第四話 シロエの家
街の中は俺の見たことの無いような景色が広がっていた。
コンクリートの道も電柱も無い石造りの街並みは、どことなく中世ヨーロッパのような雰囲気を出している。
「何か……すっげえなぁ」
俺は人で賑わっている街を見渡しながら思わず呟いていた。
日本の建築は木造のものが多いが、この街の家はほとんどレンガで造られている。
俺はキョロキョロと街中を行きかう人たちや、通り過ぎる馬車? なんかを眺めていた。
「何してるの」
そんな俺の様子を見て、呆れたように呟くシロエである。
俺たちは今、シロエの家に向かっている最中であった。
「いや、日本の街の雰囲気はこんな感じじゃ無いからさ、新鮮で」
「そう。でも貴方の恰好は今とても変。見られているのに気づかない?」
「え?」
俺は自身の恰好を見た。そうだ、今の俺は自分の血だとかゴブリンの血だとかが衣服に付着していて血だらけである。
着用している衣服は血が染み込んで乾いてしまっており、洗濯したところで元の真っ白なカッターシャツに戻らないのは目に見えてわかるくらい汚れている。
それに、恰好もこの街の住人のスタイルとは違っており、派手に目立ってしまっている。
そんな変な恰好の血だらけ男が街中を興味津々に見ている――その光景を傍から見た人はどう思うだろうか?
ヤバい人、そう思うに違いない。
シロエに言われて気づいたが、確かにたくさんの視線を感じる。
俺は自身の行動が恥ずかしくなり、シュンと目を伏せた。それでも視線の数は変わらないのだが。
「あまり近づかないで。私まで変な目で見られる」
「ゴメンって」
暫く街を歩いた後、俺たちは先ほど見たにぎやかな雰囲気とは違ったエリアに足を踏み入れていた。
お店なんかも見かけない、普通の家々が並んでいる。時折子供たちが遊んでいる声だったり、近所づきあいをしている奥様達の談笑なんかが聞こえてきた。
ここは閑静な住宅街なのかも知れない。渡った橋の下で流れる川の水がきれいだった。
「静かだな」
「ここは住宅エリアなの。昼は皆、働きに出たり商店エリアで買い物したりと出かけているから、確かに静かかも」
「なるほどね」
シロエについていくと住宅エリアを抜けていた。
あれ? 住宅エリアって言ってたからそこら辺に住んでいるのかと思ったけど抜けたぞ?
「まだ着かないのか?」
「もうちょっと」
そう言って抜けた先は農業エリアだった。どうやら街の中に農作業するスペースがあるようだ。
お爺さんやお婆さん達が畑の中に見える。何を作っているのだろうか? 見たことの無い赤い野菜? みたいなのを作っていた。
さて、シロエの家はどこにあるのだろうか。もうちょっとって言ってたから近いとは思うが……。
「着いた」
そう言ってシロエは立ち止まる。立ち止まった先に見えたのは小さな木造の家だった。
レンガ造りでない、しかもボロボロの家。俺は先ほど見たレンガ造りの家とは印象の違うこの家を見て呆気に取られてしまう。
正直言って……この家は廃屋と言ってしまっていいと思う。穴とかいっぱい空いてるし。
もし俺が泥棒だったら簡単に家の中の物が盗めそうだ。いや、そんなことはしないが。
「ここ?」
「そう。入らないの?」
「あ、いや。おじゃまします」
彼女は言ってみれば恩人だ。家がどうこうなどと文句は言えない。
シロエに導かれて家の中に入る。家の中は何て言うか……うん、六畳くらいの部屋が二つと物置に使っている小さな部屋しかなかった。
一つの部屋にはちゃぶ台が置いているだけ。もう一つの部屋は簡易な調理台と鍋を煮込めるかまどがあるキッチンが備わっているのみ。
これをキッチンと呼んでいいか分からないが、何となく、昔のおばあちゃん家の風景を匂わせる。
確か昔おばあちゃんの家の台所もこんなだったっけ? 今はリフォームしてキッチンはIHとかに変わってたが。
「どうした?」
「いや、何でもないよ。何か昔を思い出しちゃって」
「そう。今のモノ太は汚い。外に川があるからいったん水浴びをしたら服、これ着て」
物置からとって来たのか、シロエは薄汚れた服とズボンを持って来てくれた。
俺はそれを受け取ると、服を広げる。男物である。
「これは?」
「死んだ父さんのもの。気にしなくていい」
「死んだって……いいのか? 拝借しちゃって」
「いい。死んだの、10年前だし。使わないのも勿体ない」
そう言って、シロエは何やらボロい布を取り出すと、血で汚れたナイフを拭き始めた。手入れをしているみたいだ。
でも彼女の言う10年前って……シロエが6歳の時ってことか?
