第十三話 定番の依頼

「えーっと、これに似た草、これに似た草。お、これなんか似てるな」


 俺は木の根元に生えている草と、自分が今持っている草とを見比べて判断する。

 今、俺がやっているのは新人冒険者の通り門と呼ばれている依頼、薬草摘みだ。

 当然、俺は薬草と普通の草との区別がつかないので、ギルドから薬草の見本を借りて、採取していたのであった。


 薬草とは磨り潰して傷口に塗ると治癒効果が得られると言う不思議な草らしい。

 また、回復薬などの原材料にもなるらしく、数があっても困らないものらしいので中々の値段で取引されているようだ。

 少なくともゴブリンの討伐達成報酬よりも稼げるのだとか。


 何の依頼をすればいいか困っていた俺たちにアンジーさんから薬草採取依頼を勧められ、やっているのだが……。


「シロエさんや、何でそんなにウハウハ取れるの?」


 そう、ゴブリンしか狩ってこなかったハズのシロエではあるが、手には束のように薬草が握られている。

 俺なんて、見本を見ても薬草とただの草との区別がつかないってのに、森の中で見つけたら、シロエはすぐに採取出来ているのだ。

 収穫数的に言うと、軽く俺の15倍は採取していると思われる。


「薬草には独特の匂いがする。その匂いを辿れば……あった」

「またか!!」


 シロエがまたしても薬草を採取した。

 獣人は鼻が利くらしいから、シロエはその身体的特徴を利用して薬草の採取に成功しているようだ。

 匂いって言ったって草の匂いしかしないぞ! なんだよ、独特の匂いって!


 何か悔しい。俺を頼れと言った手前、頼りになってないのは何か悔しいぞ!


「てか、シロエさ、ゴブリン退治よりもこの依頼のほうが向いてるんじゃないか?」

「私、薬草の匂いが少し苦手。今だってしぶしぶやっている」

「そ、そうか……」


 血の臭いは平気なのに薬草の匂いが苦手とはこれまた如何に。

 しかも森には薬草の匂いが溢れているだろうに。


「モノ太、今手に持っているのは薬草ではない。ただの草」

「え? マジか」


 シロエに指摘されて薬草だと思って採取していた草を捨てる。ここは獣人の鼻に頼るしかないだろう。

 ただの雑草なんて持って行ってもギルドじゃ買い取ってはくれないだろうしな。

 無駄な荷物は減らすに限るって感じだ。


「規定の数は全部で10個だったっけ?」

「そう。私はもう32個。これ以上は持てない」

「もう32個か! 俺なんてまだ3個だって言うのに……。しまったな、カバンとかあればよかったんだけど……。一旦引き上げるか?」

「モノ太はまだ余裕がある」

「ま、そうだけどよ……ん?」


 草むらが不自然にかさかさと揺れた。俺はその揺れた草を凝視する。

 ゴブリンだ。ゴブリンが俺たちの様子をうかがっていた。

 しかも見れば3匹いるみたいだ。


「あそこにゴブリンが居るが、俺に任せてくれないか?」

「お手並み拝見」

「ありがとよ」


 森の浅い所に居たからか、今までゴブリンに出会わなかったがようやくお出ましである。


「グギャギャギャギャ」


 ゴブリンたちも俺たちが彼らの存在に気づいたのを察したのだろう。ゆっくりと草むらから出てくる。

 手には棍棒のような武器を所持していた。


「グギャアア!!」


 最初に向かってきたのは一匹のゴブリンであった。

 俺はソイツの棍棒攻撃を避けると後ろから思いっきり蹴りを入れた。

 蹴りを入れられたゴブリンは抵抗する間もなく吹っ飛び、木に激突すると頭を潰す。


「え?」


 ゴブリンは痙攣し、動かなくなっていた。


 あまりの呆気なさに思わず声が漏れる。

 だが、まだ終わっていない。残った二匹は吹っ飛んだゴブリンに目もくれず、そのまま突っ込んできた。

 棍棒による同時攻撃。だが、俺は両方の棍棒を片手ずつで受け止め、強奪し、思いっきり彼らの頭を叩いた。

 ぐちゅっと肉が弾ける音が聞こえてゴブリンは絶命する。


 かかった時間、およそ1分。3匹のゴブリンの討伐に成功した。


「って呆気なさすぎだろおおおおおおおお!!!」


 弱い。想像よりもはるかに弱すぎる!!

