第七話 ギルドカード

 ギルドカードは輝きを増していき、徐々に文字を浮き出していく。

 なんとも不思議な光景だ。これも魔法による技術なのだろうか。

 この世界の技術もあなどれませんなぁ。


「はい、終わったわよ。これがあなたのギルドカード。初回は無料なんだけど、落としたり無くしたりしたら再度発行するのに料金が必要だから注意してね。でも指、本当に大丈夫?」

「あ、はい。分かりました。大丈夫ですよ」


 出来上がるまであっという間だった。

 アンジーさんからギルドカードを差し出され、俺は出来上がったばかりの物を見つめる。

 ギルドカードに描かれていたのは書類に書いたような項目の情報と……あれ? ふと気になる項目を見つけた。


「レベル?」

「そうそう、ギルドカードにはモノ太くんが書類に書いたような内容だけじゃなくて『レベル』の項目もあるの。レベルって何かわかる?」

「何となくは分かるんですけど……一応教えてくれませんか?」


 よくRPGゲーム等をしてたから、言葉通り何となくは分かるんだけど、曖昧にしか理解していない。

 レベルなんて言葉があるんだ。この世界はどことなくゲームの世界に似ている。

 でも語弊があってはいけないと思い、一応聞いておこうと思った。


「なら説明するわね。人とは様々な経験をすることで己を強くする生き物なの。例えばそうね。冒険者で言うと技術を進歩させるために武器を扱う訓練をしたり、魔物なんかの生き物を殺したりが挙げられるわ。そう言った『経験』の値のことを私たちはそのまま『経験値』って呼んでるの。勿論それらは普通、目で見えるものではないわ」


 アンジーさんが、俺の持っているカードの一部を指差した。


「で、レベルは経験値の吸収に応じて上がっていくの。このレベルって言うのは簡単に言うと強さの目安ね。数字が上がれば上がるほどその人は成長することが出来るし、高ければ高いほどその人は強くなれる。ぜひ頑張ってレベル上げして頂戴。ただ、レベルが高ければ高くなるほどレベルアップしにくいから気を付けてね」

「成程、ありがとうございます。レベルについて分かりました」

「ちなみに私の旦那さんのレベルは78! 超強いんだから」


 彼女の言葉を聞いて俺は自身の数値を見る。2だった。

 アンジーさんの旦那さんのレベルは俺の39倍あるらしい。


「ちなみに私は18」


 シロエが自慢するかのように俺にカードを見せびらかして来た。

 うぬぬ、18か。俺の9倍もある。……てあれ? そういえばシロエのカードの色は灰色だ。


「シロエのカードは灰色なのに、俺のは茶色だ。もしかしてギルドのランクで色が変わってるんですか?」

「あ、そうね言ってなかったわね。モノ太くん正解! モノ太くんの言う通り、ギルドのランクによってギルドカードの色が変わるの。モノ太くんは冒険者になりたてのクズ級だから『茶色』。シロエちゃんは鉄級だから『灰色』と言ったようにね。ランクには下からクズ級、鉄級、黒鉄クロガネ級、ブロンズ級、白銀シルバー級、黄金ゴールド級、白金プラチナ級の七種類があるの。冒険者の大体が黒鉄か銅と聞くわ。銀級になるとその数は少なくなっていって、金級まで行くと限られた人しかいないみたい。白金級なんて一握り」


 ランクは全七種類、並び方から考えるに鉄の価値で段々とランク付けされているっぽいな。

 でも疑問に思ったのだが何で一番最初のランクが『クズ』なんだろう? ひど過ぎじゃない?


「ちなみによく言われるんだけど『クズ級』の『クズ』って『屑鉄くずてつ』から来ているみたいだから、そこまで気にする必要はないわ。黒鉄級までは一定数の依頼を受けることでランクを上げることが出来る。だから依頼を受けてたら『鉄級』くらいにはすぐなれるわよ」


 俺が疑問を尋ねる前にアンジーさんが説明してくれた。

 なるほど、屑鉄級を短縮してクズ級と言っているのか。


 ……て、いや! 納得できませんけど! これって身分証にもなるんだろ? 門番に見せる時に「こいつクズか」って思われるんじゃない!? それだけは嫌だ!

