第十話 依頼達成で一安心?

「酒蒸しとは、文字通り『お酒で蒸した』調理法です」

「ほぅ、酒で蒸すとな。して、どういう風に作るんじゃ?」

「方法は簡単で、鶏肉とビールやワインなどのお酒をフライパンに入れて蓋をするんです。で、数分火にかけて、鶏肉に火が通ったと感じたらそのまままた数分置いておきます。この方法を蒸すと言うんです」

「じゃが、その場合だと火事が心配じゃ。儂は揚げ物で一度火事になりかけたことがあるんじゃ。お前、アルコールに火を通したらどうなるか分かっておるのか?」

「火の心配ですね? それは油と違ってアルコール度数が高いお酒に限ります。アルコール度数が低いお酒だと大丈夫です」


 昔父に頼まれてお酒のつまみに鶏肉の酒蒸しを作った記憶がある。

 その時に色々調べてみたのだが、鶏肉はどんな種類のお酒で酒蒸ししても美味しく出来るようだ。

 ビールなんかの酒蒸しもあるみたいだし、ワインで酒蒸しも出来るみたいだ。

 本当なら日本酒に塩を混ぜた調理酒で蒸したら美味しく出来ると思うんだが……流石に異世界に日本酒は置いているわけがないので、その説明は省くことにする。


「そうすることで、お酒の味わいと鶏肉の旨味が合わさっておいしい料理が出来ると思うんですよね。蒸すだけなら簡単に出来ると思いますし。でも問題はどのお酒がポッポ鳥に合うかが分からないという点くらいで……」

「そうか、なるほどな……酒を使うんじゃな」

「はい。ただ出来上がるのはステーキやポッポ鳥の焼いたやつのようながっつりとした料理では無く、おつまみみたいなものですかね」

「ふむ……」


 何かを考えるようにマスターは目を閉じた。

 どうだろうか? 酒蒸し。蒸すことでアルコールが飛び、好みの問題はあるが、子供でも楽しめる料理だと思うんだけど……。


「……お前、名は?」

「モノ太です。マスター」

「そうか……モノ太か。うむ、よし」


 マスターは考えをまとめたみたいだ。


「モノ太の言ったそれで試してみるか。クルエラ! 酒蔵から料理に合いそうな酒を持って来い!」

「そう、分かったわ!」


 クルエラさんが店の奥に駆けだした。それで試すと言うことは、依頼達成でいいのかな?

 シロエを見ると、グッドと親指を立てていた。初の依頼、達成のようだ。


「ほれ、今から儂たちは創作に入る。さっさと依頼書を渡せ」

「え? でも手伝わなくて――」

「バッカモォォォォォォン!!」


 手伝いを申し入れたら何故か怒鳴られたんですけど!

 耳がキーンとする。二度目だ。


「ここで働いてないやつを厨房に入れることなど出来るか!」

「そ、そうですか」


 そんなルールがあるのね。


「ここからは儂たちがやる。儂が求めたのはアイデアだけじゃからの。お前さんの仕事は終わりじゃ。美味うまく出来たらギルドの受付に話を通しておくからぜひ食べに来てくれ」

「わかりました」


 こうして、俺は初依頼を終えることが出来た。

 マスターは依頼書に、依頼達成を意味するサインを書き終えるとさっさと試作を作りに店の奥に行ってしまう。

 残された俺とシロエは店の奥から聞こえて来た誰かを怒鳴る声を聞き、顔を見合わせた。


「酒場って大変なんだな」

「……冒険者ギルドへ報告しに行く」

「了解」


 俺とシロエは依頼達成の報告をするため、ギルドに向かったのであった。



   ◇◆◇



「はい、確かに。あのギガントさんの依頼を終わらせるなんて、冒険者初日から幸先いいわねー」


 冒険者ギルドの受付右端に座るアンジーさんは、サインの書かれた依頼書を見て、感嘆と呟いた。

 その後何やら依頼書にハンコを押して羽ペンで記入する。


「あの人、怖かったでしょ? 冒険者の間でも有名なのよね~」

「ははは、でしょうね」

「で、シロエちゃん、街の案内は終わったの?」

「商店エリアと冒険者の拠り所は」

「へぇ、まぁ街にはまだ色んな場所があるから冒険感覚で他の場所も見て回ったらいいわよ。冒険者だけにね。……はい、これが報酬。お疲れ様でした」


 そうして俺に手渡されたのはジャラジャラと大量に入っている銅貨の袋であった。

 袋の上から銅貨の数を数えてみると、50枚。つまり、この依頼の報酬は500ガルドあることになる。

 シロエの分と合わせて710ガルド……足してもポッポ鳥の生肉は買えないよなぁ。


「私はお肉を食べることが出来たから満足」


 でしょうね。シロエは満足そうに言った。

 ただ、俺も食べたっちゃあ食べたし美味しかったんだけど、やっぱり調理後の肉だと満足できなかったのだ。

 生肉を欲してしまう。もうこうなったら正直ポッポ鳥の生肉じゃなくてもいいから!


