異世界転移をしたゾンビ

第一話 俺はゾンビになったのか?

 生きている。ゾンビに噛まれたハズの俺が、生きている?

 俺は一瞬夢じゃないかと思って自身の頬を強く引っ張ってみる。


「……痛くない」


 全くと言っていいほど痛くなかった。え、じゃあこれ夢なのか?

 と、近くにある木に触れてみると、触ったことのあるガサガサとした感触が手に広がった。


「どうなってるんだ、コレ?」


 感触は確かにある。匂いを嗅いでみると森特有の爽やかな心地の良い匂いが鼻腔を刺激しているし、俺の視界にはリアルな森が広がっていた。

 ただ痛覚を感じない。思えば頬を抓った時だって、頭を打った時だって、左横腹に刻まれた歯形にすら痛覚を感じないのだ。

 そう、この服などに付着している血が自分のモノだと気づかないくらいに。

 俺の頭の中にある考えが過る。


「俺、もしかしてゾンビになったんじゃあないのか?」


 と。でも、もしそうだとしたらおかしいよな。

 だってもし俺が、本当ゾンビになったのだとしたら……何で意識があるのだろうか?


 学校で見たゾンビたちは意識が無く、まさに生きた死者のように本能のままにゆっくりと俺たちに襲い掛かって来た。

 でも今の俺には意識がある。

 走ることだって出来ると思うし、ジャンプだって出来るだろうし、柔道や剣道が出来そうなくらい調子がいい気分だ。

 それに発する声はうめき声とかでは無くネイティブにぺらぺらと喋ることだって可能だし、人を喰いたいなんて欲求も湧いてこない。


 自分自身、ゾンビであるという自覚すらない。

 痛覚が無くなってしまったのは、身体が何か不思議な変化を遂げてしまったとでもいうのだろうか?


「うーん。分からない……。それにまだ気になることがある。……この森は何だ?」


 そう、俺の身体がおかしくなった以上に分からないのが今現在俺が居るこの森だ。

 見れば見たことない形の葉っぱを宿す木だとか、聞いたことのないような鳥の声とか、時折微かにどこかからか獣の唸り声のような声も聞こえてくる。

 薄暗く、何処か不気味さを感じるこの森に恐怖感を覚えるこの森に記憶が蘇った今でも覚えがなかった。


 俺の記憶の最期によると、見えたのは飛び降りたときに見えた白い校舎である。

 死にきれず森に逃げ込む余裕だって無かったハズだし、と言うかそもそも学校の近くに森なんて無い……じゃあなんだここ。


「あああああわかんないことだらけだなぁおい!」


 俺は頭を抱えながらうずくまる。

 流石にこのリアルさは夢の中だとは思えない。だとしたら考えられるのは……死後の世界とか?

 ほら、死後の世界だとか異世界だとかが舞台になって主人公大冒険! みたいなウェブ小説は多いって聞くし。

 今の状況は何となく異世界転移モノみたいな状況である。

 まぁそれはフィクションの話だし、そんなわけないと思うがな。


「……ま、森の中で考えても仕方ないか。今は人里を探して自宅に帰ろう。もしかしたら両親が居るかも知れないし」


 俺はそう結論付けて自宅を目指して歩みを始める。

 何故森の中にいるのだろうか? という疑問は解消できなかったけれど、考えても分からないのだから仕方ない。

 幸い左横腹の歯形は血が固まってこれ以上の出血は無いようだし、身体を動かしても大事に至ることも無いようだ。

 おばあちゃん家近くの山で遊んだ経験があったからか、案外スムーズに森の中を歩くことが出来た。



 それから適当に歩み始めて数分後、俺の目の前に見たことの無い実が成っている木を見つけた。


「……なんだこれ」


 紫色の蜜柑みかんに似た形の木の実だ。

 でも蜜柑? じゃないよな? 紫だし。何か毒々しいし。

 見たことも無いような果物をボーッと眺めていると、何だか小腹が空いたような感覚に陥る。


「あれ? 朝ごはん食べたハズなんだけどな。もしかして今昼か?」


 腕時計やスマホを持っていない俺は時間を確認するために空を見上げて太陽の位置を見た。


「ははっ、わっかんねぇ……」


 時間を時計だよりにしていた俺にとって、太陽の位置で時間を計ることは出来なかった。

 分かったことと言えば今が夕方でも夜でもないと言うことくらいだ。

 ま、いっか。木に成っている木の実なんかは毒を持つものが少ないと聞いたことがある。最悪一個ぐらい食べてもお腹痛くなるだけで済むだろう。

 そう判断し、食欲という欲求に耐えきれなかった俺は木の実を取ろうと軽くジャンプしてみるが、微妙に高い位置にあったので取れなかった。


 なら木を揺らして採るか。

 俺は心を落ち着かせて柔道の構えをとる。


「はあっ!!」


 秘儀、回し蹴り!!


 この技は高校の柔道大会だと使っちゃいけない技らしい。けど剣道部の俺には関係ないね!

 俺の気合の入れた蹴りは見事、上手に紫の蜜柑っぽい木の幹に当たった。

 気持ちのいい音が辺りに木霊する。

 蹴りから放たれる衝撃に幹はビキビキっと音を立てて揺れ、紫色の木の実を地面に落とした。


「ビキビキっ?」


 ただ、幹から聞こえて来た音に疑問を抱く。

 その直後、木の幹が不規則に横に真っ二つに折れ、ズズズ……と静かな音を立てて倒れていく木の姿がそこにあった。

 俺は一瞬何が起きたのか分からず呆然としながら倒れた幹を見つめる。


「え、え?」


 折れた? 俺の蹴りで折れた?

