第十六話 決闘の行方

「痺れているのに何が出来るかな!!」


 クリフがシロエに向かって剣を構え、ダッシュで近寄ってきた。

 動きの鈍くなっているシロエはクリフの攻撃を迎え撃とうとしたが反応に遅れ、腹に木刀の刃が当たった。


「ぐうっ……!!」


 かなり重い一撃。

 攻撃を喰らい、シロエは苦しい顔を浮かべている。

 幸いにして本物の剣では無く木刀だったためか胴体を分断することは無かったが、その痛みは計り知れないだろう。


「こりゃマズいかもねぇ。いくら熟練の冒険者であれど、毒を盛られるのはキツイもんだ。この状況、あの娘はどうするのか……」


 隣のおじさんが険しい顔で言う。

 しかし、シロエはまだ目が死んでいない。負けてはいない。負けを認めていないと言うことは勝機が必ずどこかにあるはずなんだ。

 だから今の俺は精一杯のエールを送るしかない。シロエは多分、何かを企んでいると思うから。


「≪束縛バインド≫!!」


 シロエは蹲りながらクリフに向けて魔法を唱えた。

 ロープ状のものがクリフに向けて放たれる。しかし、クリフは魔法を見切って避けた。


「≪束縛バインド≫!! ≪束縛バインド≫!!」


 連続の≪束縛バインド≫を放つシロエに、避け続けるクリフ。

 放たれたロープは魔法障壁に当たるとくっついていた。

 おじさんはスタジアムの状況を見て、心配そうに呟く。


「獣人があんなに魔法を放って持つかねぇ……」

「そ、それはどういうことで?」

「……お前さん、知らないことばっかだな。しかもパーティメンバーのことだろ?」

「すいません。シロエとパーティ組んだの、一昨日でして」

「それ以前に常識だと思うんだが……。いいか? 獣人は身体能力には優れているが魔力面では人間より低いんだよ。魔法を使うには体内の魔力が必要だ。その魔力が空っぽになったらあの娘は戦えなくなる」

「そ、そんな……!」


 そんなに≪束縛バインド≫連続使用して大丈夫なのか、シロエ!!

 使用し続けているせいか、疲れが見え始めているのがみえる。

 それでもシロエは≪束縛バインド≫をやめなかった。


 続けること十数回、シロエは突然≪束縛バインド≫を止めると肩で息をし始めた。


「こんなに無駄にロープを放ちやがって。そこらへんにあって邪魔なんだよ!! しかしもうお前は魔力切れだ。俺の勝ちだな」

「……はぁ、はぁ、まだ、終わってない」


 シロエは人差し指を突き出した。

 あれは……見たことあるぞ?


「≪着火ティンダー≫」


 あの魔法はシロエのもう一つ使える≪火魔法Lv1≫の一つである。

 ただ単に指先に火を灯すだけという魔法で、かまどに火をくべる時に使用していた魔法だ。

 魔力が空っぽになるギリギリだと言うのに魔法を使って……あんな小さな火で何をするつもりだ?