「はぁ、どこかに安い肉とか売ってないかなぁ」

「あら、お肉が食べたいの? 安い肉ならギルドでも売っていると思うけど」

「……え?」


 俺の呟きにアンジーさんが反応を返す。俺は驚いたように彼女を見つめた。

 ただ、俺の期待の眼差しが強すぎたせいか、困ったような表情を浮かべて説明してくれる。


「でも、本当に大したものじゃないわよ? 冒険者ギルドではね、冒険者から素材を買い取ることが出来るんだけど、中には痛んでいたりして売り物にならないと判断されたものがいくつかあるのよ。でも冒険者からしてみれば処理に困るものもある。そう言ったものを私たち冒険者ギルドが安く買い取って、その分安く売っているスペースがあるわ。あそこに」


 アンジーさんが指さした場所は受付左奥のスペースであった。


「日によってある物が変わってくるんだけど……あそこならもしかしたらあるかも?」

「ありがとうございます! じゃ、行って見ようかな」

「そう、じゃあ行ってらっしゃい~ あ、ようこそ冒険者ギルドへ――」


 アンジーさんは俺らを見送ると、並んでいた次の人の対応を始めていた。

 今の時間は夕方だからか、昼間のスカスカだった時間に比べて、列を作って受付に並んでいる人が結構いる時間帯だ。

 並んでいる列の中には体全身が筋肉に覆われていて羨ましい体系の人が何人も見える。流石冒険者だぜ。


「行かないの?」

「あぁ、いや。冒険者の人たちを見てた」


 俺とシロエはさっそくアンジーさんが言っていた何かが安く売っているスペースまで足を運ぶ。

 行って見ると、ここは昼間と同じ感じ……とは言えないが、受付に並ぶよりかは待つ時間が少なく、数分ほど並ぶとすぐに自分たちの順番となった。


「いらっしゃい。何がお望みだい?」


 この安売りスペースで対応していたのは妙に筋肉質な坊主頭のおじさんであった。

 まるで冒険者みたいな風貌なのに、薄緑色の制服に身を包んでいる。

 正直言って似合ってないと思っているのは秘密だ。


「えーっと。アンジーさんからもしかしたらお肉が安売りされているかもと言う話を聞きまして」

「あぁ、アンジー嬢がか。それにしても肉がほしいとはどういうことだ?」

「はい、どうしてもお肉が食べたいんですよ。でも商店エリアに行っても高くて買えなくて」

「へぇ。まぁ肉は一日の疲れを癒してくれるスーパーフードだからな。よし、そういうことなら待っとけよ」


 そう言って坊主頭のおじさんはゴソゴソと何かを探し始めた。

 彼が探している間、ギルドで売っている安物の商品に目を向ける。

 売っているものの多くは何かの毛皮だった。確かに所々ボロボロだったり、焦げたりしているが十分使えそうではある。


「これなんかはどうだ?」


 そう言って彼が出したのはウサギの死体だった。

 ちょ、グロいんですけど!? 正直モザイク案件だ。生気を失ったウサギはだらんとしながらおじさんに首根っこを掴まれている。

 脳天を弓か何かで貫かれたのか、穴が空いていた。

 いや、他にもいくつか穴が空いてるな。怖い。


「これは今日、新人冒険者が狩ってきたホーンラビットだ。知ってるか? ホーンラビット」

「えーっと……俺も今日冒険者になったばかりで詳しくは……」

「ホーンラビットは頭にツノが生えているウサギの魔物。攻撃的ではないけど、素早く逃げるから厄介」


 横からシロエが自慢気に説明してくれた。

 その説明に感心したようにおじさんは頷く。


「お? 良く知ってんね。て、そういうアンタはシロエの嬢ちゃんか。ということはお前がモノ太ってやつか?」

「へ?」


 初対面のおじさんが俺のことを知っている、だと?


