第十四話 お漏らし事件簿

「ううっ、酷すぎるよぅ、ぐすっ」

「モノ太。私より年上なのにこれはひどい」

「お前のせいだよっ!!」


 異世界に来てから三日目、朝っぱらから俺は泣いていた。

 というか泣くしかなかった。まさか17歳になってあんなことをしてしまうとは思わなかったからだ。


「おしっこの匂いが臭いから早く服を着替えて。手伝ってあげようか?」

「俺を赤ちゃん扱いするんじゃねぇ! 元はと言えばシロエが、クッソォォォォ!!」


 おしっこと言えば、そう、おもらしである。

 ゾンビだっておしっこをするのである。無論、デッカイ方もな。

 冒険者ギルドの中には昔ながらのボットントイレみたいなトイレがあったのだが、この家にはトイレなるものが存在していない。

 だから小便の方は草むらに、大きい方は穴を掘ってすることになる。まるで動物みたいだと思うが仕方ないだろう。


 さて、何故17歳にもなって俺が漏らしてしまったのか。その原因はシロエにあった。

 シロエは夜、俺を襲わせないための対処法に≪束縛バインド≫の魔法をかけて寝る。

 この魔法、中々強力でゾンビパワーを持ってしてもほどけることが無い頑丈な魔法だ。

 解除してもらうにはシロエ本人が解除しなければならない。


 だけれども昨日の夜中、突然トイレに行きたくなった俺は身動きが取れない状況だったのでシロエに魔法を解除してもらうために大声を張り上げて起こそうとしたのである。

 あの時の俺はピンチだった。

 身動き一つとれないこの状況で、起きてもらうために必死に声を張り上げたのだ。

 もし、このような状況を体験したことのある人がいるならばその時の光景は容易に想像できることだろう。


『シロエ、起きてくれ! トイレが近いんだ、このままじゃ漏れる!!』

『むにゃむにゃ……ごはん美味しい』

『いや知らんわ! マジで漏れるんだって! 起きて、本当に起きてください、頼みますから!!』

『むにゃむにゃ……明日はお肉食べたい』

『シロエ今明らかに起きてるだろ! ちょ、本当に頼みます! おき、起きてええええええぇぇぇぇぇぇ―――あ』


 その後の記憶は無い。俺の周りに天使が舞い降りてきたように見えたのだが多分、幻覚を見ていたのだろう。

 シロエは中々寝付けがいいようで夜中に必死に声をかけたのにも関わらず起きてこなかったのだ。

 それを棚に上げてこの女ッ……!


「どうすりゃいいんだよこれ! 服だってびしょびしょだぞ?」

「でも私の魔法のお陰で床は濡れていない。私の魔法凄い」


 それは事実だ。シロエの≪束縛≫によって漏らしてしまったわけではあるが、漏れた液体は床に貫通していなかったのだ。

 服に付着した水分は吸収してくれなかったが、外に出ようとした水分は吸収してくれていたようで。

 どうやらシロエの魔法はある意味吸水性抜群らしい。どんな機能やねん。


「父の服は代えがもう一つだけあった気がする。それで我慢して」

「そうかいそうかい。なら水浴びしてくる。ついでに洗濯もな」

「分かった」


 この世界にお風呂なる概念があるのか分からないけど、異世界に来て三日目にしてお風呂が恋しくなってきた。

 あったかいお湯に入って心と体を癒したいものだ。特に心を癒したい。


 当然、この家にはそんな施設など無いので俺とシロエは体の汚れを川の冷たい水で水浴びして落としている。

 農業エリアには誰も住んでいないのか、この街の人は皆住宅エリアか商業エリアに住んでいるので辺りに人の気配は無い。

 だから気軽に水浴びが出来るのだそうだ。

 ただ、シロエ的には俺の存在が性的に危険らしく、水浴びの際には俺を縛ってから行動に移す。

 見ないって言っているのに聞いてもらえないのは信用がまだまだ足りないせいか……。


 でもねぇ? 異世界モノの主人公って本当にたまたま偶然裸を見ちゃってもビンタされたら許されるものだと思っていたが……俺は主人公では無いようだ。

 いや、ロリっ子体型の裸には興味は無いし、それ以前に覗きは犯罪なので見ないのは当然の配慮だと思っているから見ないよ? 本当に。

 これでも俺は警察官を目指している人間なのである。そんなことするはずがないだろ、いい加減にしろ!


「正直気分的には血まみれよりおしっこまみれのほうが気持ち悪いな……」


 服を脱いで、川に入り、溜息をつきながら汚れを落としていく。

 もみ洗いだ。もみもみと必死におしっこエキスを落としていった。

 洗濯機は勿論のこと洗濯板も置いてないから、このような洗い方しかないのである。

 あぁめんどっ。洗濯機の魔道具とか売ってないかな! もし売ってたらお金貯めて買おう。


「よし、これくらいでいいか」


 目測ではあるが、綺麗に洗濯出来たと思われる。

 汚れた布で体を拭き、シロエに手渡された服に着替えてから洗濯した服を手に家に戻る。


「シロエ、この服どこに干せばいい?」

「家の裏に……あ。ちょっと待って」

「え?」


 シロエは慌てて家の裏手の方に回っていった。

 待てと言われたから待つけど、どうしたんだろうか?

