第十二話 ≪束縛≫魔法は異常
「シロエ、早く起きてくれー!」
「んっ……? モノ太?」
異世界に来て二日目の朝を迎えた。
床に寝ころび薄い布一枚を掛け布団代わりに寝ると言う驚きの寝方をしていたシロエは俺の声によってようやく意識を覚醒させたのであった。
寝起きのシロエは目を擦りつつ大きなあくびを一つする。
朝に弱いのか今起きたばかりだからか彼女はボーッとしており、目はまだトロンとして焦点が定まっていないように見えた。
無意識なのか、耳がぴくぴくと動き、尻尾がゆさゆさ動いているのを見ると何だか小動物に見えて可愛らしいなぁという印象を一瞬受ける。
「おはよう」
「お、おう。おはよう……でさ、シロエ。早くこれを何とかして――」
「顔洗ってくる」
「え、ちょっと! え!? ちょい待てくれええええ!」
俺は身動き取れないこの状況をどうにかしてもらおうと彼女を引き留めたのだが、ボーッとして聞こえていなかったのかそのまま外に出てしまった。
室内で一人、静寂が訪れる。
「マジか。というかこの≪
俺は夜の間中ずっとミノムシ状態になっていた。
足から肩まで全身にシロエの魔法≪束縛バインド≫をかけられており、流石はLv3と言ったところか、自力で抜け出すことは困難だった。
彼女曰く、寝ている最中に俺に襲われないための処置らしいのだが、身動きが取れないこの状態は不便でしか無い。
まぁまだ自分が人を襲わないと言う保証もないので仕方ない処置だとは思うが。
でもこの≪束縛バインド≫で縛られているせいで碌に睡眠がとれなかったぞ。
ゾンビにだって睡眠が必要なのである。
顔を洗い終えたシロエの表情は先ほどのトロンとしたものでは無く、昨日見たような無表情顔で戻って来たのであった。
「解除」
彼女の言葉でようやく≪
身体を動かすことの素晴らしさを今改めて実感したよ。俺。
「ご飯を食べたら冒険者ギルドに行く」
「は、はい」
シロエの指示に従うことにした。
朝ごはんは、昨日作った味付けが適当なくせに美味しくできたスープの残り物を温めたものである。
生憎、今現在は生肉を食べたいと言う欲求も湧いてこないので美味しくいただくことが出来た。
まぁ、腹には全然満たされないのだが。
朝ごはんを食べ終えた後、シロエが俺を家から追いやった。
なんでも冒険者スタイルに着替えるとのことで、外に出ていろとのことだった。
昨日着ていた黄色っぽい服のことだな。何着か持っているらしい。
特に服を持っていない俺は昨日からずっと着ているシロエの父さんの服に身を包んでいる。
臭くなってたりしていないか心配ではあるが、服や装備なんて持ってないから今日の分の報酬で代えの服を買いたいものだ。
今現在、血だらけで洗っても汚れが取れなくなった服とズボンしか持っていないからな。
これじゃ、武器は当分後回しになりそうだと思われる。
剣道の腕、鈍らなければいいけど。
着替え終わったシロエと共に冒険者ギルドへと向かった。
道中は特に何事も無く冒険者ギルドに辿りつくことが出来た。
冒険者ギルドは朝早くから開いているようで、ギルドの中にはまぁまぁ多くの冒険者の姿が見られる。
しかしあのクリフって男は居ないようだったので、ギルド内は昨日のような嫌な雰囲気に包まれていなかった。
「あの男、居ないな」
「アイツが居るのは昼から夕方が多い。だから朝は絡まれることは少ない」
「そうか」
少ないってことは何度かは絡まれているってことだよな……。
朝から絡まれるとか鬱陶しいに違いない。
「それで、これからどうするんだ?」
「まず依頼を受注するための掲示板に行く。もしかしたらゴブリンの討伐依頼が出ているかも知れない」
「今日はゴブリンを討伐するのか?」
「今日だけじゃない。ずっとゴブリン」
「え!?」
そういえばシロエ、仲間が居ないからって一人で安心して狩れるゴブリンで生計を立てているんだっけ?
でも昨日、俺をライフまで連れていく途中にゴブリンを何匹か倒していたがその報酬は少なかった。
全部で210ガルド。しかも俺が受けた新メニューのアイデアの依頼のほうが報酬は高い。
折角俺が居るんだぞ? もっといろんな挑戦をするべきじゃないだろうか?
