第六話 美人な受付嬢(人妻)

 受付のカウンターには四人のギルド職員が座っていた。

 全員、薄緑色の服に身を包んでいる。酒場のウエイターさんも薄緑色の給仕服に身を包んでいるし、薄緑色がこのギルドのイメージカラーみたいだ。

 それに、受付嬢、全員かなりの美人さんなんですけど。俺は受付嬢たちに目を奪われる。


「モノ太鼻の下、伸びてる」

「はっ、伸びてない! いや、受付嬢って美人揃いなんだな……って思ってさ」

「確かにライフのギルドの受付嬢は皆美人。だけど残念ながら全員子持ち。しかも、旦那さんは有名な冒険者だから誰も手を出せない」


 あ、人妻なんですか。

 しかも有名な冒険者ってことは相当強い人に違いない。そんな人が旦那ってことは彼女たちは強い冒険者の奥さんってわけだ。

 手を出したら殺されるってことね。成程。考えてるね、冒険者ギルド。


 受付は今が昼時だからかいているみたいだった。

 シロエは一番右端の受付に行く。俺も彼女についていって右端の受付まで行った。

 右端の受付嬢のお姉さんは……胸がすんごいおっきくて美人さんじゃん。結婚した冒険者さん、羨ましいっす。


 受付嬢はシロエの姿を見ると、あらシロエちゃんと、話しかけた。

 その顔は何だか申し訳なさそうな表情を浮かべている。


「いらっしゃい、シロエちゃん。ゴメンね。助けてあげたかったんだけど私には力がないし、生憎旦那は今出ててね」

「……慣れてるから問題ない。それにモノ太もいた」

「そうそう気になってたの! シロエちゃんを助けてくれた彼! ギルドじゃあ見たことないわよね? どこの誰? 一体どうしたの?」


 美人な受付嬢が俺に目を向ける。俺は軽く会釈えしゃくした。


「外で拾った」


 淡々と言うシロエに、受付嬢は頭に「?」を浮かべている。

 ま、そりゃそうだ。外で拾いましたとか言われても意味わからんよな。

 でも答えとしては合っているので何も言えない。俺は鼻の下を伸ばさないように無言を貫く。


「へぇ……そうなんだ? 拾ったのね」

「そう、それで彼にギルドカードを作ってほしい」

「了解、でも登録までに時間がかかるけど……今日もゴブリン狩ってきたのよね? 清算しておく?」

「隣でやるからいい」

「……大丈夫なの?」

「大丈夫」

「そう、だったらモノ太……さん? ちょっとこっちに来てくれないかしら?」


 俺は受付嬢に呼ばれ、彼女の元に駆け寄った。シロエは隣に清算に行ったみたいだ。

 ポーチからゴブリンの耳が詰まっている袋を取り出したのを見るに、ゴブリンの討伐証明である耳を見せて、その分のお金をもらうのだろう。


「ようこそ、冒険者ギルドへ。私は受付のアンジーと言います。よろしくね」


 受付嬢が自己紹介をしてくれたので、自分も自己紹介をする。


「赤司モノ太です。赤司が姓でモノ太が名前です」

「聞いたことない名前ね。それにまさか姓があるなんて珍しいわ。どこかの貴族の方かしら?」

「貴族?」


 貴族。日本ではあまり聞かない単語だ。

 貴族とは特権を備えた名誉や称号を持ち、それ故に他の社会階級の人々と明確に区別された社会階層に属する集団を指す。って何処かのサイトに載ってたのを覚えて居る。

 つまりはこの世界には階級制度は存在するようだ。

 ま、考えてみればそうだよな。ここは『ライフ』という街だが、ガルド王国と呼ばれる国に属している街なのだ。

 王国ってことは国王様が居るわけで。当然、王族は存在する。王を支える貴族だって居るハズだ。すなわち階級制度が存在するのだろう。


 もしかしたら奴隷なんていう制度もあるのかも知れない。わかんないけど。


「えーっと……違いますよ! 俺の住んでいた故郷は姓をつけるのが常識なんです」


 一応、貴族か? という質問を否定しておく。


「へぇ、そうなの。そんな地域があるなんて聞いたことないけど……まぁ、そんな古い服を着ているんだもの。貴族なわけないか」


 するとアンジーさんはずいぶんあっさりと信じてくれた。

 でも信じ方にちょっと棘があるよな……この服、シロエのお父さんの服なんですけど。

 俺が内心ちょっと傷ついていたとき、アンジーさんがカウンターに設置してある引き出しから一枚の紙を取り出した。


「では。冒険者になりたいのならわかってるとは思うけど、一応冒険者について説明するわね。冒険者という職業は12歳以上であれば誰でもなれる職業よ。ただし、その仕事内容は様々で、街の清掃という身近なものから街の外に蔓延る魔物の討伐、と言った命の危険が伴う仕事までさまざまにあるわ。こう言ってしまえばなんだけど、要するに『命の危険がある何でも屋さん』ね。だから冒険者になるにはそれくらいの覚悟でお願いするわ」

