第八話 商店エリアを案内

 シロエに案内されながら商店エリアを巡っていく。

 商店エリアはどこか家の近くにあった商店街の雰囲気に似ているものがあった。


「野菜、美味しいよォ!! 特にこの玉ねぎ! 焼いて良し、スープで煮込んでもよし、生でもよしで食べ方は沢山あるよォ!!」

「今日は魚が美味しいよ! 何とシバキヌが2匹で50ガルド! お買い得だよ!」

「おっそこの姉ちゃん! 食ってかねぇか! 串焼きが美味いんだ!」


 皆、自身の商品を売り込むために声を張り上げて客寄せをしている。


 特にそういった行動をとっているのは八百屋だとか魚屋だとか、食べ物を扱っているお店が多いようで、新鮮そうな食材を店先に並べ、商品を売り込んでいた。

 いいなぁ、こういう雰囲気。

 近所の商店街もこれくらい活気があったのに、いつの間にか出来たスーパーに客を取られてしまい商店街が閉鎖してしまった時の衝撃は大きかったっけ。


 店で食材を売っている場所以外にも、その場で作って提供している出店なんかもこの商店エリアではよく見られた。

 特に串焼きを売っている出店から放たれる肉を焼く匂いは香ばしいものがある。


「モノ太、私は買わないから」

「あ、いやいや、見てただけだから気にしないで」

「そう」


 シロエは俺が串焼きを欲しそうな目で見つめていると思ったのか、そう忠告してきた。

 今のところは腹は減ってないので欲しいとは思ってないから! という意味を込めて首を横に振りながら答える。

 この商店エリアの食材売り場は結構多いらしく、至る所から活気のいい声が聞こえてくる。


 それはしばらく進んだ所でも聞こえて来たのであった。


「今日は活きのいい肉が入ったんだ! あのポッポ鳥だよ! お安くしとくよ!」


 そういう謳い文句をして客寄せをしているのは肉屋か。

 店先には大きな鳥が赤身を見せたまま紐で縛られて宙ぶらりんになっている。


「どうしたのモノ太」


 俺が肉屋の前で足を止めていると、シロエが俺の顔を覗いて尋ねてきた。


「いや、なぁシロエ」

「何?」

「肉買わない?」


 俺の言葉に何言ってるんだと言う顔で見つめてくるシロエ。


「何も買わないと言ったハズ」

「いや、だってさ。何か美味しそうなんですけど。このポッポ鳥ってやつ? 今日の晩御飯にでもどうかなぁなんて思ってさ」

「ポッポ鳥の値段を見て。1200ガルドもする。ポッポ鳥を食べるくらいなら、値段が安いシバキヌを買ったほうがマシ」


 1200ガルド……確かに吊るされたポッポ鳥付近に設置された値札には1200ガルドと表記されている。

 シバキヌって確か魚屋で売られていた小魚だっけ? 二匹で50ガルドの。

 だとするとシバキヌに比べて値段は24倍か。


「た、確かに高いけど……すんごく美味しそうなんだよ」

「そんなこと知らない。それに今日の報酬は全部で210ガルドだった。買えるわけがない」


 シロエはポーチから袋を取り出すと、中身を俺に見せつけてくる。

 じゃらじゃらと銅色に輝くコインが……およそ20枚くらいか?

 だとするとこの袋に入っている銅貨1枚につき10ガルド……。とてもじゃないが買える金額には達していないということが分かる。


「ほ、他の所持金は?」

「そんなもの、限りなくないに近い。その日の夜ご飯の食材代で大体消えるから」

「えええええっ!」


 衝撃の事実だ。

 シロエさん、一日のゴブリン討伐報酬で一日を生活してんのか!?


「それにモノ太の街の入場料だって払った。これ以上モノ太の分を負担するとなると、破綻――」

「ああああああ! いや……本当にごめんなさい! これ以上何も言いません」


 そうだ。今の俺、シロエに頼りっきりなんだよな。

 お金がない俺のために入場料も払ってくれたし、今着ている服だってシロエの父親のものだし、今だって街を案内してもらっちゃってるし!


「おい、そこのちびっ子と兄ちゃん? 店の前で変な物見せつけないでくれるか? 商売の邪魔なんだが」

「す、すいません……」

「ちびっ子じゃない」


 怒られてしまいました。

 俺とシロエは逃げるように肉屋から離れる。


「……でも肉が喰いたいんだよな。はぁ……」


 とぼとぼと歩きながら項垂れるようにそう呟いていた。

 ゾンビになってしまった代償は大きいようだ。

 何て言うのだろうか……こう、お腹は確かに空いてないんだけど肉を見ただけで肉が食べたくなってくる感覚がするんだよ。

 まぁ美味しそうだと思った肉に限った話だと思うが、あのポッポ鳥、肉の形がクリスマスなどでよく見られる七面鳥の丸焼きのような形に似ていた。


「こりゃマズいぞ……。肉を見ただけで肉が食べたくなるなんて」

「モノ太、肉が食べたい?」

「あぁ……味覚もあるし、普通の食事も食べられると思うんだけどさ、肉……いや、生肉が食べたいんだよ。クソッ、何で生肉が食べたいって思っちまうんだ……?」

「それは多分、スキルが影響しているから。そんなに肉が食べたいなら付いてきて」

「え?」


 宛てがあるのだろうか? シロエに連れられて向かった先は食材売り場から少し離れた場所だった。

 というか、ギルドからそう遠くない距離だ。

 先ほどの食材売り場には食材求めてやってきていた主婦が多く見られたが、ここは男女入り混じって賑わっている。

 見れば、近くに見える店には剣の模様が掘られている店がある。他にも薬瓶のような模様もあれば見たことないような模様まで掘られているし、ギルドの酒場とは違う雰囲気の酒場も見えた。


