第十七話 叱られ…る?

「あなたは【大森林フォレスト】の」

「おう。一応リーダーをしてるからな。声をかけさせてもらった」

「はぁ……」


 一体全体【大森林フォレスト】のリーダーが何の御用なのだろうか?

 もしかして、クリフが負けたからその腹いせに来たとか? いや、まさか。


「一応謝罪しておく。すまねぇな。でもこれで白黒ついたわけだし、お前らとしてもうざったいのが消えてせいせいするだろ」

「……へ?」


 腹いせじゃないみたいだ。

 【大森林フォレスト】のリーダーが謝罪を述べたのだ。

 俺は驚き、そのリーダーを凝視する。


「アイツは決闘で負けた。約束してた通りルールに則り、このちびっ子に迷惑かけることが無くなるだろう。多分な」

「多分て」

「そりゃ多分さ。アイツには実力がある。だから俺たちのパーティに入れてたんだが、今日分かった。心が弱すぎるってな。冒険者ってのは実力も大事だがそれ以上に心も強くなくちゃやっていけねぇ。アイツの心は弱すぎる。だから負けた。これ以上【大森林フォレスト】の名に泥を塗らせないためにも解雇することにしたってわけよ」

「か、解雇!?」

「つまり今のアイツはソロだ。これから冒険者を続けていくならこの街を出ていくことになるだろう。アイツはこの街じゃ地味に嫌われ者だからな。誰もパーティに入れたがらないだろ」

「ははは……」


 確かに嫌われ者なのかも知れない。

 だって優し気なアンジーさんにもあんなに言われてたし。

 だから冒険者の中にはアンジーさんみたいに苦手に思っている人が居たっておかしくない。

 そんな人がパーティに一人でも居たら……うん。

 嫌いな奴をパーティに入れるなんて行為をする人は居ないだろう。確実にパーティ仲がこじれるからな。


「ただ――」


 リーダーの話は続いていた。


「俺が多分って言ってるのはアイツが冒険者じゃなくなった時のことを言ってるのさ。その場合は関係なくなるからな」

「それってどういう……」

「冒険者じゃないってことは冒険者独自の決闘のルールは関係なくなる。つまり、アイツが自由に行動に移すことが出来るんだよ」

「マジですかッ!?」


 つまり、アイツが冒険者を辞めるって選択をしたら……。

 危険はまだ終わってないってことなのか!?


「まぁどうなるか分からねぇ。普通は折角手に入れた『白銀級』の地位を手放すなんて勿体なくてしないだろうし、人に向けての武器や魔法の使用は犯罪だ。人生を棒に振るうようなことはしないだろう。ただ、アイツの意味不明な恨みは尋常じゃ無い。注意しといた方がいいかもしれねぇぜ。もしかすると人の道を踏み外す恐れがあるかもしれねぇからな」

「……ご忠告、ありがとう、ございます」

「おぅ。それだけだ。じゃあな」


 リーダーの男はそう言って治療室を去ろうと扉に手をかける。

 いや、ちょっと待て。俺は彼に聞いておくべきことがあるじゃないか。

 治療室から出ようとしたリーダーを止めた。


「ちょっと待ってください!」

「何だ?」


 リーダーは頭に「?」を浮かばせながらこちらに振り向いた。


「すいません。最後に一つだけ。俺、何でクリフがあんなにシロエを怨んで罵倒しているのか、理解出来ないんです、何か知っていることはありませんか?」

「あ? ……そうだな。俺たちのパーティは実力はあるが何らかの事情でソロになったってヤツらが集結して出来たパーティでよ。互いのことは詮索してねぇんだ。だから詳しいことは知らない」

「……そうですか」


 パーティメンバーでも知らないか。


「ただ、家族を失った悲しみは俺にだって理解出来るぜ。家族ってのは掛け替えのない存在だからな」

「家族を失った、悲しみ」

「そうだ。お前がそんなことを聞くってことはまだ大切な存在が亡くなっていないからだ。失ってから気づく感情ってもんがあるのよ」


 ……確かにそうだ。

 家族を失った悲しみ、か。そう言われて俺はあの時のことを思い出す。

 あの時、ゾンビに俺が噛まれてしまったあの時、みっつんが流した涙を。

 俺は自分自身が死んでしまったから理解していなかったのだが、もし逆の立場になって居たらどうだっただろうか?


