第十五話 決闘

 決闘は冒険者ギルドの地下にある闘技場で行われることになった。

 冒険者ギルドって最初見た時から広いなと思っていたけれど、まさか地下室に闘技場があるとは思わなかったぞ。

 闘技場とは言ってもコロッセウムみたいにバカでかい施設と言うわけでは無く、簡易的なものではあるけれど、それでも十分な広さはある。


 冒険者たちは久々の決闘が見れると知って、仕事を休んでまで決闘の様子を見るつもりのようだ。

 まるでお祭り騒ぎみたいな状況に、俺の冷や汗が止まらない。


 決闘の内容は、クリフとシロエの一騎打ちということになった。

 武器はルール通り木製の武器を使用し、魔法を用いても良いが殺しはダメ。

 殺した場合は殺人とみなされ街の警備団に逮捕されるらしい。また、そのまま冒険者ギルドから除名されると言った厳しい罰が与えられるのである。

 当然、相手が負けを認めた瞬間、もしくは負けが確定した瞬間に決闘は終了する。


 こんなに厳しいルールが設定されているのにも関わらず、命に係わるような決闘が何度かあったようなので、正直俺は不安しかないぞ。


「クリフ対シロエ! 賭けを始めるぞ! さぁて、勝つのはどっちなんだろなぁ!!」


 この状況を利用して賭けを開催する者まで現れる。

 皆、その賭けに乗っかり、自身の金銭を賭けていた。


「お前さん、そう不安そうな顔すんなって。これは俺ら冒険者の一種の娯楽みたいなもんなんだからさ。最近じゃあそういう沙汰は無かったが、こういう雰囲気に慣れねぇと冒険者は務まらねぇぜ?」


 不安そうな顔をしているのを悟ってか、一人のおじさんが俺の肩を叩いて気を紛らわせようとしてくれているのが分かった。

 背中に大きな大剣を携えているからして、冒険者だ。


「いや、でも俺のパーティメンバーが出るんですよ。それが心配で」

「あのちびっ子のだろ? 大丈夫だって。決闘で命を落とすケースもたっまーにあるが、今日の決闘はギルドマスターが直々に見てるからさ。下手に死者は出ねぇよ」

「ギルドマスターが……」


 おじさんの口ぶりからしてギルドマスターはかなりの実力者なのだろうか?

 確かに出会った当初からあふれ出るオーラが他の冒険者と比べて全然違うように見えるが。

 そんなギルドマスターは闘技場全体が見渡せるような特等席に身を置いていた。


「分かりました」


 けれど不安の拭いきれない俺は、頷くしかなかった。

 しかし、俺の心境を察したおじさんは苦笑いを浮かべながら言う。


「分かりましたと言いつつまだ不安そうな顔してんな」

「そ、そうですかね?」

「お前は自分のパーティメンバーの強さを信じてないのかよ。決闘を受けたってことは勝てる根拠があったから受けたんだと俺は思うぜ?」


 冒険者のおじさんに言われて気づく。

 シロエは自信満々に自ら決闘を受けると言っていた。鬱陶しいこの現状を変えると言ったのだ。


 俺が彼女を信じなくてどうする?

 もし、ゾンビとしての本能が暴走してしまった時に殺してくれる、たった一人の存在だ。アイツは。

 こんなところで負けるわけがないだろう。


 シロエにはゴブリンを倒し続けただけとは思えないような実力が確かにあるし、それを実際に体感しているのだ。


 クリフみたいな過去を他人のせいにして引きずっているチキンヤローに『ブッ殺される』なんてことあるはずないか。


「そうですね。確かにそうかもしれません」

「そうだよ。そうそう。よーし、なら俺はあのちびっ子に賭けるかなー。お前も賭けたらどうだ?」

「え? 俺が?」

「信じてんだろ? ならここはバーッと賭けてウハウハ儲けるしかねぇじゃねぇか!」


 おじさんの手に持っているのはこの世界で見たことのない銀の硬貨である。

 銀貨、か。何ガルドをシロエに賭けるつもりなんだ!?


「俺っち、30000ガルドをあのちびっ子に賭けるぜ」


 おじさんが銀貨三〇枚ほど賭けた。つまり銀貨一枚につき1000ガルド……。

 よくこの世界の金銭について理解していないので何ともいえないのだが、賭け過ぎじゃね!?

 俺の所持金の50倍も賭けてるし……!


「ほれ、お前は何ガルド賭けるんだよ」


 おじさんの手には青色く10000と掘られた木札が三枚握られていた。

 他にも赤い木札を持っている人がいる。どうやら赤青でどちらに賭けたのかを見分けているみたいだ。

 シロエが青、クリフが赤ってことだな。


「じゃあ、この全財産をシロエに」


 と、賭けの受付をしている見知らぬおじさんに620ガルドを手渡す。


「お前さん、冗談が上手いな。これが全財産って貧乏すぎるだろ! 是非ともあのちびっ子ちゃんが勝てればいいなぁ!」


 ニシシと笑いながら赤い木札を二枚手渡される。

 その木札には500と100が掘られていた。

 ……あと、それが全財産ってのは嘘じゃ無いんです。


「悪いが端数の札が無いので受け取れねぇんだ。20ガルドは返すぜ」


 銅貨2枚だけ返された。これで俺の全財産は20ガルド……。

 何だかノリで賭けてしまったが、この際だから信じるぞ、俺はシロエが勝つことを!