 せめて早く鉄級になろうと決意する俺である。

 そんな俺の心境を知らずしてか、アンジーさんは言葉を紡いでいた。


「そうそう、私の旦那は黄金級なのよ。すごくない?」

「は、はぁ……凄いですね」


 なんかアンジーさん、一々旦那自慢を入れてない?

 まぁ、身内の人を自慢したくなる気持ちは分からなくもないが。

 金級なんて上から二番目らしいし、そのランクに就いている人も少ないらしいから自慢したくなるのかも知れない。


 そんなアンジーさんを他所に俺はギルドカードを観察する。

 表にはほかに気になる点は無かったので裏を向けてみると、これまたゲームで見たことのある単語を見つけた。『スキル』という項目だ。


「スキル?」

「あ、スキルね。この項目は自分に宿っているスキルを見ることが出来るわ」


 アンジーさんは説明を続ける。


「スキルとは……いわば神様から与えられた才能みたいなものかしら。自身に合ったスキルを神様が選んでくれるらしいの。スキルの恩恵は凄くてね、持っているのと持っていないのとでは技術が違ってくる。それにスキルにもレベルがあるやつとないやつがあってね、スキルレベルは5が上限らしいんだけど、高ければ高いほど、その人の持つ技術は凄まじくなるの」

「へぇ……神様から与えられた才能、ですか。そのスキルレベルってやつも経験値であがるんですか?」

「それはまだハッキリとは分かってないみたい。今一番有力なのは『スキルを使用し続けること』らしいけど、うちの旦那曰く、己の力を信じ、努力あるのみだって」


 アンジーさんの旦那さんは努力家なのだろう。てか一々説明に旦那さん入れてくるとか本当に愛されてんな、旦那さん。

 こんな美人さんに愛されてるとか羨ましいすぎるぞおい!


 そんな俺の妬みはさておき、俺は自身のスキルに目を通す。

 俺が取得していたのは≪武道Lv2≫と≪剣術Lv2≫、あと≪料理Lv1≫と≪言語理解≫、あとは≪投擲Lv1≫に……固有スキル≪捕食≫だった。

 武道と剣術は分かる。習っていたからな。料理に関して言えば親の帰りが遅かったこともあって自分で料理してたからこれも分かる。俺の趣味にもなっていたから、ついたのだろう。


 言語理解は多分、俺がこの世界の言葉や文字が理解出来る理由だと思う。

 なるほど、何で見たことも無い文字が理解できたのか……これで納得がいった。


 でも投擲と捕食とは一体何だ……?

 いや、意味はなんとなく分かる。投擲は物を投げることで、捕食は生き物が餌を食べること……だったっけ。

 でも自身に関連付くようなことは……。


「あっ」


 そう考えていたとき、ふと思い出していた。


『スキル対象を≪捕食≫しました。スキル≪投擲Lv1≫を獲得しました』


 というあの無機質な声を。

 あの時の声が聞こえてきたのは確か、俺が無意識にゴブリンを喰らっていた時だ。

 捕食、ということはつまり、あの時の行動が≪捕食≫であるのならば≪投擲Lv1≫を獲得した理由ってつまり……。


「どう? 面白そうなスキルとかあった?」


 考え事をしているとアンジーさんが俺に問いかけてきた。

 こういうことは専門家であるアンジーさんに聞いてみた方がいいのかも知れない。

 俺は苦笑いを浮かべながら彼女に質問する。


「俺のスキル項目に、固有スキルってものがあったんですけど……アンジーさんは何か知ってますか?」


 俺の言葉にアンジーさんの目はパチクリとし始める。


「固有スキル……て。本当に!? あったの?」

「えーっと、はい。見ます?」


 俺はギルドカードをアンジーさんに手渡そうと差し出そうとしたその時!

