第十一話 俺の目標
夜になり、辺り一面は闇に染まり始める。
シロエの家は農業エリアに位置し、外は住宅エリアとは違って街灯が無いため頼れるのは月明かりだけだ。
おまけにシロエの家の中を照らしてくれる、ランプみたいなのも無い。
頼れる光はまさかのかまどの火だけである。
ちなみにこの火はシロエの魔法によって着火したものだ。
シロエは火の魔法も使えるらしい。
「……そんな中で何で俺が料理作ってるんだろ」
古い鍋に商店エリアで買ってきた食材を入れて煮込みながらそう呟いた。
まぁ、シロエは俺をこの家に泊めてくれるみたいだし、文句を言える立場ではないため大人しくスープを作っている。
この家の持ち主であるシロエは暗いのに隣の部屋で武器の手入れをしているみたいだった。
昼間も手入れしていたのに今の時間も手入れをしている。
彼女曰く「武器は冒険者にとっての片腕。妹みたいなもの」のようだ。
「ズズズ……、何で美味しいんだ? これ」
味付けがよくわからない食材の本来の味と塩のみで作ったスープを味見してみる。
スープの素などが無いこの世界で自分なりに試しで作ってみたのだが、案外これが美味しく出来ているので驚きだ。
これは料理スキルの恩恵なのか? それとも単にこの世界の食材が美味しいのか?
そんな疑問は後々明らかにしていきたいと思う。
それと大事なことがもう一つ。
この街はガルド王国の南に位置する街であるが、そこから更に南に行ったところに海があるらしい。
そこから塩が取れるそうで、この街での塩の価値は俺たちでも買えるくらい案外安いのだ。
中世みたいな時代背景で、胡椒が高いんだから塩も高いんじゃないかな? と思っていた俺としては、塩分が簡単に取れるのはちょっと嬉しかった。
ゾンビに塩分が必要あるかって言われたらよくわかんないけど。
「出来た」
俺はおたまを持って木で出来たお椀にスープを注ぐ。
「おーい、シロエ。出来たぞー」
お椀を持ちながら隣の部屋に居るシロエの元に向かう。
俺はちゃぶ台にお椀を置いた。
「あれ? モノ太の分は?」
「俺はウサギを食べるから必要ないよ。それよりかまどの火、どうする?」
「消しといて」
「了解」
俺は桶に入った水をかまどにぶっかけた。じゅーっと火が消え、水蒸気が発生する。
これで完全に月明かり頼りになってしまった。と言っても普通に辺りは見えているし、月明かり頼りでも特に問題はないみたいだ。
それに日本と違ってここだと星がきれいに見えるし、この星も月明かりに助太刀してくれているのだろう。
「じゃ、俺は外で食べるよ」
「……一緒に食べないの?」
「いや、だってウサギ喰うんだぞ。グロイだろ? それに血だって溢れるし、家の中を汚すだろうし」
「……そう。だったら私も外で食べる」
「いいのか?」
「スキルについての話もしたいし」
「……そうか」
そう言って俺と一緒に外に出た。向かっているのは近くに流れる川の傍である。
俺は袋に入っていたウサギを手にとって見つめた。うわっ。やっぱグロイ。
でもそんなことよりも食べたいと言う欲求のほうがはるかに強いのは何でだろ、本当。
「シロエ、見ない方がいいぞ。……あああ、いただきます!」
そう言って、俺は目を瞑りながらウサギにかぶりついた。鮮血がぷしゅっと飛び出して口の中に広がるのが分かる。
毛が邪魔だけど、肉の部分がすんげぇ美味しい。何だこの感じ。訳わかんねぇ。
お腹が膨れる感覚もある。
ただ、若干の物足りなさを感じてしまうのは何故なのだろうか。
生きて、無いからか?