 待つこと数分、シロエは何か布のようなものを手に戻って来る。


「それなんだ?」

「な、なんでもいいでしょ。そんなことより家の裏に洗濯物を干すスペースがある。そこで干して」

「え? あ、あぁ。わかった」


 何をしたのか分からないけれど、シロエの言った通り家の裏に回ってみたら確かにあった。

 棒と棒が地面に突き刺さっており、間はロープで結ばれている。ここで洗濯物を干すようだ。


「てかシロエ、いつの間に自分の服を洗濯してたんだ……?」


 そのロープの上にはいつの間に洗濯したのかシロエの服が干してあった。

 あれ? 他にも見覚えのある服が干されている。俺のカッターシャツだ。あの血に汚れてカピカピになっていたハズのカッターシャツも干されていた。

 血の色は落ちてないにしろ、いつの間にか洗濯してくれていたようだ。


「なんだかなぁ」


 俺は溜息をつきながら、洗濯したばかりの服を干したのであった。



 洗濯物を干し終えた俺とシロエは、さっそくギルドに向かうことにした。

 と言っても今日のシロエは一文無しでは無く昨日の薬草集めのお陰か、少しばかりかお金に余裕がある。

 ほとんどはシロエの活躍によるものだったのだが、報酬のお金を分けてくれたのだった。

 その額およそ620ガルド、銅貨62枚だ。

 まぁ薬草集め以外にもゴブリン退治もしているのでその分もプラスされているのだが、正直言ってこれまでのシロエの仕事は何だったんだって言うくらい稼げたぞ。これ。


 とは言っても620ガルドでは『少しばかりか程度』なのでお金が無いに等しいのだとか。

 昨日依頼達成時に何気なく聞いたアンジーさん話だと、宿を借りるのだとしたら質の低い宿で最低でも500ガルドもかかるそうだ。

 新人冒険者の依頼の報酬は少ないし、下手すると宿を借りることが出来ず、最悪野宿という選択肢を突きつけられるわけだ。

 いやー、もしかしたらあの森でシロエに出会わなければ死んでたかもな、俺。ゾンビだけに。


 …………シロエの家万々歳だ。


「今日はどうする? シロエ。少しだけど貯金も出来ただろ? だからまた薬草摘みでもどうだ」

「……薬草はこりごり」

「えぇ。でも昨日は結構稼げたじゃん」

「掲示板を見て決める」

「ま、そうだな。もしかしたらゴブリンの討伐依頼とかあるかも知れないし」


 冒険者ギルドに赴く傍ら、シロエと依頼についての話をする。

 薬草の臭いが苦手のようで今日は薬草摘みは勘弁らしい。

 だとしたら、何の依頼があるだろうか? ゴブリンの討伐依頼……は無いか。

 森に生息していると言うホーンラビットの討伐依頼はあるかも知れないな。


 途中、シロエは朝ごはん代わりに商店エリアに売っていた串焼きを購入しつつ、冒険者ギルドに辿りつくことが出来た。


 冒険者ギルドの扉を開く。

 そこには昨日と同じく、何人かの冒険者がギルド内に居るみたいだ。

 依頼を見ている者、受付を行っている者、酒場で朝ごはんを食べている者も居れば朝だと言うのに酒場で酒を飲んでいる者までいる。


 そして、その中に一人。冒険者の中で見覚えのある人がいた。


 クリフだ。クリフが俺たちを待ち構えていたかのように入って来た俺とシロエを見据えていた。

 ギルドの雰囲気が悪くなっていくのを感じる。

 初日に感じたあの嫌な感じだ。


「……無視していくぞ」


 俺はシロエを連れて掲示板に向かおうとする。


「待てよ」


 そう声を上げ、クリフが俺らの前に立ちふさがった。


「何だよ。俺たちは今から依頼を受けるために掲示板に行くところなんだが」

「お前は一昨日の男だな。何だ? こんなちびっこいのとパーティ組んでるのか、このションベン野郎が!!」

「な、な、な、何言ってやがる! パーティ組んでるよ! それがどうした」


 俺はクリフを睨みながら言う。

 思わずションベン野郎に反応してしまったが、今日俺が漏らしたことはバレてはいないよな? た、たまたま言っただけだよな?

 焦っている俺の横からシロエが「ちびっこを否定しろよ」と肘で腹を小突き、ジト目で抗議してきた。

 ……いや否定できませんけど。シロエ、ちびっこいですよ? てそれどころじゃないと思うんですけど!


