第九話 初依頼
お爺さんに連れられて酒場に入っていく。
冒険者ギルドに併設されている酒場に比べてここの酒場はかなりの広さを誇っているようで、かなりの量の客を店の中に入れることが出来るのではないかと予想出来る。
「広いな……」
思わずそんな感想が漏れていた。
小声で呟いた感想であったがお爺さんの耳はいいのかすぐさま反応を返してくる。
「なんじゃお前。儂の店に来たことも無いのに新メニューのアイデアを出すと抜かしおるんか!?」
「い、いえ! この街に来たの、今日が初めてで! それに酒場に入ったのも冒険者ギルド以外で初めてなんです! すいません!」
「なぁにぃ? そんなお前さんが新メニューのアイデアを出すじゃと!? ふざけとるのか!?」
「ふざけてないです!!」
何この人、超怖いんですけど!
慣れない年寄りの貫禄と言うか、威厳と言うか……がビシバシと伝わってくる。
しかも大男だし! 俺、帰りたくなってきたんですけど。
「そこ座れ!」
お爺さんに指示されて、俺は酒場のカウンター席に座った。
お爺さんは俺が座ったのを確認すると、店の奥へとズンズン入っていく。
まさかの置いてけぼりだ。
「え、ちょ! 待ってろってことかな……?」
「そうね。ちょっと待ってて。おじいさまは貴方にウチの新作メニューを食べさせてあげるみたい」
「え?」
突然どこからか聞こえてきた声に耳を傾ける。
声の主は先ほどお爺さんが消えた店の奥から聞こえてくるようだった。
お爺さんと入れ替わるようにして、店の奥からスラリと身長が高い女性がやって来る。
エプロンを着ているからして、このお店で働いている方なのかな?
しかしこの女性、下手したら身長が俺よりもあるかも知れない。
女性は赤い髪の毛を結いながらこちらに向かってきていた。アンジーさんとはまた違った美人さんだ。
艶めかしい雰囲気を醸し出しながら近づいてくるこの女性に一瞬ドキッとしてしまう。……あれ? 心臓って動いてるんだっけ?
「あの初めまして。えーと」
「私の名前はクルエラ。で、さっき貴方に会ったのはおじいさまで、名前はギガンドというのだけどお客さんはマスターって呼んでいるから、マスターって呼ぶといいわ」
「わかりました」
クルエラさんは言葉を紡ぐ。
「おじいさまは【妖精の酒場】の店主で私はその孫なの。酒場のお手伝いをしているわ。それで、貴方の名前は?」
「あ、すいません。俺の名前は赤司……いや、モノ太です。冒険者をしています……というか冒険者になったばかりの新人なのですが」
姓があると貴族だと勘違いされてしまうだろうと思い、名前だけクルエラさんに伝えることにする。
クルエラさんは俺の名前を聞くと、くすっと笑った。
「あら、新人さんなの? よろしくね」
そう言って、コトッと俺の目の前にグラスを置いた。
中に入ってるのは……水のようだ。
「あ、あの。俺、お客さんじゃないんですけど。というかお金持ってないんですけど」
「大丈夫、分かってるわ。これはただの水だし、おじいさまが今作っているのは新作メニューの試作の段階だと思うから、商品では無いもの。試食だと思って安心して食べてみて」
「いいんですかね? わ、わかりました」
さっきからクルエラさんと会話してて思うのが、何というか、本当に艶めかしいということだった。
エプロンからはみ出る胸の谷間だとか、綺麗に引き締まった脚とか、とてもエロティックに見えてしまうのだ。
あああ、いけないいけない! 煩悩退散だァ!!
