第五話 冒険者ギルド

 俺たちは再び商業エリアに戻ってきていた。

 やはりシロエが住んでいる農業エリアや住宅エリアに比べて、こっちはかなり人が賑わっている。

 血だらけの目立っていた服から着替えたからか、最初にこの街に来た時に浴びていた視線は今では感じられなかった。


 こう、改めて街の様子を見ると、やっぱりここは異世界なんだなと思い知らされる。

 行きかう人たちはシロエをはじめ、日本みたいに髪の毛の色が黒で統一されていない。金や茶色は勿論のこと、青や赤、緑なんて人も居る。

 逆に黒色の髪の毛のほうが珍しいくらいだ。

 そんな人たちの中にはケモ耳の人も居れば、耳が尖っている男の人なんかも見かけた。多分、耳が尖がっているのはエルフだ。かなり顔立ちが美形だった。

 かなりおモテになるのだろう。うーむ。羨ましい。


「着いた」


 シロエが唐突にある建物の前で足を止める。

 見ると、そのレンガ造りの建物はめちゃくちゃ大きかった。

 建物の真ん中には盾と剣が掘られたエンブレムが飾られている。


「えーと、ここは?」

「ここは冒険者ギルド。私たち、冒険者の仕事を斡旋したり、支援したりしてくれる場所」


 つまりハロワみたいな感じなのだろう。異世界の。


「冒険者って、あれだよな? 魔物の討伐を仕事にしてるっていうシロエの職業……」

「そう、でも正確には魔物の討伐が主な仕事じゃない。人の依頼を受けて薬草を採取したり、道中魔物や盗賊に襲われないように誰かを護衛したりするのも冒険者の仕事」

「へぇ……」


 冒険者ねぇ。みっつんに勧められて偶にウェブ小説とか読んでたから朧げには知識があるが、まさか本当に存在するとは。冒険者。

 冒険者ってなんとなく荒くれ者の集まりってイメージがあるんだよなぁ……。

 俺の目指す警察官という夢から離れている気もするけれど、シロエの仕事を手伝うと約束したからな。

 彼女がここに俺を連れて来た理由が分かった。


「ここで、モノ太の身分証を作ることが出来る。入って」

「え? あ、そうなのか。分かった」


 冒険者ギルドで身分証を作ることが出来るのか。それは嬉しい知らせだ。

 彼女に連れられて冒険者ギルドに入ると、中からもわっとおいしそうな食べ物の匂いがした。

 どうやら酒場が併設されているらしい。昼間なのにも関わらず酒を飲んでいる大男の姿も見える。

 冒険者ギルドの中はかなりにぎわっていた。外の商業エリアにも負けていないほど賑わっているように感じる。


「へぇ……ここが」

「ついてきて」


 シロエに連れられて冒険者ギルドの中を通る。どうやら受付に行こうとしているみたいだ。

 けれど、シロエについていくにつれて、先ほどまでにぎわっていた雰囲気が一変して静かになる。ギルド内の至る所から視線を感じ始めた。

 ……何というか嫌な感じの視線だ。

 もしかしたらあれか? 新参者の俺を見て『何だコイツ。気に喰わねぇな』と思われてるのか?


 俺の心の中が不安に染まる。


 その時、一人の冒険者らしき男が俺とシロエの元に寄って来た。

 腰にシロエの持つナイフより幾分か大きい剣を携えている。


「おい」


 声をかけられた。その声に反応し、シロエと俺は足を止める。


「ここはチビが来る所じゃねぇんだよ。帰れ、雑魚が」

「いや、そんなこと言われましても……って、え?」


 絡まれたのは俺では無かった。が絡まれていたのである。

 何が起きたのか分からず、俺はシロエを見つめながら困惑の表情を浮かべる。

 シロエは男の言葉に睨みをきかせながら言った。


「私は冒険者。ギルドカードだって持っている」

「へっ、何いっぱしに冒険者気取ってやがる! お前、いつもゴブリンしか狩ってこない万年鉄級のゴブリンスレイヤーじゃねぇか! ここは子供の遊び場じゃねぇんだよ!」


 男の顔は、何故か怒りに震えていた。


「ゴブリンを狩ることだって仕事。私は仕事を全うしているだけ」

「お前のせいで初心者用の依頼が無くなり、仕方なしにほかの依頼をして命を落とした新人が何人いると思う!?」

「そんなこと知らない」

「テメェ!!」


 男はシロエに手を伸ばした。が、俺はその前に相手の間に入ってその手を抑える。


「ま、まぁまぁ。落ち着きましょうよ。ほら、皆さんの迷惑ですって」

「誰だテメェは、俺が話があるのはコイツだ!」

「えっと……でもですね? 暴力はダメですよ。ね?」

「うるせぇ!!」


 そう言って、彼は拳を作って俺に殴りかかってきた。暴力だ。

 俺はその拳を左手で受けると、彼の暴力を抑えるためにその腕をつかんで一本背負いを決めていた。柔道技だ。

 上手く技が決まり、良い音とと共に彼が倒れる。そうだ、今の俺にはゾンビパワーがあるのだ。ヤバい、やり過ぎたか!?