「ほんっと気に喰わねぇ。俺の弟は死んじまったってのに、どうしてこんな人殺しがパーティ組んでんだよ!」

「人殺し? 事情を聴いたが、どう考えてもシロエは関係ないだろうが! 何勝手にシロエを人殺し扱いしてるんだ!」

「うるせぇ、明らかに弟が死んだのはコイツのせいだ。俺は許せねぇ。パーティを組んだってならお前も同罪だ! ですよね!」


 そう言ってクリフは後ろの男たちに声をかけた。

 男たちは全員で三人。皆、それぞれガタイがいい。

 三人は下品な笑いを浮かべてクリフの元まで歩み寄って来た。


「【大森林フォレスト】だ」

「ついに【大森林フォレスト】がアイツの事情に関与するのか?」

「いや、まさか……」


 周りで俺らの様子を見ていた冒険者たちは彼らが出て来たことでざわつき始めた。

 な、何だ? 【大森林フォレスト】って。


「シロエ、【大森林フォレスト】ってなんだ?」

「【大森林フォレスト】は白銀級の冒険者パーティ。クリフはそのパーティに所属してる」


 ぎ、白銀級のパーティ!?

 白銀級ってことは上から三番目のランクじゃん! てか何でコイツ《クリフ》がそんなパーティに所属してんだよ!


「正直俺らはクリフの問題に関与するつもりは無かったんだが、一昨日クリフがお前に返り討ちにあったらしいじゃん?」


 リーダー格であろう男がいう。


「これでも俺ら、白銀級だからさ。パーティに泥塗られるの困るんだよね」

「す、すいません。リーダー」

「クリフ、それはまぁいいんだ。そこでさ、一昨日からクリフがそこのちびっ子に決闘を申し込みたいってうるせぇんだよ。だからしょうがなしに了承してやることにした」


 リーダー格の男がそう宣言した瞬間、ギルド内がお祭り騒ぎのように湧いた。

 何が何だか分からない俺と相変わらず無表情のシロエは互いに顔を見合わせる。


「決闘?」

「私も知らない」


 シロエも知らないみたいだ。

 まさかカードゲームを持ち出して【決闘デュエル】するわけでもあるまいな。


「やかましい! なんの騒ぎじゃ!!」


 聞き覚えのある、女性の声がギルド内に響いた。

 ギルドの奥から出てきたのはギルドマスターのフレイさんだ。

 ただならぬ気配のオーラを纏わせ、俺らと【大森林フォレスト】を見渡しながら降臨なされた。


 ギルドマスターの元にアンジーさんが駆け寄り、何やら耳打ちをし始める。

 すると、ギルドマスターは驚いたような声を上げ、リーダー格の男を睨みつけた。


「お前、決闘を了承するなどと本気で言っておるのか!? 命に係わるかも知れんのじゃぞ!?」

「しょうがないじゃないですか、ギルドマスター。クリフが白黒つけたいって必死に懇願してきたんですよ。俺としては関わる気一つもありませんでしたけど、そろそろギルドの人たちのヘイトを上げるわけにもいかないから了承することにしたんです。決闘は冒険者のルール上問題ない行為。これで決着をつけさせてあげましょうよ」

「じゃ、じゃが……」


 だから何なんだ! 決闘って!

 困惑する俺に、アンジーさんが俺らの元まで近寄ってきた。


「アンジーさん、決闘って一体――」

「大変なことになったわよ」


 アンジーさんが真剣な眼差しで俺とシロエを見つめた。


「冒険者のルールによると、物事を判断する際に決闘で決めるの。決闘とはすなわち戦い。互いに武器……と言っても木製のものを持ち合い、相手が先に戦闘不能か降参を認めるまで戦って勝者を決めるの。街の中での武器や魔法の使用は禁止しているけど冒険者ギルドは特殊でね……。最悪な場合だと命に係わることもあるわ」

「はぁ!? 命に係わるってなんでそんなことがルールに……」

「元々は冒険者らしい、神聖なルールなのだそうよ。強き者が正しいってね。最近じゃ決闘沙汰は全然起こってなかったのだけれど……まさかシロエちゃんに対して決闘が持ち出されるとは」

「周りは勝手に盛り上がってますけど、そんなのおかしいですよね? 辞退出来るんですか!?」

「それは……」

「モノ太。私は辞める気は無い。決闘賛成」

「へ?」


 シロエは自信満々に頷いて言った。


「そんなルールがあるなんて知らなかった。決闘でしかハッキリ出来ないのなら戦うしかない」

「でも……本当に大丈夫か?」


 お前ゴブリンしか戦ったこと無いんだろ?


「大丈夫。私にも実力があると言うことをモノ太に見せつける」

「し、シロエ……」


 シロエの眼は真剣だ。

 俺がこれ以上何を言っても無駄だろう。


「聞いたぜ、人殺し! 俺は仲間の恨みを果たすぞ」

「私はお前が鬱陶しいだけ。私が勝ったらその顔一生見せるな」

「コイツッ! ブッ殺してやる!!」


 シロエの言葉によって決闘をする流れになってしまった。

 俺は何も出来ず、ただただシロエの様子を心配そうに見つめるしか出来なかったのであった。

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