 余りの弱さに俺は唸ってしまった。実力を見せてやる! とか言ったけど、ゴブリンの行動が遅いため、動きが読みやすく、頭がトマトみたいにすんごい柔らかい。

 そりゃ簡単に勝てるわ、ゴブリン。


「お見事」

「いや、お見事って。弱すぎませんか?」

「そんなことない。私はモノ太のゴリ押し戦法に驚いている」

「マジ?」


 聞けばゴブリンと言う生き物は単体では弱いが、集団行動だとかなり厄介だそうだ。

 そんなゴブリンのこん棒攻撃を片手で受け止め、強奪し、さらには潰すとなるとかなりの力がいるようで――


「モノ太、やっぱりあなたは危険」

「いや! 違うから! 確かにゾンビになったことで身体能力は上がったけれども!」


 こうなった原因として考えられるのは二つ。

 一つ、ゾンビパワーを最大に使ったせいで力が高まり、ゴブリンを簡単につぶすことが出来た。

 一つ、武術スキルのお陰でゴブリンを簡単につぶすことが出来た。

 ……もしくはその両方か。


 少なくとも俺の攻撃はゴブリンを潰してしまうくらいオーバーキルだったってことだ。


「……で、どうだったよ? 俺には実力があると思うか?」

「ある。危険なほどに」

「あ、あはははは……。それなら良かった。じゃあ、他の依頼も受けることが出来そうだな」

「仕方ない。約束だから」

「良かった。はぁ」


 俺とシロエは依頼の薬草を手に、早々に森を後にし、ライフの街へと戻ったのであった。

 ついでにゴブリンの耳を切っておくのも忘れない。



   ◇◆◇



「おっ? お前は昨日の血だらけの奴じゃないか」


 ライフの街に入る門の前で、見た顔の人に呼び止められたので俺は立ち止まって挨拶をした。


「門番さん、こんにちは」

「あぁ。昨日もこれくらいの時間にこの街に来たな。普通、一々門を通るやつのことは覚えて居ないがお前のことは印象が強くて覚えて居るぞ」

「あははは……」


 顔の堀が深い門番さんだ。隊長って呼ばれていたから多分門番の中でも位の高い位置に居る人なのだろう。

 朝この門を通った時は姿が見えなかったので、昼出勤なのかな? もしくは交代制で当番になったかのどちらかだろう。


「昨日は血だらけだったからな。ちゃんと治療してもらったか?」


 俺のことを心配していることからして、この人は優しい性格の人だと思う。

 彼の質問に、俺は頷いて答えた。


「大丈夫です。ご心配おかけしたようで」

「ハハハ、ならいいんだ。それより身分証はちゃんと作ったか? また連れのあの娘に払わせるんじゃ……」

「昨日依頼を受けてその分払ったので大丈夫ですよ! それに身分証だって作りました」


 と、ポケットからギルドカードを取り出して門番さんに見せる。

 ギルドカードが身分証になるのだ。


「冒険者になったのか。それで……」

「薬草採りの依頼とゴブリンの討伐を少々」

「ほぅ、ゴブリンか。アイツ等はすぐに繁殖するから厄介な魔物なのだが、ここ最近はその数も減ってきていると聞く。平和になったもんだ」

「あははは」


 いや本当に、シロエだけじゃ無いとは思うがシロエ! どんだけゴブリン狩ってるんだよ!

 逆に凄いなアイツ!

 と当の本人であるシロエはさっさと街の中に入っていったようで姿が見えなかった。

 どうやら俺と門番が話しているところを見てさっさと街の中に入ってしまったらしい。


 置いてかれた!


「すいません、これから依頼の完了の報告に行こうと思っているので失礼します」

「そうか。引き留めて悪かったな。と、そうだ。ある噂を耳にした。お前はまだ新人だからな。気を付けておいたほうがいいかもしれないぞ?」

「何をですか?」


 門番がまたしても俺を引き留めにきた。

 噂か。

 噂って偶にしょうもない物もあるけれど、門番さんの噂は冒険者に関係がある噂のようだ。

 聞いておいて損は無いだろう。

 俺は門番の噂に耳を傾ける。


「グレイトウルフだ」

「グレイトウルフ?」


 ウルフってことは日本語に直すと狼だよな? 日本じゃあまり見られない動物の。


「そのグレイトウルフがどうしたんですか?」

「いや最近、あの森でグレイトウルフが多々見られるようになったらしい。それで新人冒険者の一人が重傷を負ったそうだ」

「はぁ……。俺は見かけませんでしたけど」

「まだ噂程度だからな。ハッキリとは分かっていないが群れらしいから森に入るときは十分注意してくれ。特に森の奥なんてのが危険らしい」

「分かりました、ありがとうございます」


 俺は門番に礼を述べるとようやく街の中に入ることが出来た。

 身分証を持っているとタダで入場できるようだ。10ガルド得したぜ。

 シロエは門の近くで待っていてくれたようで、俺の姿を見かけると歩いて寄ってきた。


「遅い」

「いや、そういわれてもな。門番さんに昨日血だらけだったところを心配されたんだよ」

「そう」


 シロエはそう言ってすたこら冒険者ギルドを目指して歩みを始める。


「そうだ。シロエ、グレイトウルフを知ってるか? 森に出たって噂があるぞ」

「知っている。グレイトウルフは肉食の魔物。主にゴブリンとは比にならないくらいの群れで行動し、狙った獲物を強固な爪と牙で仕留める」


 シロエってスキルについての知識もあるが、魔物についての知識も凄いあるな。

 あのホーンラビットについても説明してたし。


「結構危険な魔物なんだな」

「魔物には強さ順に1~9級までのランク付けがされている。グレイトウルフは単体だと7級、群れだと5級になるから危険」

「そのランク付けは1級が強いってこと?」

「そう。ゴブリンは9級だから一番弱い」


 とすると9級は俺でも倒せるレベルみたいだから、7級や5級だとどうなるのだろうか?


「7級は黒鉄級の冒険者パーティが倒すことが出来るくらいの強さ」

「そうなの? だったら5級は?」

「銅級パーティが集まって倒せるくらいの強さ」


 群れで5級ってことはかなり強いじゃん! そのグレイトウルフってやつは!


「だとしたら、もし出くわしたら危険だし、森での依頼は後回しにするか?」

「大丈夫。まだ噂のレベルでしょ? なら問題ない」


 ならいいんだが。

 シロエの言う通り、再度薬草摘みの依頼を受けて森に行ってもグレイトウルフが現れる気配も無く……。


 異世界二日目は薬草摘み(時々ゴブリン討伐)で幕を下ろしたのであった。

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