「命の危険……」

「そう。それに、たとえモノ太くんが依頼途中に死んだとしても冒険者ギルドには一切の責任は無いわ。勿論、誰かのせいでもない。……すべては自己責任よ」

「……はい、わかりました」


 多分、今アンジーさんが頭に思い浮かべているのはクリフさんかシロエだ。

 俺は彼女の言葉に頷いて答えた。

 そんな俺の言葉にアンジーさんは笑顔を浮かべる。


「それじゃあギルドカードを作成するから、こちらの書類に必要事項を書いてね」

「必要事項」

「ええ、ギルドカードは身分証になるから、記入漏れが無いようにお願いするわ」

「は、はぁ……わかりました」


 そう言ってアンジーさんに手渡された紙に目を通す。

 ここは日本では無い、異世界だ。だから当然文字は日本語では無いのだろう。

 俺の読みは正しかったようで、そこに書かれていたのは当然日本語では無かった。

 英語でもアラビア語でもない、全く別の言語だ。


(あれ……? でも読める?)


 けれど目を通していくうちに、紙に書いてある文字が不思議と理解出来たのである。

 書かれていることは日本語ではない。けれども描かれている文字列の意味は理解出来る。

 思えば、ここは異世界のハズなのにシロエをはじめ、アンジーさんやフレイさんとも日本語で会話を成立させることが出来ていた。

 何故なのだろうか? しかも書面に書かれているような、書いたことも無い文字だって今の俺には不思議と書くことが出来ると思う。何だか自分が怖くなってきたんですけど……。


「あれ? モノ太くん。固まっちゃってどうしたの? 文字、書けないとか?」

「あ、いえ……大丈夫、なんでもないです!」


 あまりにジロジロと書類を見ていたのでアンジーさんに心配されてしまった!

 俺は顔を若干赤くし、苦笑いを浮かべながら再度上から注意事項を目に通すことにした。

 この世界にはボールペンは無いようで、俺はカウンターに置かれていた羽ペンを手に取りインクを付けて注意事項を書き始める。


 書類に書く内容は簡単で、名前、身長、体重、年齢、出身地くらいのものだった。

 赤司 モノ太、身長と体重は……4月に測った健康診断の記録でいいか。69キロに173センチっと。で、年齢は17歳。出身地は……日本でいいか。

 それらを記入し終え、アンジーさんに渡す。


「はい、確かに確認したわ。日本、ね……聞いたことない所」

「まぁそうかもしれません。……ここからかなり遠い場所だと思います」

「分かったわ。今からギルドカードの準備するのでちょっと待ってね。……あ、そうだ。ちょっとモノ太くんと話したいことがあるんだった」

「なんですか?」

「ちょっと待ってて」


 アンジーさんはカウンターを離れ、近くを通りがかったギルド職員に声をかけてから俺が書いた書類をその職員に渡すと、戻って来た。

 そして俺と向き合う。話したいことって何なのだろうか?

 まさか俺に惚れちゃったとか? いや、でも相手は人妻だし、雰囲気的に違うか。

 アンジーさんが口を開く。


「シロエちゃんと一緒にギルドに来たってことはパーティ、組むんでしょ?」


 ……話したいことというのはどうやらシロエのことらしい。

 パーティって行動を共にする仲間ってことだよな?

 俺は頷きながらアンジーさんの質問に答えた。


「一応、シロエを手伝う約束をしてるんでパーティ組むと思います」

「そう? 本当に? 良かった! 本当、良かったわ」

「えーと? どういう意味で?」


 彼女はまるで自分のことのように喜んでいた。アンジーさんが何で喜んでいるのかが分からず、俺は疑問に思う。

 アンジーさんはシロエに聞かれないようにするためか、声を抑えながらシロエについて語ってくれた。


「シロエちゃんね、冒険者になってもう4年が経過するの」

「4年ですか」

「そう、それも一人で。冒険者って危険な仕事だから、皆各自役割を持って3~5人のパーティを組んでいるのよね」

「……確かに、ここのギルドに居る人達は皆仲間といますね」


 酒場では4人グループの男たちが上機嫌になりながら酒を飲んでいるし、依頼が貼られているのだろう、掲示板の前にも3~5人の集団が自分たちの依頼を決めているように見える。

 一人で行動している人は誰も居なかった。シロエを除いて……。


「パーティを組んだ方が明らかにメリットがある。ランクも上がりやすいし、その分報酬がいい依頼を受けやすくなるから、ソロなんて人、本当に極僅かなの。まぁシロエちゃんに至っては特殊すぎるんだけどね」