少なくとも、ある程度貯金が出来るくらいの依頼を受けるべきだ。
「……シロエ」
「何?」
「ゴブリン討伐じゃ無くて違う依頼も受けてみないか?」
俺の提案にシロエは足を止めた。
「何故?」
「何故って……そりゃ俺が居るからだよ。折角俺が居るんだ。違う依頼を受けてみるべきじゃないか?」
「私はゴブリン以外に行くつもりは」
「何弱気になってんだよ、シロエ。俺と出会ったあの日。得体の知れないハズの俺を拘束してたよな? その勇気は何処行ったんだよ!」
「それは貴方が逃げたから、勝てると思って……」
「カーッ、馬鹿らしい。いいか? 新しいことにもチャレンジする勇気は大事だと思わないか?」
シロエは俺の言葉に無言で顔を背けた。
シロエは今、弱気になっている。レベルと言い、スキルと言い、十分ゴブリン以外でも通用する実力を持っているにも関わらずだ。
ずっとゴブリンばかり狩ってきたんだ。急にそんなこと言われても不安になるのも仕方ないことだろう。
それにまだ俺と言う存在について得体のしれないと思っているだろうしな。
これでも柔道と剣道の経験者だ。それにゾンビパワーなんてのもある。
今の俺は簡単に死ぬタマではない! この世界に来る前はゾンビには噛まれたがな!
ここは、俺の実力を信じてもらう以外他ならないな。
「だったら今日はゴブリン行こうぜ! それで俺の実力を確かめて欲しい。で、判断するんだ。このままゴブリンを倒してゴブリンスレイヤーと呼ばれっぱなしになるか、それとも二人で貯金が出来るくらいには立派な冒険者になるかを。シロエだってあの男に馬鹿にされて悔しいだろ? だけど今のお前は一人じゃない。俺が居るんだ。自分は雑魚じゃないってアイツを見返して言い寄られないくらいになろうぜ? お前は強いんだから」
「モノ太……」
俺はシロエに手を差し伸べた。
シロエは俺の言葉を受け、考える。
数秒考えた後、シロエが俺に手を差し伸べた。
この行為は了承の意味ととらえてもいいだろう。
「よしシロエ、その意気だ! よろしくな……グエッ!」
「モノ太、生意気」
握手するのかと思ったらお腹を思いっきり殴られたんだが!
そりゃさぁ! 痛くはないけど……心なしかハートが痛い!
了承じゃないの!? この腹パンの意味はなんだ!? 俺はお腹を押さえながらシロエを見つめた。
「シロエ、何するんだよ……」
「ならモノ太の実力を見せて。私も、馬鹿にされたくない」
今一瞬見えた表情は、いつもの無表情では無く微笑んでいるように見えた。
気のせいじゃないと思う。俺は確かに見た。
「お前、今のように笑ったほうが可愛いと思うんだけど」
「うるさい」
余計な一言だったのか、本気で殴られてしまった。
でもまぁ、決まりだ。取りあえず、俺の実力を知ってもらわないことには俺が居るから大丈夫だ、なんて言葉の信用なんて得られないだろう。
掲示板まで行って、ゴブリンの討伐依頼が無いかを確認する。
「……ゴブリンの討伐依頼、無いな」
「ない」
「………」
いくら探してもゴブリンの討伐依頼は無かった。
いや本当、どんだけゴブリン倒してるんだよシロエ!
というか依頼を受けるには、ランク制限という条件なるものがあるようで、クズ級が受けることが出来る依頼自体少ないんですけど。
あるにはあるが、ほとんど雑用と言っても過言では無い仕事ばかりだ。
討伐依頼に関しては、黒鉄級からでしか受けられる仕事がないじゃんか!
「依頼とは別に森に行くことも可能」
「いや、そんなことしてたら『クズ級』から上がらないだろ。ランクを上げるには依頼を受けないといけないんだから」
「……そんなの知らない」
「あ、まさかシロエ、4年間『鉄級』なのは依頼受けずにただただゴブリンだけを倒してたからだろ! そりゃずっと鉄級のまま――」
「うるさい」
「グヘッ」
今日の所は依頼とは別に実力を知ってもらうしかないようであった。
ついでに仕事の幅を増やすためにもランク上げをしないといけないみたいだ。
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