「……美味しい」
「そうか。それなら良かったんだが」
シロエがスープを飲んだ感想を呟き、俺は今考えたことを振り払うようにして答えた。
正直自分でも何でこんなに美味くできたのかは分からないけれど、美味しいと言われると嬉しいものがあるな。
「やっぱり料理スキルは伊達じゃない」
早くも美味しさの秘密が料理スキルの恩恵であることが判明した瞬間だった。
「……ふぅ。やっぱり料理スキルのお陰だったか。いや、何でこんなに美味しくできたのか謎だったんだよ」
「そう。それにしてもモノ太食べるの早い。もう食べ終わったの?」
「まぁな。美味しかった……て、俺の顔見るなって言ったよな? 血だらけでグロテスクだろ?」
「見慣れてるから大丈夫」
何が大丈夫なのか、シロエが俺を見つつ言った。
今の俺の口元は血だらけでグロいハズなのによくそんな直視出来るよな。
見慣れてるから、ねぇ。あ、そういうことか。
シロエはゴブリンの死骸を見続けているからグロ耐性がついているから、今の俺を見ても平気だったってことか。
ウサギをぺろりと平らげた俺はウサギの亡骸を適当に掘った穴に埋め、川の水で口を濯ぐ。
エチケットである。服に血液をつけないように注意したから服は汚れていなかった。
借り物だし、汚さずに済んでよかったぜ。
「それで、スキルの話をする。まずは私のスキルから」
シロエはお椀に残っているスープを飲み干してそう言った。
待ってましたと言わんばかりに俺はシロエの話に耳を傾ける。
そう言えばシロエは俺のスキルを見たが、俺はシロエの持つスキルを知らなかったな。
「見てもいいのか?」
「いい。私もモノ太の見た」
そうか。だったら見せて貰おう。
ギルドカードを手渡され、スキル項目を見た。
シロエが所持しているのは≪俊敏Lv2≫と≪短剣術Lv1≫か。
あぁ、成程ね。シロエの足が速い理由が分かった。最初に出会ったとき、50メートル走6秒の俺より速いスピードで追いかけてきたっておかしいと思ってたんだよな。
スキルによる恩恵だったのか。
シロエが持つスキルは2つだけのようだ。
で、その下に『魔法』という項目があり、≪
「所持者が魔法を使える場合、ギルドカードに魔法項目が表示される。モノ太は魔法が使えないから表示されていない」
「へぇ……魔法にもレベルがあるんだな……」
「魔法を使える人は5人に1人と言われている。私は魔法が使える」
いえーいと自慢するようにVサインをしながらシロエが説明してくれる。
なにやら俺自身は魔法を使えないようだ。
残念、折角魔法のある異世界に転移したってのに!! ちょっと使ってみたかった!
「そうか……」
でもまぁ、日本だと魔法と言う概念は無いし、魔法が使えないのも仕方ないことだ。
スキルも途中で取得することが可能みたいだし、もしかしたら魔法だって途中で取得できるかもしれない。
いずれ使えるのではと淡い期待を抱きつつ、ギルドカードをシロエに返そうとして……気づいた。
「てかシロエの≪
そう、Lv3である。束縛魔法のレベルが異様に高い。
「仕方ない。練習してたら強くなった」
と恥ずかしそうにギルドカードを俺から奪い取ると、それ以上は≪束縛≫魔法について語らなかった。
触れてほしくないことなのかもしれんが……気になる。
「そんなことはどうでもいい。それより、モノ太、次は貴方自身のスキルの話」
「あ、あぁ。よろしく頼む」
話を逸らされてしまった。本当は何かあるな?
しかしこれ以上聞くのも野暮だ。練習してたら強くなったってのは本当の話かも知れないし。
それに、俺のスキルの話なのだから、次の話は真剣に聞くべき内容であろう。
俺は束縛魔法について聞きたいのをグッと我慢してシロエに目を向けた。
「まず、モノ太に聞きたいことがある」
「ん? 何だ? 何でもどうぞ」
「モノ太がゾンビになったことで変化したと考えられることを話してみて。例えば、食事情が変わったとか」
変化したことか。そうだな……。
食事情諸々は当たり前のように変化している。
不思議なことに既製品よりも生肉が食べたくなるのだ。
あと、空腹になると理性が保てなくなるかも知れないこととか、力が強くなったとか、痛みを感じなくなったとかも伝えておいた。
「なるほど」
シロエは俺の話を一通り聞いた後、納得したように頷く。そして言った。
「モノ太が持っている≪捕食≫と呼ばれるスキルについて、私の記憶が正しければそのスキルは危険」
「危険……て、どういうことだ?」
シロエの言葉に俺は喉をごくりと鳴らす。
自分の存在が危険だと理解しているうえで、危険と改めて言われると何だか怖いものがあった。
「≪捕食≫スキルを持つ人間は今まで確認されたことが無い。つまり、そのスキルは魔物のスキルと言うことになる」
「……え? 魔物?」
まさかの魔物認定である。
なるほど、スキルをアンジーさんに見せたらバレると言うのはこのことからだったのか。
「でもちょっと待て、俺は人間だぞ!?」
「正確にはゾンビでしょ? 魔物にもスキルを持つモノが居るらしい」
「そうか。いや、でも、それは……そうなのかも知れないけど……」
もしかして俺は、まさかこの世界では魔物扱いなのか?