 シロエはパッと俺の手からカードを奪い取るとスキル項目を一読し始めたのであった。


「あ、ちょっと! シロエ!」

「モノ太。スキル項目は冒険者にとって手の内のようなもの。それがたとえ受付嬢であっても簡単に見せるものでは無い」


 え、そうなの? とアンジーさんを見つめると、彼女は頷きながら答えた。


「そうね。確かに冒険者はあまりスキルを見せたがらないわねぇ。仲間内ではスキルを見せ合うらしいんだけど……あ、そうそう、パーティ募集の際に自身の力を誇示するためだとかにもスキルは見せ合うわね」

「そういうものなんですか」

「そういうもの。だから簡単に見せたらダメ」

「シロエは普通に見てるじゃん……」

「私はいい」


 シロエは俺のスキルを確認し終えたのかそのまま返却してきた。

 俺はそのままアンジーさんに見せようとしたが……シロエの視線によって止められる。


「バレる」


 俺だけが聞こえるくらいの小さな声で彼女は呟いた。

 ……なるほど、このスキルを見せちゃダメって理由が分かった。


「やっぱりシロエの言う通り、見せないことにします」

「ええええ、いいじゃない! いけず~」

「すいません」

「まぁ仕方ないわ。でもねぇ、大抵このことを説明したのにも関わらず新人さんって、自分にスキルがあるって分かると自慢するのよね。私、そういうの見るの楽しみにしてたんだけど。特にモノ太くんって固有スキル持ってるらしいから、どんなスキルか気になったんだけど……」


 うおっ、俺は今、美人さんの腹黒さが見えた気がした。


「アンジーはそういう所がダメ。旦那の見てればいい」

「旦那のは言わなくても見せてくれるから見飽きちゃったのよねぇ……まぁ、モノ太くんの判断は正しいのよ。私たち職員も本人から許可がないと見ちゃだめって規則があるから」

「はぁ……」

「ちなみにまだ説明してなかったわね。表面おもてめんの情報は隠すことが出来ないんだけど、スキル項目は隠すことが出来るの。カードの持ち主がカードを持ったまま『隠せ』と念じることで隠すことが出来るわ。それで隠してちょうだい。再度表示させるには『表示』と念じればスキル項目が復活するから」

「分かりました」


 ふぅ、どうやら本当に見せなくて正解だったらしい。シロエに感謝だな。

 俺はさっそくカードの機能を試すことにした。


(隠せ)


 カードを持ったまま念じてみる。

 おぉ! いつの間にかカードに書かれていたスキル項目が消えていた。


(表示)


 と次に念じてみる。するとアンジーさんの言葉通りスキル項目が復活していた。


「何か面白いですね」

「そう? あ、そういえば固有スキルについて説明してなかったわね。そろそろ説明してもいいかしら?」

「あ、お願いします」


 スキル項目を再度隠す。


「じゃ説明するわ。固有スキルとは、簡単に言うとその人が予め持っていたとされる才能のことよ。しかも普通のスキルと違って努力じゃ絶対に手に入れることが出来ないスキルだから、固有スキルを持っている人はかなり珍しいのよ」

「そうなんですか」

「そうよ。それにここだけの話なんだけど、固有スキルを持った人の方が冒険者として上のランクに行きやすいらしいわ。かくいう私の旦那も――」

「ああああ、固有スキルについてわかりました! ありがとうございます!」


 あっぶね。また旦那自慢が始まる所だったよ!!

 これ以上俺の妬みを増やさないでほしいものだ。


「そう? モノ太くんの固有スキルも冒険者として成長させてくれるスキルならいいわね。さて、これでギルドカードについては一通り説明したと思うんだけど……他に分からないことは無い?」