 俺は慌てて彼を起き上がらせるために手を伸ばす。


「えっと、大丈夫ですか?」

「いつっ……うるせぇ! っち! くそっ!!」


 彼は俺の手を振り払い起き上がると俺から距離を離して睨みをきかせてきた。そのまま、手を携えている剣に回す。

 剣、すなわち武器だ。武器を俺に向けて来たのだ。

 こりゃマズい。剣の持っていない、丸腰の俺では最悪の場合、勝てたとしても大怪我を負う可能性がある。


「ぶ、武器はまずいですって!」

「も、もう我慢ならねぇ!! お前もそのチビも、俺が――」

「ちょっと! ギルド内での喧嘩はやめな! それにクリフ! 武器の使用は禁止しているハズだよ!!」


 ギルド内に声が響いた。それは少々年老いた、女性の声だった。

 俺たちの喧嘩を見て困惑している、ギルドで働いているであろう人たちの前にその声の主が居た。

 お婆さんだった。しかし、ただのお婆さんでは無いように見受けられる。纏っているオーラが違う。


「いい加減、アンタも忘れるんだよ。冒険者は危険な仕事なんだ」

「で、でも……」

「でもじゃないよ! あれは不幸な事故だったんだ! この娘のせいじゃないんだよ!」

「……クソッ!!」


 シロエに絡んできた男はギルドから飛び出すように出て行った。

 何が何だか分からない俺の前にお婆さんが近づいてくる。


「悪かったね。シロエちゃんに……ん? 見ない顔だね」

「あ、えっと。初めまして、俺は赤司モノ太です。シロエの連れです」

「モノ太にギルドカードを作ってほしい」

「ほぅ、シロエちゃんがね……。そうかい、冒険者希望かい。私の名前はフレイ。ここのギルドマスターだよ」


 ギルドマスターってことはここの冒険者ギルドのトップ、すなわち偉い人なのだろう。


「えっと……」

「さっき出て行った彼はクリフって名前さ。彼には弟が居てね。その弟も冒険者だった」

「弟、ですか」

「あぁ。だけど事情があって二人は一緒のパーティになれなくてね。だから我々冒険者ギルドがお試しパーティメンバーってことで新人冒険者でソロの奴らを集めて疑似的なパーティを結成させたのさ。だけどその依頼の最中に事故が起きてね……」

「事故?」

「依頼の途中、新人には討伐することが難しい魔物が突然現れたんだよ。足の速いシロエちゃんは難を逃れたけど……他のメンバーはねぇ」

「そうなんですか……でもそれって」

「分かってる。シロエちゃんは悪くない。事故だったのさ」


 何となく事情が分かった。

 シロエとその弟は疑似的なパーティを組み依頼に臨んだ。

 けどその依頼を受けたせいで弟が死に、唯一生き残ったシロエのせいにしてる……か。


 この問題は完全にシロエのせいじゃないだろう。

 シロエだって生き残るのに精一杯だったはずだ。

 生き残った人間を責めるっていうのもお門違いな話である。


 でもやりきれない感情を押し殺すことが出来なかったんだろう。

 そんでもってシロエは無表情だし、返す言葉も興味が無いようにあしらっているから余計に腹立たしくなっているのだ。

 辺りを見渡すと、段々とギルドは賑わいを戻していった。

 俺が感じた嫌な感じの視線は『何だコイツ。気に喰わねぇな』では無く『あ、こりゃまーた始まるよ』という呆れたような視線だったのである。


「じゃ、改めて赤司モノ太や。冒険者ギルドへようこそ。ギルドカード発行はあっこの受付からやっておくれ」

「あ、はい。分かりました」


 そう言ってギルドマスターのフレイさんは冒険者ギルドの奥まで行ってしまった。

 どうやら奥はギルド職員関係者以外立ち入り禁止みたいだ。


「……ふぅ」

「モノ太、行く」

「あ、ちょっと待って。シロエ」


 俺はシロエが受付まで行こうとするのを止めた。


「何?」

「いや、さ。シロエもクリフに向かってあんな言い方は無いと思うぞ。あれじゃ挑発だ。もっと相手のことを考えてだな」

「知らない。突っかかって来たアイツが悪い。私が責められる理由も見当たらない」

「うーん。ま、話を聞いているそうなんだろうけどさ……。もっと穏便に済ませたはずだよ。喧嘩はまずいだろ?」

「雑魚呼ばわりは腹が立つ。だってアイツよりも私は強い。モノ太も言った。私はツワモノだって」

「いや、そうだけど……」

「早く行こ。ギルドカードを作りに」


 そう言うと、シロエはてててーと受付まで行ってしまった。

 そのまま放っておいて大丈夫なんだろうか?

 クリフのあの表情、何だか嫌な予感が拭えないんだよな……。そう、まるでゾンビが襲来してきたあの日みたいな不安が拭えないのである。

 何事も無ければいいんだけど……。


 しかし、俺の不安は的中することになる。

 それは遠くない、先のことの出来事ではあるが。

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