級以下の人が森の奥に行けなくなっているってあれか?
それで怒っていらっしゃったりしてるんですか!?
「もしかして、俺のせいで……」
「モノ太、冒険者ギルドが騒がしい。血の臭いもするし、何かあったのかも」
「!? 本当だ。何かあったっぽいな。行こう、シロエ」
朝早くだと言うのにシロエが指さした大きな冒険者ギルドの建物周辺に人が沢山集まっているのが見える。
シロエの言う血の臭いとは一体何が起こったのか、確かめるべく俺とシロエは急いで冒険者ギルドへと向かった。
距離が近づくにつれて段々と人の泣き声が聞こえてくる。しくしくと泣いている感じでは無く、凄い声量の泣き声だった。
冒険者ギルドに到着し、ただならぬ雰囲気を感じた俺は目の前の惨劇を見て絶句してしまう。
見えたのはシートにくるまれた一人の亡骸。
大きな動物にか何かにかみ砕かれたかのように顔の原型は留めておらず、横たわっていた。
その亡骸の横で大声で泣きじゃくる女性と男性。
人の死が目に映っていた。
「な、なにが起きたんだ、これ」
「あの殺され方からして多分魔物」
「魔物?」
俺はシロエの声に、ハッとなる。
この殺され方は以上だ。何かが起きていると言っていいに違いない。
そう考えた俺は、冒険者ギルドの入り口近くにいて同じ光景を見ていた冒険者らしき男の人に何が起きたのかを尋ねた。
「何が起きたんですか、これ」
「あ、あぁ。何でも森での依頼の最中に『キングウルフ』とその群れに襲われたらしい」
男の冒険者は悲しそうな顔を浮かべて答えてくれる。
「『キングウルフ』って……」
「モノ太が噂で聞いていた『グレイトウルフ』の上位種。『グレイトウルフ』の群れには必ずリーダー格のオオカミが存在する。『キングウルフ』はリーダー格が進化した姿。グレイトウルフよりも大きい身体と強靭な皮膚を兼ね備えているため、単体で4級に指定されているくらい強い」
「単体で4級って……。確か群れで5級だったよな?」
「そう。キングウルフ自体数が少ないとされているけど、群れに『キングウルフ』が居たら危険。群れのランクも数次第では3級に跳ね上がる」
「3級!?」
3級がどのくらい強いのかは分からないけれど明らかに危険な魔物が森に生息してるってのは分かった。
だから冒険者ギルドは森を危険だから立ち入り禁止にしてるってことだな!?
「そこのちびっ子、昨日決闘で勝ったあの子だよな? 鉄級って聞いたがよく『キングウルフ』を知ってんな」
「私はちびっ子じゃ――」
「教えてくれてありがとうございます、行くぞ、シロエ!!」
俺はシロエの口を塞いで教えてくれた冒険者に礼を述べて冒険者ギルドに入った。
シロエのジト目が気になるが仕方ないだろ! ちびっ子ってのは事実なんだから! と目でお説教する。
あそこで喧嘩腰になったって場違いも甚だしいったらありゃしないのだ。
冒険者ギルドに入ってみると、想像よりかなりの冒険者が受付に並んでいた。
受付嬢に何やら文句を言う人も居れば、がっかりして帰っていく人も居る。
また、酒場でじっとしている人も居れば、掲示板を見ている人も居る。
今日のギルドはいつもとは違って何だか様子が変だ。
「シロエちゃ~ん、モノ太く~ん」
「わっ! アンジーさん!?」
美人には似合わないような隈を作ってこちらに駆け寄ってくる人物が一人。アンジーさんだ。
様子からしてかなり疲れているみたいだ。て、受付嬢の仕事はいいのか?