だったら母親は何処に居るんだ? とはさすがに聞けないよな……。聞きづらいし。
この家、生活感はあるのだけど二人住んでいると言う印象を受けない。多分、シロエが一人で住んでいる家なのだ。
「……なに?」
じっと手入れするところを見ていたからか、シロエが俺に尋ねてきた。
俺はビクッと震えながら何でもないと首を振り、外に出ようとする。
「早く服に着替えて。そのあと出掛けるから」
そういうと、彼女は作業を再開させた。
俺は頷いた後に外に出て、家の近くに流れていた川の傍まで歩いていく。日本の街中で見られる川に比べて数倍綺麗な川だと思う。
しゃがんで川の水を掬ってみると、その水は透明で、何だかおいしそうだった。
「て、喉が渇いてたんだよな。飲んでみるか」
俺はそのまま掬った川の水を飲み干す。冷たくておいちい。
「っと、着替えなきゃな」
シロエから預かった服を脇に置き、俺はカッターシャツを脱ぐ。血でべったりしていて気持ちが悪い。
「ううう……気持ち悪っ……てかあれから結構動き回ったけど傷、大丈夫かな?」」
服を脱いで俺は自身の傷があるであろう場所を見た。そう、あの時ゾンビに噛まれた所である。
相変わらず痛みは感じないけど、あの時の痛みは今でも記憶に残っている。やっぱり気になるところだ。
「あれ?」
傷口があろう場所を見て、俺は疑問の声を上げた。
「傷口が、無くなってる?」
噛まれたところに傷が無かった。というか、傷の痕すらない。まるで最初からそんなのなかったかのように、傷があった場所が塞がっている。
「どうなってる?」
訳も分からず川の水を掬って赤黒く汚れている固まった血を擦る。だけど、肌に変化はない。
治っていた。肉が見えていたあの傷が治っていた。
「な、なんで……」
「どうしたの?」
「キャッ!?」
突然聞こえた声に俺はまるで乙女が裸を見られたかのような反応を返してしまった。
てか今の俺は半裸だ。急いで俺はシロエの父さんの服を着用する。
後ろにシロエが居た。シロエが俺をみつめていた。俺が肉を喰ってた時と言い、今と言い、全然気配に気づかなかった……忍者かよ。
「気持ち悪い声」
「いや、違うんだって! ちょっと傷の確認してたの! 次はズボンをはくから家に戻ってて!」
「わかった」
シロエは大人しく家に戻っていった。
ふぅ。それにしてもなぜ傷が治ったのか分からない。
けど、今はそんなこと考えている暇はないよな。後で考えるか。
俺はズボンも着替えると、血で汚れた服とズボンを綺麗に畳み、シロエの家に入った。
あ、ちなみに服のサイズはぴったりでした。
「時間かかったみたいで悪い。俺は準備OKだ」
「そう、なら出掛ける」
シロエは何やらポーチを肩にかけていた。何処に行くんだろう?
ま、今の俺は彼女についていくしかない。俺は彼女に連れられるまま、はいお……いや、ボロ屋を後にしたのであった。
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