 俺の疑問を解消するかのようにシロエは驚きの行動に移すのであった。


「えいっ」


 シロエは可愛らしい声で≪束縛バインド≫でクリフに避けられたロープに火を灯したのである。

 ロープは勢いよく燃えると導火線のように凄い勢いで燃え広がる。


「な、なんだっ!?」


 クリフは何が何だか分からないと言った表情で燃え広がるロープに動揺していた。

 ちなみに俺も動揺していた。あのロープって火をつけただけであんな凄い勢いで燃えるのかと。

 シロエはその隙を突いた。


「≪束縛バインド≫」

「何っ!?」


 魔力切れだと思われていたシロエだが、まだ余力はあったようだ。

 シロエの放った≪束縛バインド≫はクリフを包むと顔だけを残してぐるぐる巻きにされる。

 シロエは苦しそうな顔で立ち上がると、拘束されているクリフの元まで歩み寄った。


「く、クソッ!! なんだッ!! 外れない!!」

「私の≪束縛バインド≫はモノ太が喚くほど凄い魔法」

「畜生、≪ツリー狙――」

「言わせない」


 シロエは右手で拳を作るとクリフの顔面を殴った。

 おまけにと更にもう一撃食らわせている。ロリが拘束されている大人を殴ると言った狂気的な場面である。


 その時、当のクリフの感情は恐怖に染まっていた。

 逃げたくても逃げられない、魔法を唱えようとしたら拳が襲ってくる。

 恐怖の何物以外にもない。


「この人殺しがァァァ!!」

「うるさい」

「ガフッ」


 容赦ないこの一撃がクリティカルヒットしたのか、クリフは白目を剥いて気絶した。

 戦闘不能である。勝者が決まった瞬間だった。


「そこまで!! 勝者シロエ!!」


『ウオオオオオオオオォォォォォォォォォ!!!』


 会場全体が歓喜に沸いたのであった。

 俺は誇らしげにシロエを見る。シロエはどや顔でVサインをこちらに送っていた。

 ただ――毒の影響か、疲労からか、シロエに限界が来たらしい。そのまま地面に倒れてしまった。


「シロエッ!!」

「おい、ちょっと!!」


 おじさんの制止を振り切り、俺はスタジアムに侵入してシロエを抱きかかえた。


「大丈夫か、シロエ!!」

「ちょっと疲れた。寝る」

「……そうか。分かった。お疲れ様」


 俺の声に反応し、静かに目を閉じる。

 シロエ対クリフの決闘は見事、シロエの勝利で幕を下ろしたのであった――。



  ◇◆◇



「疲れが来ちゃったのね。回復魔法で体力は回復させたし、傷も完治した。毒だって大丈夫よ。凄いわね、シロエちゃん」


 そう言ってアンジーさんがシロエの頭を撫でていた。

 くぅっ、羨ましい!! 一回触ったけど柔らかかったんだよな! シロエの頭!

 俺が撫でたらセクハラ認定されちゃうけどアンジーさんなら平気なのかな?

 いや、気絶してるし今なら……やっぱりやめとこ。バレたら怒られるか。


 俺は伸びる手を抑えつつシロエを見つめる。やり切ったって顔だ。


 今俺たちが居るのは冒険者ギルドの治療室ってところらしい。

 小さな小部屋にベッドが一つ。クリフは別の部屋で治療中とのことだ。

 辺りを見渡すにベッド一つに椅子のみという簡易な部屋であるのにシロエの家より豪華である。

 改めて思うがこの世界の魔法って本当にすごい。回復魔法で毒まで浄化出来たし左肩に受けた傷まで綺麗さっぱり無くなっちゃっているんだもんなぁ。

 回復魔法の使い手ってそんなに数が居るわけでもないらしいけど……。


 驚くことに闘技場のみならず、冒険者ギルドには怪我をした冒険者を治療する施設があるのである。ちなみに有料らしいが。

 有料ってことはどうしようか? あの賭けた札を闘技場のどこかで落としちゃったようで、俺の所持金は20ガルドだ。

 いや、流石に傷まで治しておらって20ガルドは安いよな……あああ、どうしよう?


「おっ、お前さんやっぱりここにいたか。探したんだぜ~」


 そんな悩める俺の居る治療室に、ノックも無しに治療室に入ってくる人物が一人居た。

 それは先ほどまでスタジアムで一緒に居たあのおじさんだった。

 手にはジャラジャラした袋のようなものを持っている。お金の袋か? 賭けで儲けたお金が入っているのだろう。

 というか何でこのおじさんがここに居る?


「え? どうしてここに――」

「マー君!!」

「ま、マー君!?」


 アンジーさんの知り合い? という関係ではなさそうだ。

 目にもとまらぬ速さでアンジーさんはおじさんに近づくと思いっきりはハグをしたのであった。

 え、え? 何? もしかして、このおじさんって!?


「おいおい、アンジー。困ってるじゃないか」

「あら! ゴメンねモノ太くん。先に紹介しとくわ。こちらシロエちゃんのパーティメンバーでモノ太くん。で、ここに居るイケイケのダンディな男の人は私の旦那で金級冒険者のマーク君よ!」

「だ、旦那ァ!?」


 驚きを隠しきれない。

 さっきまで一緒に居たこのおじさんってアンジーさんの旦那さんだったのか!?