「ランクって……」

「また後でちゃんと説明するけど、冒険者には実力別にランク付けされているの。下はクズ級から上は白金プラチナ級までね。シロエちゃんは鉄級、下から二番目のランクよ」


 4年のキャリアで下から二番目か……。

 クリフって人もシロエが鉄級だと言うことについて馬鹿にしていたし、相当低いランクだと思われる。


「シロエちゃん、4年間もゴブリンと戦い続けているから実力はついているの。でも身長は小さいし、表情とかあまり出さないし、ほら口下手じゃない? あの事件の後、最初は彼女をパーティに入れてあげようとした人は居たのだけど、気が合わなかったらしくてすぐに外されちゃっててねぇ。それからパーティが組めないままなのよね。恐怖? というか一度死ぬ恐怖を味わっちゃったから強い魔物とかと戦えなくて」

「……そうなんですか。だから今のままのランクって訳ですか」

「そう、だからシロエちゃん、自分でも簡単に倒すことが出来るゴブリンで生計を立てているのよ。でもあの男が文句言っているでしょ? そのせいで余計にパーティ組みづらくなってて。だから貴方の存在はかなり助かるの。もしかしたらシロエちゃんも冒険者として活躍できるかもって」


 アンジーさんがシロエのことを話す時の表情はまるで我が子を思う母のような表情だった。

 それくらいシロエのことを心配していたのだろう。


「でも……俺、弱いかもですよ?」

「大丈夫よ。あのクリフを倒してたし、かなりの実力があると見たわ」


 アンジーさん、あなたの目は多分間違っていると思います。

 シロエに勝てないクソ雑魚なんですが。俺……。


「まぁ、弱くたって強くなる方法は沢山有るし。今、シロエに必要なのは支え合える仲間なの」

「……はぁ」


 支え合える仲間と言われましても……。

 俺は彼女と契約しているに過ぎないのである。

 自分は無害なゾンビだから数日間様子を見て欲しい、でも、もし俺が人を襲いそうになったら殺してくれ、といったそんな奇妙な契約を。

 俺はアンジーさんの話を聞いて、内心複雑だった。


「それに今日のシロエちゃん、何だか嬉しそうに見えるわ」


 そう言って、アンジーさんはじゃらじゃらと言わせている袋を手に持ってこちらに向かってくるシロエを見て微笑む。

 嬉しそうか? 俺には無表情にしか見えないが。

 それか嬉しそうに見えるのはお金を持ってるからじゃないか? なんて思うのは無粋なのかも知れない。


「終わった?」


 シロエが無表情のまま聞いてくる。


「まだよ。書類を書いてもらったから、ギルドカードを発行しているの……あ、丁度来たわ」


 先ほど見たばかりの薄緑色の制服を身に着けたギルド職員さんが何やら免許証くらいの大きさの茶色いカードを持ってきた。

 アンジーさんはそれを受け取り、その職員さんに感謝の言葉を述べた後、受け取ったカードをカウンターの上に置く。

 そこには何も書かれていない、新品のカードがあった。

 これがギルドカードのようだ。身分証でもあるのだろう。


「何も書かれて無いですけど」

「そりゃそうよ。貴方にはこのカードに血を垂らしてもらわないと、本人登録が出来ないの」

「え!? 血、ですか?」

「何? どうしたの?」


 血と聞いて、俺は今日の出来事を思い出していた。

 そう、かなりの量の血を俺は流しているのである。俺が生きているのはゾンビだからだ。

 今俺の身体に流れている血の量は一体どれくらいなんだろうか? 大丈夫なのかな?


「い、いや、なんでもないよな、シロエ」

「うん」

「あ、まさか――」


 え? 何、バレた?


「血が怖いとか?」

「え、あーそんなことないですよ! な、シロエ」

「うん」

「何でシロエちゃんに聞くのか分からないけど……はい、針山。ちょっと刺したら血が出ると思うわ」

「わかりました!」


 俺は念のために思いっきりブッ刺してみた。

 アンジーさんが驚きの表情で俺を見つめる。確かにブッ刺し過ぎたかもしれないが痛みは感じないし、別に気にしない。

 針山から指を引き抜くと、血が流れた。ふぅ、安心。


「血が出ました」

「軽くでよかったのに大丈夫なの!?」

「平気ですよ! で、ギルドカードのここに流せばいいんですよね?」


 アンジーさんは驚きの表情を隠しきれずに頷いたのを見て、俺は指示通り、ギルドカードに血を流した。

 その直後、ギルドカードが光り出す。それは傍から見ると淡い、神秘的な光であった。

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