「どうしたの?」
「あ、いえ……そうだ」
今、俺は仕事で来ているのだ。そんな邪な考え、捨てるに限る。
さっそく俺は依頼についての話を聞くことにした。
「新作メニューの試作ってことは、ある程度出すものが決まってるってことですか?」
「それがまだみたいでね。一応、ポッポ鳥を使った料理にしようとしているみたいなんだけど、なかなかおじいさまのピンとくるアイデアが浮かばないみたい」
ポッポ鳥というとさっき俺とシロエが肉屋で見た鳥だな。
ポッポ鳥ってやつの実物を見たことは無いが、日本で言う鶏肉みたいな結構メジャーな食材なのかも。
無一文の俺と貧乏なシロエから見たらあの鳥、結構高価だったけど。
「はぁ、なるほど。一応この店のメニューとかって見せていただけないですかね? お酒のメニューじゃなくて、料理のメニューを」
「それならあそこの壁に書いているわよ。ちなみにお酒はあっち」
そう言ってクルエラさんが指さした方に目を向けると、大きな黒板に大きな文字でメニューが書いてあった。
手軽に見るようなメニュー表みたいなのは無いようだな。というか、普通酒場には普通メニュー表なんて置いてないか。ファミレスじゃあるまいしね。
壁に書かれているメニューの商品を見る。
「……ん?」
出されている料理を見てみると、何だろう。ソーセージだとかステーキだとか、肉関係の料理が多い。
肉料理以外にも『サズ豆』だとか聞いたことの無いおつまみ系の料理もあるけれど……。
そんな肉料理の調理方法だが『焼いている』ものが多数を占めているように見受けられた。
「あのクルエラさん?」
「なにかしら?」
「肉料理のメニューを見ましたけど焼いているのが多いですね」
「そうね。うちのお店って夜しか開いてないのにかなりのお客さんが来るのよね。その理由がほら、見て。お酒の種類が多いのよ。格安のお酒から高価なお酒まで取り揃えているわ」
お酒のメニューを見ると、なるほど、お酒の種類は確かに多いみたいだ。
低価格のビールやエールから高級なワインまで、数多くのお酒がこの店では提供されているみたいである。
と言っても低価格のビールなんかでもシロエの今のお給金では到底満足いくまでは飲めないくらいの値段ではあるが。
「はぁ、確かに料理の数より多いですね」
「でしょ? それでお客さんも多くて、手軽で手早く簡単に、それでいて美味しく提供できるものをメニューに載せたのだけど、やっぱりと言っていいのか、お客さんが飽きちゃったみたいなのよね」
「だから新メニューを作ろうとしてる、か」
「そうなのよ」
このメニュー表には載ってなく、かつ手軽にか……。
「だとしたら揚げ物系はどうですか? 鳥を使うなら唐揚げが出来ると思われますが」
「そうねぇ……。昔やったことがあるのだけど、厨房で働いている人が少なくて、一度火事になりかけたことがあるのよ。それ以降、おじいさまは揚げ物系全般を禁止しているわ」
「そうなんですか……。て、働く人が少ない? この酒場って忙しいんですよね? なのに厨房で働く人が少ないんですか?」
「ええ、そうなのよ」
とクルエラさんは溜息をつきながら答えた。
「ウエイトレスで雇っている人は4人くらいいるのだけど、厨房で働く人は少ないのよね」
「ちなみに厨房で働いている人は誰なんです?」
「おじいさまとお父さまの二人」
なんでやねん。人気のある酒場で調理係が二人って少なすぎるだろ!
「以前調理で雇っている人もいたのだけど、その、おじいさまが怖いらしくて誰も……ね」
クルエラさんが苦笑いを浮かべながら理由を語ってくれた。あ、理由がすぐにわかりました。
確かにあのマスターは怖い。声が大きいし、身体もデカいし、顔も厳つい。
あんな風に怒鳴られてたらそりゃ誰も働きたがらない訳か。でもこの店の調理を二人で回すって凄い力量だと思う。
話を聞いていくうちに新メニューを作る上での条件が分かって来た。
揚げ物はダメ、そんでもって手軽に出来る料理を考えろってことだよな。
「そうだな……」
「モノ太、依頼を受注してきた」
「わっ! シロエ!?」
突然後ろから聞き覚えのある声が聞こえたので振り返ると、そこにはシロエが立っていた。
手に持っているのは紙。先ほどギルドの掲示板でチラリと見えたような紙だ。どうやらこの紙は依頼書のようだった。
シロエいつからいたんだろ? 全然気づかなかった。考え事をしていたからか?