「えーと、ここは?」

「【冒険者の拠り所】と呼ばれるエリア。あの剣のマークが掘られている店は武器屋だったり、薬瓶は薬屋だったり。他にもここは冒険者がよく利用する店が多い」

「へぇ……」


 冒険者の拠り所か。

 でも何でここに連れて来たんだろ? シロエのやつ。


「ここに用がある」

「ここって……酒場か」


 シロエが連れて来たのは少し大きな建物で、【妖精の酒場】という店名の酒場だった。

 店の入り口は不自然に大きく『CLOSED』と書かれた札がかかっており開いていない、なんでも営業時間が夜からの酒場らしい。

 入り口の窓から覗いてみると、店の中は洒落ていて小奇麗だった。


「ここの酒場がどうしたんだよ」

「ここの店主が今スランプと言う話を聞いた。新メニューについて悩んでいるらしい」

「……えーと、どういうことだ?」

「そういう依頼が10日くらい前に貼りだされていたのを覚えて居る。アイデアがほしいらしい」


 えーと、つまり。


「新メニューについてのアイデアを出して、金を貰おうってことか?」

「そう。それにもしかしたらお肉を分けてもらえるかも」

「い、いやいやいや……。無理でしょ。酒場の新メニューのアイデアなんて」

「大丈夫。普通、依頼は失敗したら違約金が発生するけど、この依頼に関しては失敗してもこの依頼は違約金が出ないからお得。何人もの冒険者がチャレンジ気分で挑んでる」

「何人ものって……」

「全員失敗した」

「それ、俺たちが出来るとは思えないんだが」

「たち? 私は料理、ちょっとしか出来ないから戦力にならない。けど大丈夫」


 何処にそんな根拠があるんですか? シロエさん。


「モノ太には料理スキルがあるから。じゃ、私は依頼を受注してきてあげる」

「えええええええ、てか街の案内は!?」

「……いつでも出来る。私もお肉食べたい」


 ちょ、本音が零れてるんですけど!?

 どうやらシロエも肉が食べたかったみたいだ。だから案内を中断して依頼を受けるってか。

 というかこれって冒険者の仕事に含まれているのかね?

 ……そう言えば冒険者ってアンジーさん曰く『何でも屋』らしいからこんな依頼があっても変ではないのか。


「まぁ、しょうがないよなぁ。これも肉のため、あとは働くってことを実感しといたほうがいいのかも」


 俺は高校生で、高校自体バイト禁止だったから働くということを知らないでいる。

 明日から本格的に魔物の討伐に出向くみたいだし、こういった経験もしておいたほうがいいだろう。

 初依頼が新メニューの開発のアイデア出しに決定した瞬間だった。


「それじゃ、やりますか。でも何処から入ればいいんだろ……? すいませーん!」


 シーン。店内に誰かが居る気配は無い。


「いないのか? すいませーん! 依頼に来ましたー!」


 ドンドンドンと扉を叩いてみる。すると、店内から人影が現れた。


「じゃっかましぃ!!」

「!?」


 とてつもなくうるさい声に、一瞬鼓膜が破れたんじゃないかと思うくらい大きな声だった。

 耳がキーンとなる。

 俺は恐る恐る声の主を見る。大男であった。多分軽く身長2メートルは越している大男、のお爺さん。

 酒場の入り口が大きい理由が分かった。店主らしきこの人が大男だからそれに合わせて大きく作られているのだ。


「え、えーと、冒険者なんですけど、新メニュー悩んでいるらしいじゃないですか。何かアイデアをと思いまして」

「まあああた冷やかしか! 一回依頼を出したら確かに集まったが、どれもくだらん物ばかりじゃった! もうお前らは呼んでおらん、帰っとくれ!」

「ええ、でももしかしたら新メニューのヒントになるようなアイデアがあるかもしれませんし……」

「なんじゃお主。えらい自信があるのぅ。そこまで言うなら何かアイデアがあるんじゃろうなぁ?」


 こ、こえええええええええ!!!

 このお爺さん、あのギルドマスターと一緒でオーラが他の人よりもはっきり見える。

 こりゃ、相当な実力者だぞ。下手に逆らったら……どうなるか。


「そ、それは分かりませんけど……頑張りますので」

「そうか、なら入れ。アイデア、言うてみろ」

「は、はい」


 俺はお爺さんに肩を掴まれて酒場まで連れていかれることとなった。大丈夫なのか? 俺?

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