 それに金級冒険者!! ……そういえばさっきだって決闘を見てかなり鋭い考察をしていたし、ギルドマスターのことを婆さんって言ってたし……。


「そうだ。アンジーの旦那のマークだ。よろしくな、モノ太」

「はい、よろしくお願いします」


 ガッチリと握手を交わす。その手はゴツゴツしててかなりの筋肉質だ。

 こりゃ男の俺でも惚れてまいそうな筋肉やなぁ。


「ん? お前、体温冷たいな」

「え? あ、あの! 冷え性なんですよ!!」


 突然言われた言葉にちょっと動揺してしまった。

 そういえばシロエ以外に初めて人に触れた気がする。

 シロエが言うには俺を触った時、冷たかったらしい。

 これは俺が既に死んでいてゾンビになってしまったからだと考えられる。

 自身のことをばらさないためにも冷え性ってことでごまかすと決めていたのだ。


 俺のファースト冷え性はマークさんだった。


「冷え性か、そりゃ大変だ」


 誤魔化しは成功のようだ。ふぅ。


「あれ? というかマークさんは何の用で? 俺を探していたみたいですけど」

「お前、賭けの札落としていったろ。俺が換金しといてやったよ」

「賭け?」


 アンジーさんが俺を睨む。

 その瞳には『シロエちゃんを賭けの道具にしたの?』と訴えられているような感じがして、背中には冷たい汗が流れた気がした。


「え、いや! それはマークさんに誘われたから」

「おい、お前! 折角親切に――」

「マー君? もしかしてマー君も……」

「違う! 何言ってんだよモノ太。俺はただ、見てただけ。だよな? な?」


 凄い眼光で同意を求めるマークさん。

 ほぅほぅ、この世界でも女は強し、かかあ天下の文化が浸透してんのかね?

 俺の家でも両親の立場で一番上なのが母親である。よく母さんに土下座している父さんの姿を見たものだ。

 ……俺も将来、女性の尻に敷かれるのかもしれないな。


 そういえばすでにシロエの尻に敷かれている気がするが、気にしない気にしない。


「おい? モノ太!?」

「あ、あぁすいません。その……マークさんに言われまして。仲間を信じなくてどうするんだって。その印に賭けを勧められただけでマークさんは、別に賭けていたとかは見てません」

「そうなのね……マー君も中々いいこと言うじゃない! 流石私の旦那さん♪」


 マークさんはアンジーさんの返事を聞いて俺に『よくやった!』と視線を送ってきた。

 どうやらマークさんが俺の落とした札を換金してくれてたようだからな……貸しを返すって意味でもこれくらいのカバーはしといたほうがいいと考えたのだ。

 結果、上手く行って良かったぜ。それに、半分は事実だしね。


「ほい、これがモノ太のだ。『鉄級』対『白銀級』じゃ明らかに『白銀級』が勝つと踏んでクリフに賭けている奴が多かったようでな。レベル差もあっただろうに。だから倍率が4倍もあったんだよ」

「そうなんですか。て、4倍……」


 600ガルド賭けたんだからその4倍は2400ガルド。

 袋の中を覗くと銀貨2枚に銅貨4枚が入っていた。

 何だか一気に大金持ちになった気分だ。実際は全然だけどね。


 ……というと、マークさんは30000ガルド賭けてたんだから……。


「よ、よし! アンジー! モノ太! 俺もうちょっとしたら仕事に行かなけりゃなんねぇから昼飯食べに行こうぜ? 奢るから!!」


 マークさんを見つめると、その視線に気付いたのか話題を変えた。

 昼ごはんのお誘いだ。だけど、夫婦の中に入るにはちょっと俺では耐えられないかな? 断ることにする。


「俺はもうちょっとシロエの様子を見てからにします。折角お二人に時間があるのですから二人で行ってきてくださいよ。デートも兼ねて」

「デート……最近行ってないわね」

「デート、そうだな。デートするわ! 悪いなモノ太! お前とはゆっくり話してみたかったがまた今度にしよう」


 幸せなカップルは肩を組みながらお昼ご飯を食べに向かった。

 うん、爆発しろ!! と妬んでおくのも忘れない。

 今、この治療室に居るのは俺とシロエだけか。

 シロエが起きるまで何しようか。


 と悩んでいたとき、治療室の扉がノックされた。

 どうぞ、と声をかけると入って来たのはパーティ【大森林フォレスト】のリーダーの男だった。

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