 これでギルドカードの説明は終わりのようだ。

 ふーむ。他に分からないことね……。あ、そういえば。まだ分からないことが二つほどある。


「二つあるんですが、いいですか?」

「何でもいいわよ」

「じゃ、まず一つ。スキルの詳細ってどうすれば分かるんですか? 俺の今所持してるスキルは文字を見れば何となく理解出来るんですけど……」

「ああ、言ってなかったっけ? それは……この本を見ればわかるわ」


 そう言ってアンジーさんがカウンターのどこかしらから取り出したのは分厚い本であった。

 500ページはあるのではないだろうか? 古い本なのか、少し痛んでいるように感じられる。


「結構分厚い本ですね……これ、何ですか?」

「【世界のスキル辞典】」

「辞典!?」

「そう、スキル研究者たちが丁寧に記した本を模写したものよ。模写した本自体貴重でね、かなり高価なんだけどウチのギルドマスターがこういうの集めるの好きらしくて、二冊あるの。一つは私たち受付嬢が共有してるこの本と、もうひとつはギルドの二階にある資料室に置いているわ。冒険者ならば無料で見ることが出来るから必要があれば見ることをお勧めするわ。まぁ、スキルってモノ太くんの言う通り文字を見れば何となく理解出来るし、もし分からないスキルがあっても私たちに尋ねる人が多いから見てる人は少ないと思うけどね。ちなみに固有スキルについても書かれてあるから見てみるのもいいかも」


 なるほど、じゃあ後で資料室に行って≪捕食≫について調べてみるか。


「さて、もう一つの質問って何かしら?」

「もう一つはステータスについてです。ステータスって何処に書いているんですか?」

「ステータス?」


 何を言っているのか分からないと言った顔で俺を見つめるアンジーさん。

 あれ? この世界、レベルやスキルの概念があるし、どことなくゲームの世界に似ているからか、ステータスの概念もあると思ったのだけど。


「え、えーっと、ステータスとは、多分自身の能力を数値化した値……だと思うんですが」


 これは一応、曖昧なゲームの知識である。


「何言ってるのモノ太くん、自身の能力を数値化しているのはレベルじゃない! レベルの高さが能力の強さなのよ」


 返ってくる答えに唖然とした。本当に知らないようだ。

 アンジーさんの言葉から推測するに、どうやらこの世界はレベルやスキルの概念はあるもののステータスの概念がないと言う変わった世界なのだろう。


「そ、そうですか……ありがとうございます。質問は以上です」


 なんとも不思議な世界に転移したものだ。

 けどまぁ、他には特に気になることが無かったので俺は礼を言うとギルドカードを手に取ってポケットへと仕舞った。


「さて、これでモノ太くんは冒険者になったわけだけど……。シロエちゃん、まだ時間的には早いけど、早速パーティ組んで、森に行く?」

「今日はモノ太を街の中で案内するから行かない。明日にする」

「え、そうなの!?」


 シロエの言葉に俺は驚いてしまった。

 てっきり今から仕事に行くのかと思っていたが……案内してくれるのか。俺もこの世界の街を知りたかったからな。かなりうれしい。


「早速案内する」

「え、今から? でも資料室で『あのスキル』について調べたかったんだけど」

「大丈夫」


 何が大丈夫なのか、彼女に引きずられるまま冒険者ギルドの出口に行く。


「いいわね、じゃ、楽しんでらっしゃい~」


 アンジーさんは笑顔で俺たちに手を振りながら見送ってくれていた。

 冒険者ギルドの外に出ると、太陽の陽ざしが眩しく感じられた。


「あのスキルについて調べたかったんだが」

「……あのスキルについては夜説明するから安心して。ここじゃ人が多い」

「知ってるのか? 俺のスキルについて」

「知っている……。私、あの辞典記憶してるから」


 あの分厚いのを記憶してるの!? どんだけ読み込んだのだろうか。

 嘘をついている風には見えないし、本当のことなのだろう。


「取りあえず、今は街を案内する。何処か行きたい所は無い?」


 シロエに尋ねられて考える。

 また夜に説明してくれるって話だし、今は素直に案内されよう。行きたい所か。そうだな……。


「この商店エリアを案内してほしい」

「分かった。でも私は何も買わない。案内だけだから」

「…てそりゃそうだけどよ、武器はどうすればいいんだ? 冒険者って言ったらやっぱり武器――」

「貴方には武術のスキルがある。欲しいならお金を貯めて自分で買って」

「……へいへい」


 そうして、俺とシロエは冒険者ギルドを後にするのであった。

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