俺は不安に駆られていた。しかし、彼女の言葉には続きがあった。
「辞典によると≪捕食≫スキルが発見されたのは今からおよそ120年前。一匹の古龍が所持していたスキルらしい」
「龍? ドラゴンってことか?」
「そう、名前は黒龍ダークグニル・ドラグーン。昔一つの国家を滅亡した伝説の生き物とされている。今は討伐されておりこの世には存在していない」
「ハァ!?」
えー、何だ!? つまり要約すると、俺のこのスキルは昔生きていた龍のスキルを持っているってことか!?
ここは異世界だ。魔物が居るんだから龍もいるだろう。
でも俺がそんなスキルを持っているっておかしくないか?
「でも何で俺がそんな、ドラゴンのスキルを……。それに、黒龍? の説明を聞いた限りじゃそいつかなりヤバい生き物だし」
「龍のスキルを持つ人は世界中に何人か存在する。正確には≪捕食≫のスキルを持った人がいないだけ」
「そ、そうか。で、効果は?」
「……よく分かっていないみたい。説によると、生き物を≪捕食≫することで様々な恩恵を受けることができるのでは? とある」
「だとすると、日本に居た時と比べて力が強くなったりしてるのは……」
「≪捕食≫の恩恵が有力。でもまだハッキリしたことは分からないから断言はできない」
断言は出来ない、か。
でも少なくとも恩恵を受ける説は間違ってないと考えられる。
なぜなら≪投擲Lv1≫のスキルは≪捕食≫のスキルによって受けた恩恵だからだ。
あの無機質な声は言っていた。
『スキル対象を≪捕食≫しました。スキル≪投擲Lv1≫を獲得しました』
と。要するに捕食をすることでスキルを得ることができるのは間違いない。
でも、今さっき食べたホーンラビットではスキルを得ることは出来なかった。
そこから導かれることは……『生きた生肉を食べることでスキルを得ることができる』ということだ。
シロエの言っている説が間違ってないとなると、俺の横腹の傷が消えたのも≪捕食≫による様々な恩恵が与えられたからって線が濃厚だと思われる。
「そんなスキルが俺にあるのは……ゾンビになったからだよな? 間違いなく」
「多分。スキルは神様から与えられる才能。ゾンビとしての能力をスキルに表した結果≪捕食≫になったと考えられる。普通、このスキルは人間向きでは無い。私たちは生き物を食べて生きているけど、多少は調理しないと食べることは出来ない。生で食べると死ぬ可能性だってある。ましてや生きたまま食べるとなると……」
人間のすることじゃない。
「そう、だよな。生き物が対象ってことは人間も対象に含まれている。もし空腹に襲われて人間に目を向けたら……確かに危険だ」
「―――確かに危険、でも考えようによってはこのスキルは強いスキルとなる」
「というと?」
「スキルを使いこなせれば問題ない。対象を人間に向けなければいい話」
「……そうか」
冷たい風が吹いて、辺りの草がさらさらと揺れた。
俺は一息ついて背伸びをする。
「そうだな。喰う対象は人間だけじゃない。魔物だって含まれている。俺が使いこなせればいいだけの話だもんな」
「そう、それに使いこなしてもらわなければ困る」
「え? それは、どういう意味で?」
シロエから急に出た、思わぬ言葉に俺は妙な気恥ずかしさを覚えながら質問する。
も、もしかして、俺のこと――。
シロエはそんな俺の胸の内を知らずしてか、木でできたお椀を持ちながら言った。
「このスープが食べられなくなったら困る。今日分かった。モノ太は料理が上手い」
なるほどね。
「あ、あはは……さいですか」
俺は溜息をついて、その後笑った。
やっぱり空は日本で見た光景と違って天の川が出来ていて、とても心が穏やかになっていく感覚がある。
取りあえず、俺の異世界での目標は決まったと言っていいだろう。
まず一つ、両親やみっつんの無事を確認するために日本へ帰る手立てを探すこと。
二つ、異世界に来た原因を探すこと。
三つ、人間に戻ることが出来るなら戻ること。
そして――このスキルを使いこなすことだ。
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