「今日の休憩時間にアンジー嬢から聞いたよ。シロエの嬢ちゃんとパーティ組んだ男が居るって」


 何か冒険者ギルドの職員の間で俺とシロエの噂がアンジーさん中心に飛び交っているようだ。

 アンジーさん、広めてるのかよ。滅茶苦茶恥ずかしいんだが。

 昔小学生の時によく流行った『○○くんと○○さんが付き合っている~』という噂の被害者○○くんになった気分である。

 ま、誰とも付き合った経験はないし、パーティを組んだってのは事実だけどさ。


「そ、そうですか……。よろしくです」

「あぁ。そんじゃ説明を続けるぜ」


 おじさんは続けて説明を開始させた。


「このホーンラビットってのはツノと肉が素材になるんだが……新人冒険者がそれを知らずに丸々持って帰って来ちまってよ。まぁツノは正規の価格で売れたみたいで、この通りスパッと切れて無くなっているが、肉は自分で解体しなけりゃならんのよ。冒険者ギルドでも確かに解体出来るが有料でな。しかもこの通り、弓で射抜かれて穴だらけで質も落ちてるだろう」


 だからお金を出して解体するよりも、そのまま安値で売ったってわけか。

 確かにウサギのおでこにツノがあった形跡が見られたが、刃物で切られ、無くなっていた。


「これなら安値で売るぜ。120ガルドだ」


 安いの? とシロエを見る。シロエが俺の疑問に答えてくれた。


「ホーンラビットはゴブリンに比べて見つけにくいし、素早いからその捕まえにくさから買値が300ガルドはする。売値で120ガルドはお得」

「買います」


 即決だ。

 俺は報酬で貰ったばかりの500ガルドから120ガルドを取り出すとそれを渡した。


「毎度あり。そうだ。このまま持ち運ぶのもいけねぇだろ? 麻の袋はいらねぇか? 10ガルドだ」


 ……まぁ、このままウサギの死体を街へ持ち運んでも、注目されるのは目に見えて分かるな。

 商売の上手いおじさんである。


「袋ならある。これを使って」


 麻の袋も買おうとした時、シロエがポーチから同じような袋を取り出した。


「え? いいのか?」

「うん」

「袋があるならこれは別にいらねぇか。毎度あり~」


 シロエに袋を手渡され、俺はウサギをその中に入れる。


「じゃ、夕飯の買い物をするから商店エリアに行く」

「そうか。ならはいこれ」


 そう言って俺がシロエに手渡したのは今日の依頼分の報酬であった。全部で380ガルドだ。

 すんなり受け取ってくれると思ったのだが、シロエはそのお金を受け取らなかった。


「どうした? 遠慮しなくていいんだが」

「これはモノ太の報酬。私もポッポ鳥を食べたし、何もしてないのにこの金額は受け取れない」


 あ~、シロエはそういう主義の人か。俺の父さんみたいなことを言う。

 父さんは警察官でも結構位の高い所に所属しているのだが、最近の悪徳警官みたいに部下の手柄を自分のモノにするのを好まない人なのだ。

 ……そういえばなんやかんやあったが、両親は元気かしら。

 あの世界で、ゾンビに、なってないよな?


 て、今はそんなことを考えている場合じゃないだろ!

 俺は考えを押し殺すようにシロエの頭に手を置いて撫でながら言った。


「馬鹿言え、今日の迷惑代だよ。入場料だったり今着ている服だったり、この袋だってそうだ。明日から仕事するんだろ? ガンガン手伝うぜ!」

「セクハラ」

「え?」


 いつの間にかシロエはナイフを俺の首筋に当てていた。

 ……何処から出したんだよそのナイフ。てかそういえばそうだった。耳を触るのはセクハラなんだったっけ。

 俺は頭を撫でたつもりだったんだが……まだ出会って1日だ。信用されるわけが無い。アハハ……殺されちゃう?


「ち、違うんだ! 不可抗力と言いますか――」

「しょうがないからこれで許す」

「――へ?」


 シロエのあっけない許しに俺は呆然としてしまった。

 他方からいくつかの視線を感じるが、それが気にならないほど今の自分は驚いている。

 シロエは呆然とする俺の手からお金が入った袋を奪い取ると、それをポーチに入れて冒険者ギルドの出口へと向かった。


「行くよ?」

「あ、お、おう」


 何だかよく分からなかったが、許しを得たようだ。

 一安心、胸を撫で下ろす。


 そうして俺とシロエは冒険者ギルドから出て商店エリアを目指した。

 外は綺麗な黄昏に染まっていたのであった――。

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