「あら? 貴女はモノ太くんとは違ってどこかで見たことあるわよね?」
クルエラさんもシロエが居たことに気づいていなかったようで、シロエに尋ねている。
「私はこの街に住む冒険者。名前はシロエ。モノ太とパーティ組んでいる」
「あ、なるほど。どうりで。私の名前はクルエラよ。よろしくね」
「よろしく」
お互い、一緒の街に住んでいるからか面識はあるみたいだけどほぼほぼ初対面みたいだった。
彼女たちの自己紹介が終わったところでシロエが俺に尋ねる。
「アイデア出た?」
「まぁ一応。考えはいくつかあるんだけど」
「本当に!?」
俺の言葉に興味津々で俺をみつめてくるクルエラさん。
その彼女が声を上げた瞬間、お胸がバインっと揺れたのを俺は見逃さなかった。
「モノ太……」
そんな俺の様子を見ていたシロエがジト目で俺を見つめてきた。
や、やめろよ。そんな顔で見ないでよ。俺だって男なんだよ。仕方ないだろ! という意味を込めてシロエに視線を返す。
「で、アイデアってどんなのがあるの?」
「そうですね、例えば――」
俺が提案しようとしたとき、店の奥からあのお爺さん……いや、マスターが顔を出していた。
手には皿を持っており、その上には丸焼きにされた鳥が乗っている。
香ばしい匂いに、俺とシロエはごくりと喉をならした。美味しそうだ。あれが生肉だったらどんなに美味しいだろう――っていけないいけない!
マスターは先ほどまで居なかったハズのシロエを見て首を傾げていた。
「お前はさっきおらんかったハズじゃろ?」
「私はモノ太の冒険者仲間」
「モノ太が誰かは知らんが、要するにコイツの仲間か」
「は、はい、そうなんですよ。アハハハハ」
「まぁいい。お前も食べてみるがいい。この料理はな、題して! 【ポッポ鳥を焼いたやつ】じゃ!」
そのまんまだな……とは怖くて言えなかった。
「いただきますね」
取りあえずナイフでポッポ鳥を切り分けてシロエと二等分して食べてみる。
焼いたばかりだからか、アツアツで湯気が出ている。そこから美味しそうな匂いが漂っていた。
二人一緒に一口齧って、咀嚼する。
「美味しい」
シロエが呟いた。
その言葉通り、ゾンビの俺からしてもこの料理は美味しい。
まず強いのが肉の旨味だ。中に肉汁が詰まっていて、それが弾けるように口に広がりを見せる。
また、触感が面白い。硬すぎず、柔らかすぎずでいて噛みしめるほど味が広がる。
「美味しいですね」
と俺も素直な感想を漏らした。ただ何か足りない。えーっと何だろ?
あ、そうだ。胡椒だ。胡椒のアクセントを加えたらこの料理はもっとおいしくなるだろう。
「胡椒が効いてたらもっとおいしいかも知れないですね」
とそんな言葉を呟いてしまったのである。地雷であった。
俺はこの世界についてよく理解していなかったのだ。
「胡椒なんてそんな高級品、使えるワケ無いじゃろうが!!」
「え、え? あ、そうだった!」
そうだ。この世界は中世など昔の時代背景が窺える。
中世って胡椒などの香辛料関係は高級品なんだったっけ……? すっかり忘れてたんだけど!
「す、すいません! 忘れてください! 一度食べたことがあって合いそうだなと思っただけなので……!」
と適当に言い訳を述べる。シロエはマジで? みたいな表情で俺を見つめていた。
胡椒は日本だと普通にスーパーに売っているのです。シロエさん。
「ふん、生意気な小僧が。この店は高級な酒を仕入れるくらいが限界なんじゃ! 悪かったな!」
「いえ、そんなつもりはありません! すいませんでした!」
「ふんっ、まぁいいわ。……で、確かにポッポ鳥は美味いがもう一捻りほしい所なんじゃよ。お前さんにはアイデアがあるようじゃし、聞かせてくれ」
「はい……」
俺は席を立ちあがる。若干緊張からか声が震えている気がするが……仕方ないだろう。
俺が考えたアイデア、それは……。
「ここの酒場はお酒の種類が豊富です。だから私はポッポ鳥の酒蒸しというのを提案します」
「酒蒸し、じゃと?」
俺は新作メニューに、この酒場のメニューには無かった、酒蒸しを提案してみたのであった。
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