 俺の視線に気づいたのか、シロエは俺にグッと力強く頷くと、スタジアム内に入っていったのであった。

 すでにクリフはスタジアム内に入っており、決闘の開始を今か今かと待ちわびているように笑っている。


「静まれ!!」


 ギルドマスターのフレイさんは二人がスタジアムに入ったのを確認すると声を上げる。

 お婆さんなのによく通る声だ。

 盛り上がっていた観客席はギルドマスターの声により静かになった。


 静寂が訪れる。


「これから決闘を開始する。両者、ルールは覚えておるな?」

「「覚えている」」


 ギルドマスターの確認にシロエとクリフは頷いて答えた。

 て、ちょっと! クリフさん貴方『ブッ殺す』とか言ってたじゃん! 今だって殺気立っているように見えるのは気のせいだと思いたい。


「それではまず……≪魔法障壁レジストウォール≫展開!!」


 ギルドマスターが杖を持ち、振り回した直後にスタジアムを透明な壁が包み込んだ。

 魔法、か? 見たことない魔法だ。


「おおっ、久々に見たぞ。ギルドマスターの婆さんの≪魔法障壁レジストウォール≫」

「≪魔法障壁レジストウォール≫って何ですか?」

「何だ、お前さん知らないのか。なら教えてやろう」


 おじさんが自分のことでは無いのに自分のことのように自慢げに説明してくれた。


「ギルドマスターの婆さんは昔、とても有名な魔法使いだったってのは知ってるよな? 有名な話だし」

「え? あ、あぁ、はい」


 知らなかったです。


「で、あの≪魔法障壁レジストウォール≫も婆さんの使う魔法の一つだ。簡単に言えば魔法を防ぐ壁を張る魔法のことで、あの婆さんがギルドマスターになってからは決闘の際にはいつも張ってるらしい。決闘は魔法OKだからさ、魔法による被害から俺らを守ってくれているんだとさ」