「今、代わりの娘に交代してもらってて今から仮眠をとる所なの。で、偶然二人を見たから声をかけたのよ」
とアンジーさんが言った。
しかし足取りはおぼつかない感じである。
「すごいお疲れみたいですね」
「そりゃそうよ。太陽も昇っていないような早朝に呼び出されたと思ったら冒険者が一人死んでるわ、話を聞けば森にキングウルフが出てるわで冒険者への対応が大変なのよ。やーっと休憩が出たんだから」
「そ、そうなんですか」
冒険者ギルドは朝から夜まで一日中営業している。
交代制で働いているようなのだが、人手が足りないくらい緊急事態らしい。
確かに今の冒険者ギルドの込みようは異常である。
「これは間違いなく異常よ。しかもタイミングが悪いの!!」
そう愚痴をこぼすアンジーさんの目は涙目だ。
「今ギルドに居る冒険者が最高でも白銀級しか居ないのよ! キングウルフとその群れを倒そうと思ったら白銀級の冒険者が相手しても難しいものがあるのよね……。本来なら早急に討伐しなきゃいけないのに!」
「え? あれ? 黄金級のマークさんはどうしたんですか?」
「昨日ランチが終わった後仕事で出て行っちゃったわ!! 帰ってくるのも、最低二日後なのよ!」
「えええっ!!」
「しかも他の黄金級の冒険者もタイミング悪く皆、街の外に出てて……」
「そ、それは……」
どう答えていいか分からずに苦笑いを浮かべるしかない俺である。
「今、白銀級に向けて緊急依頼を作成しているわ。また、黒鉄級以上の冒険者にも周りに居るグレイトウルフの討伐が緊急依頼で出されるかも。シロエちゃんとモノ太君には関係ない話だとは思うけど、もしかしたら鉄級やクズ級にも緊急依頼があるかもだから準備しててね」
「わかりました」
「私が起きたら死んじゃってましたーなんて冗談はやめてね。笑えないから。じゃ! 寝る!」
と言ってギルド関係者以外立ち入り禁止ゾーンに行ってしまったのであった。
アンジーさんの最後の冗談はマジで笑えない冗談だ。
さて、今日の予定は本当であれば薬草摘みをしようと思っていたのだが出来ないとなると今日の依頼をどうするかが問題となってくる。
何たって今の俺とシロエは一文無しだ。つまり朝から何も食べてないのである。
「今日の依頼、どうする?」
「取りあえず掲示板見る」
「だな。割のいい仕事があればいいんだけど」
シロエと二人して、仕事を探すために掲示板に目を向ける。
掲示板に貼られている依頼の数がいつもより少なく見えるのは気のせいか。
まだ掲示板に残っている依頼書の内容を見て……あれ?
「シロエや。俺ってさ、地味に目がいいからここからでも掲示板の依頼書が読めるんだけどさ」
「私も見える」
「そっか。見えるなら聞いていいか?」
「何?」
いや、俺の目がおかしい可能性があるからな。確認の意味を込めて残っていた依頼の内容を読み上げた。
『――グリフォンの討伐依頼――ソルド村付近にてグリフォンが目撃されました。このままでは村が危険にさらされる恐れがあるので討伐してください。なお白銀級以上の冒険者に限ります』
『――龍の牙を求む――ドディ火山に住む赤龍の牙を求む。高額な報酬を用意しているので頼むぞ。なお黄金級以上の冒険者に限ります』
『――魔法を息子に教えて――ウチの息子が魔法にハマったみたいなので試しに魔法を教えてあげてください。なお最低でも10以上の魔法を使える方、または魔法レベルが5の魔法を持つ方のみお願いします』
『――薬草探し――冒険者ギルドより、薬草はいつでも求めております。ライフ近くの森で採取できると思いますので10個持って来てください。ランク制限はございません』
「――って、なぁ、シロエ。俺らに受けれそうな依頼無くね?」
「薬草探しがある」
「いや、今俺らは森に行けないから受けられないんだけど!?」
そう、掲示板に貼りだされているであろう雑用であったり、掃除と言った類の依頼が無いのである。
昨日まではあんなに放置されていた依頼までも無い。これは俺たちより早くこの冒険者ギルドに来た新人冒険者の仕業だな?
俺たちみたいに金に困っている冒険者だって数多く居るに違いない。
そう言った奴らが仕方なしに報酬目的で街の雑用を受けているようなのである。
「ど、どうすりゃいいんだ!? 俺、最低でも一日に2回は肉を食べなきゃ理性が保てないんだけど!?」
「……我慢も大事。私だって昔食べられない時があったから慣れている」
「いや! そういうわけにもいかんのですって!! 結構代償がデカいんだって!」
この世界に最初に来た時、俺は信じられないぐらい理性を失っていた。
そして無意識に肉を喰っていたのだ。
自分でも信じられないが、もしこの場で理性を失ったらどうなるか。
絶対に人間に意識が向くであろうと考えられる。
「取りあえず隅から隅まで俺らが受けられそうな依頼書を見つけてほしい」
「分かった」
全体くまなく依頼書に目を通す。
……とその時。
『緊急依頼が発令されました! 緊急依頼が発令されました! 街の中に居る黒鉄級以上の冒険者各員は至急冒険者ギルドに集まってください! 繰り返します! 街の中に居る黒鉄級以上の冒険者各員は至急冒険者ギルドに集まってください!』
ギルド内に大音量のアナウンスが響く。
多分、外にもこのアナウンスは聞こえているのであろう。
魔法か、魔道具かで音を拡大でもしているのか。
アンジーさんの言っていた『緊急依頼』が発令されたみたいだ。
「モノ太、冒険者ギルドに人が集まる。このままだと邪魔になる」
「アナウンスを聞いて思ったんだが緊急依頼って強制なの?」
「強制。受けなければその人は罰金か冒険者の資格をはく奪される」
「かなり罰が重いんだな……。まぁ、依頼も無かったし外に出るか」
このままだとかなりピンチである。
けれど、俺たちには何も出来ることが無いので大人しく冒険者ギルドを後にするのであった。
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