「何となく、分かった気がします……」

「ただクリフのように人のせいにするのは間違っているような気もするな。まぁそれくらい大切な存在だったんだろう。何なら弟さんについて冒険者ギルドに居る冒険者や職員に聞いてみるといい。冒険者ギルドは常に様々な情報が飛び交っているからな。もしかしたら知っている奴も居るかもな」


 そう言って彼は治療室から出て行ったのであった。

 またしても室内は俺とシロエの二人きりになる。

 あの【大森林フォレスト】の話が頭の中でループして、折角シロエが決闘で勝ったって言うのに何故だかスッキリしない。


「失ってから気づく感情、か」

「……モノ太」

「おっ?」


 声が聞こえた。シロエが目覚めたようだ。

 窓から溢れる太陽が眩しいのか、うっすら目を開けて俺の名前を呼ぶ。

 この話はあとでにしよう。今は決闘の結果を褒めるべきだろう。

 立ち上がってカーテンを閉めながら言った。


「よくやったな、シロエ! お前が勝ったんだ」

「当然」


 ベッドで横になりながらフンスと自慢げにどや顔を決めるシロエを見て俺は苦笑いを浮かべる。

 結構ギリギリだったのに強がっちゃってまぁ。

 そんなことは流石に本人の目の前じゃ言わないが。


「何か失礼なこと考えた?」

「え!? い、いや? 別に」


 やっぱり勘が鋭いな!! コイツ!!


「そ、そんなことよりだ。さっきクリフが所属している【大森林フォレスト】のリーダーが来てだな」

「実は少し前から起きて話を聞いていた。クリフの件について」

「そうなのか……」


 相手から切り出された決闘に勝ったのにも関わらずまだ危機は去ってない。

 逆に去るどころか増えた可能性だってあるのだ。にも関わらず


「また襲われたら返り討ちにするだけ。心配ない」

「……そうか」


 と自信満々なのは何でだろうな。


「私はもう大丈夫。今から依頼に行こう」

「いやいやいや。ダメだって。今日は安静にしてなきゃ」


 シロエは自分の体力が回復したと分かってか、早速依頼に行こうとベッドを降りようとしていた。

 俺はそんな彼女の行動に慌てて制止をかける。

 するとシロエはほっぺを膨らまして抗議してきた。


「でも私はもう平気。ゴブリンだって狩れる」

「確かに体力は回復したし身体だって動かせるだろうけど、魔力が戻ってないから街の外に出すのは危険だってアンジーさんが言ってたぞ!」


 魔力とはすなわち精神力だ。空っぽになってしまったら気絶をするらしい。

 アンジーさん曰く、使い切った魔力を元に戻すには現状『睡眠』か『魔力回復薬』を服用するしか無いようだ。

 魔力回復薬はお店で売っているらしいが値段が高く到底俺たちに買える代物では無い。

 残るは睡眠だが……。シロエが眠っていたのはせいぜい1~2時間程度。

 回復しきってないに違いない。このまま依頼に向かっても危険なだけだろう。


 だから折角の機会だし今日は俺に付き合ってもらうことにする。


「だから今日は俺の買い物に付き合ってくれよ」

「買い物?」

「そうそう、さっきの決闘で600ガルドが2400ガルドに化けたからな。服を買っておこうと思って……あ」


 思わず口を滑らしちゃった。

 自分からシロエに賭けて儲けちゃいましたと言うなんて……!!

 アンジーさんが目で訴えていた『シロエちゃんを賭けの道具にしたの?』というような視線を思い出す。

 で、でもシロエは決闘のことを知らなかったようだし、賭けのことなんて知っているハズがあるわけないじゃないか!

 だったらどうやって誤魔化そうか。

 ネコババしたとか言うか? いやいや警察官を目指す者としてそんなことは言えない!!


「えーと、これはな、貰ったと言うか」

「賭け、でしょ? 何をしていたのかも大体わかる。観客席から聞こえてた」

「あ……」


 シロエは獣人だから耳が良いんだっけ?

 賭けを開催していたおじさんの声を聞いていたのか。


「ごめんなさい!! 賭けをしました」


 ここは素直な謝罪を述べるしか無いだろう。

 俺の謝罪を聞いて、シロエは近づいて来た。

 そして頭をポカっ軽くたたかれる。全然痛くない。


「し、シロエ……」

「……何で私の分のお金も賭けてくれなかったの」


 ゴソゴソと懐からお金の入った袋を取り出した。シロエの所持金である。

 て、そっちかい!!

 シロエが怒っているのは『賭けていた』ことじゃなくて『何故私の分の所持金も賭けなかった』で怒っているようであった。


「そりゃシロエの所持金なんて俺が持っているハズがないし、決闘で賭けが行われるなんて知らなかったからさ。それに賭けをしたのも成り行きで……」

「儲けたと言うことはモノ太は私が勝つのに賭けたの?」


 シロエが突然そんなことを聞いて来た。

 俺は頷いて答える。


「勿論だ。シロエが勝つって信じてたからな」

「そう」


 シロエは俺に背を向け、ゆっくりと治療室の扉まで向かう。

 ドアノブに手を掛けながら俺の方を見ずに言う。


「今日の仕事は行かないことにした。モノ太の買い物、付き合ってあげる」

「そっか。ありがたい」

「ただし、昼ご飯奢って。モノ太はお金持ちなんだから」

「……はいはい。分かりましたよ。てそこまで金持ちにはなってないけどな」


 俺の儲けた今日中に所持金は消えるな、なんて思いながら治療室を後にするのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る