「へぇ……なんか、凄いですね」

「そりゃそうだ。何たってこの壁を一人で張ってるからな。しかも何発もの魔法を耐える。そんな芸当なかなかできることじゃない。流石はギルドマスターってところだな」


 なるほど。

 ギルドマスターが直々に見てるから、下手に死者は出ないとこのおじさんが言っていたのはギルドマスターに死者を出さないくらいの実力があるから言ってたんだな。

 この壁の凄さを見るに、有名な魔法使いだったってのも嘘じゃ無さそうだ。

 だとしたら……安心してもいいのかも知れない。


「それでは始めるぞ。両者、構え」


 二人は決められた位置に立つ。

 場内は緊迫とした雰囲気に包まれた。


「―――はじめェェ!!!」


 ギルドマスターの声で決闘が始まった……いや、始まってしまった。

 まず初めに攻撃に動いたのはクリフだ。

 クリフは木刀をシロエに向けて振り下ろす。

 ブンッと強い風が舞い、それを見た冒険者たちは湧いた。


 しかし、シロエはクリフの攻撃を喰らったわけでは無い。

 素早い動きで相手の攻撃を見切ったあと、身軽なフットワークでクリフの背後を取る。


「≪束縛バインド≫」


 シロエお得意の≪束縛バインド≫攻撃だ。

 手首からいつも俺を苦しめるロープ状のあの魔法が発動し、クリフに襲い掛かった。


「はっ!!」


 しかし少ない動きでシロエの魔法を交わすと後ろに向き直り、木刀を手に襲い掛かる。

 シロエは魔法を解除させると短剣を手に迎え撃った。

 キィィン!! と木製同士の打ち合いでは無いような鋭い衝撃音が響き渡った。


「くっ!!」


 力負けしたシロエは押し返されてしまう。

 その勢いのまま、クリフから一旦距離を取った。


「ハハハハハ、流石ゴブリンスレイヤー。ゴブリンばかり相手取ったせいかこれじゃあ俺の恨みは簡単に晴らせそうだ」

「うるさい」


 シロエはスキル≪俊敏≫を利用し、素早くクリフの元まで駆け寄ると短剣を構えた。


「はぁぁぁぁっ!!!」


 獣人は獣の力を持った人間だ。それゆえに身体能力が優れている。

 シロエは自身の持つ身体能力と≪俊敏≫を生かしたコンボで勢いをつけて反撃に移した。

 クリフ自身、想像もしていなかったスピードに間一髪で対応することが出来た。


 勢いからの重い攻撃だ。


 今度はクリフが耐えきれずに仰け反る。

 これをチャンスと言わんばかりかシロエは畳みかけようとしたが、危険を感じたクリフはシロエから距離を取ると、肩で息をするのであった。


「私でも倒せそう。貴方はゴブリン以下」

「クッソがぁ!!」


 互いが互いを煽り、闘争心を列ねていく。


「≪ツリー狙撃アロー≫!!」


 クリフが魔法を発動させた。その魔法で現れたのは薔薇のような棘のある不気味な矢であった。

 その矢がシロエに向けて飛んでいく。

 シロエは一つ目の矢を短剣ではじいた。

 ただ、矢は一本だけではとどまらず、二射、三射と連続で放たれる。


 距離を取って躱そうとするも、その数は多く、一本の矢がシロエの左肩を――貫いた。


「シロエ!?」


 矢の威力が凄まじかったのか貫通しているように見える。


「グッ、だいじょう……ぶっ!!」


 シロエは矢の攻撃を避けながら肩の矢を無理やり外すとその矢を地面に捨てた。

 血が地面に垂れたが、諦める様子は無く自分シロエの魔法を放つ。


「≪束縛バインド≫!!」


 シロエが魔法を唱えた途端、ロープ状のものはシロエに向き始めたのである。

 ≪束縛バインド≫を自分に向けて放ったのだ。


「シロエ!! 何で自分に放ってるんだ!?」

「ほぅ、面白い使い方するな。あの娘」

「え?」


 おじさんがシロエの行動を見て笑っていた。

 何が何だか分からない俺であったが、シロエを見ていくうちに何故自分に放ったのかを理解する。


「≪束縛バインド≫で矢を防いでる?」


 そう、シロエはゾンビパワーを持ってしてもほどけない頑丈なロープを自分にまくことで、矢を防いでいるのである。

 その試みは成功したのか、シロエに矢が当たることは無かった。


「小癪な!!」

「今度はこっちの番」


 と≪束縛バインド≫によってぐるぐる巻きになっていた状態を解除させ、落ちていた矢を手に取ると……。


「喰らえっ!!」


 それをクリフに投げつける。弓で射ていない矢だと言うのにかなりの勢いだ。

 クリフは落ちている矢を投げ返されるとは思っても無かったのか、慌てて避ける。

 その隙をついて≪俊敏≫で一気に距離を詰め、とび膝蹴りを食らわせたのであった。


 勢いのあるとび膝蹴りに為すすべなく吹っ飛ばされるクリフ。

 壁に激突し、砂埃をたてた。

 この様子を見て周りの冒険者が騒ぎ出す。


「これはあのちびっ子が勝ったか?」

「おおっ、マジか……! クリフのヤローを倒した!」

「すげぇな、あのちびっ子。これで絡まれることは無くなるだろ」


 場内一致でシロエの勝ちだと思っていた。

 だけど、まだ終わっていない。スタジアム内には殺気が残っているのだ。


「お前さんも気づいたか。まだ終わってないな」


 隣に座るおじさんが笑いながら言う。

 直後、砂煙が収まり始めた。クリフは――立っている。

 様子を見るに無傷……まではいかなさそうだが、動けるだけの余裕がありそうだ。


 この光景を見て、冒険者たちは騒然としていた。


「く、ハハハハハ。まさかここまでやるとは思わなかった」

「降参したらどう?」

「降参? それはお前がするべきだろ?」

「何故?」


 ニヤリと笑うクリフ。

 直後、シロエが肩を抑えながら蹲った。

 抑えているのは左肩……≪ツリー狙撃アロー≫が貫いた部分である。


「し、シロエ、どうしたんだ!?」

「まさか……毒か?」

「毒!?」


 おじさんの呟きに俺は反応した。

 するとギルドマスターもおじさんの意見と同じ考えを持っていたらしく、観客席からクリフを怒鳴る。


「おい、クリフ! アンタあの矢に毒を塗ったね!?」


 正解、とでもいうように笑みを浮かべる。


「毒を使っちゃダメなんて聞いてないぜ? だが、まぁ安心してくれ。ルールに則って殺傷性のない毒だよ。まぁちいっとばかし痺れて動けなくなるがなぁ」

「チッ! この決闘は終わりだよ! 早くシロエの治療に当たり――」

「ギルドマスター。私は大丈夫。まだ戦える」


 蹲る、少女から聞こえた声にギルドマスターは声を止める。

 シロエだ。シロエが止めたのだ。


「まだ終わってない」

「ふぅ、いいねぇ。そりゃそうだ。痺れるだけだもんなぁ?」

「し、しかし――」

「私はまだやれる」


 シロエの瞳には炎が灯っているように見えた。その炎に魅せられ、何故かは分からない興奮が俺の身体全体を包む。


「頑張れ……」


 応援するしかない。俺が信じなくてどうすんだ。

 気付けば声を張り上げて応援していた。


「シロエ!! 頑張れ!!」

「頑張るっ!」


 俺の声に反応するかのようにシロエは立ち上がった。

 その姿を見た冒険者はシロエに声援を送り始めたのであった。

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