 あり得ない。

 俺は急いで折れた幹の断面を見に行く。折れた幹の断面はなにか砕けたかのように荒々しく折れていた。


「嘘だろ……!? 俺の蹴りで折れたってのか!?」


 ないないないない!!! 俺の力による回し蹴りで折ることが出来るのはせいぜい木の板くらい、最悪人間の骨くらいのものだ。

 木の幹なんて折ったことも無ければこんな太い幹が折れるハズも無い。

 もしかして、俺の変化は痛覚が無くなったことだけじゃなくて筋力とかも増強してたりする? と疑問に思い、近くの幹に拳を全力で当てた。


 ドゴッ! と鈍い音が広がる。俺が拳を当てた場所を見ると、そこにはパラパラパラ……と砕け散る幹があった。

 そのままヒビが入り、先ほどと同じように木は静かにズズンと倒れていった。

 人間では到底なしえないことが出来ていたのである。


「マジか……」


 この光景を見てもしや……と思考を巡らせる。

 何処かで聞いたことがある。人間は無意識のうちに力をセーブしている生き物だと。

 ただ、リミットを外すことで普通の人間には引き出すことのできないポテンシャルを100%引き出すことが可能となるのだとか。

 その例に「ゾンビ」が挙げられる。ゾンビは痛覚を感じない。それ故に、セーブを外し、最大のポテンシャルを発揮することが出来るらしい。

 だから映画なんかではゾンビに掴まれると抵抗しても引き離すことが出来ず、そのまま喰われると言ったシーンがあるのだとか。


 痛みを感じなくなる、力が強くなる。この二つの共通点は今の俺に当てはまっている。


「は、ハハハ……まさか」


 俺、マジでゾンビになったのか? いやそんなわけない。

 と二つの思考が交差し、ぐちゃぐちゃに溶けていく。自分が何者なのか分からない。

 人間なのか、ゾンビなのか。

 自分の身体を見つめながら考えを否定するかのように呟いたのであった。



  ◇◆◇



 自分がゾンビになっただなんて認められない。俺は人間だ。

 確かにゾンビには喰われたが、意識だってあるし、何もゾンビらしいところなんて無いじゃないか。


 そんなことを考えている時期が俺には有りました。


 だけど森を歩いて1時間後、俺の身体に確かな違和感が現れるようになった。

 痛覚が無い、力が強くなった、と言うのは勿論のこと、空腹が拭いきれないのである。

 それはあの毒々しい色をした蜜柑を食べても拭いきれない、抑えきれない空腹だ。


「に、肉……肉が食べたい……」


 肉、そう肉だ。

 身体が肉を欲しているのだ。


「うがぁっ……」


 紫の蜜柑は毒々しい色ながらも実の部分はとても甘く、ジューシーさを感じさせるモノであった。

 だけど足りない。腹が全然満たされないのである。直感的に腹を満たすことが出来る食べ物を連想する。

 そこでたどり着いた答えが「肉」なのである。

 肉を食べないと空腹が収まらないと、本能が理解していた。


「ど、どこかに、肉……肉は無いか……?」


 自分では自覚がないのだが、かなり血走った目で獲物を探しているんだと思う。

 ガサゴソと木の傍の草むらが揺れ、ぴょこっと可愛らしいウサギさんが顔を覗かせる。ただ、このウサギ、普通のウサギではない。

 頭にツノが生えているのだ。けれど、俺はそんなことを気にせず……と言うか気づかず、ただ単に『肉が居た』とだけ考えてウサギに詰め寄る。

 だが、俺のただならぬ気配を察したのかウサギは素早いスピードで逃げていった。


「あ、あぁ……肉……」


 追いかける気力も湧かない。頭がくらくらする。


「だ、ダメだ……」


 なんだこの虚無感……! 俺は為すすべなく倒れる。

 このままだと死ぬ。俺の頭の中でサイレンがけたたましく鳴っていた。


「し、死ぬ……」

「グギャ?」

「へ?」


 聞いたことの無い鳴き声に、俺は目を凝らした。俺の倒れている場所の近くに見知らぬ生き物が居たのだ。

 二足歩行の生き物。最初は人間か? と思った。ただ、人間にしては身長が低い。

 それに、その生き物の肌は肌色では無く濁った緑色だった。

 見たことの無い生き物。ただ、俺の知識に似た生き物がいる―――ゴブリンだ。


 ゴブリン。よくゲームなんかに出る雑魚キャラとして有名なモンスターだ。


 顔は醜いだとか、集団行動をする生き物だとか聞いたことがある。

 今現在ゴブリンは一匹で集団行動はしていなかったが、顔は醜く確かに当てはまるものがあった。

 てか、何で存在しないハズのゴブリンがこの森の中に居るんだろう? という疑問が僅かに浮かんだが、空腹でそれどころでもない俺は「ま、いっか」と考えるのを止めた。


 取りあえず、この二足歩行の見たことも無い生き物をゴブリンと呼ぶことにする。


 ゴブリンは倒れている俺に近寄ってきており、死んでいるとでも思っているのかその顔と鳴き声は嬉しそうだ。

 まぁ、服は血で汚れているし、倒れているしで死んでいると思っても無理は無いと思う。

 俺はゴブリンの行動に目を光らせる。

 俺にはゴブリンが突然舞い降りた神様のように見えた。


 喰いたい喰いたい喰いたい喰いたい喰いたい喰いたい喰いたい!!!


 あらゆる細胞が肉を欲している。


「グギャギャギャギャギャ!」


 ゴブリンは俺の考えに気付くことなく、愉快そうに笑いながら手を伸ばしてきた。

 ただ、俺はその伸ばしてきた手をぎゅっと掴むとゴブリンに向けてにっこりと微笑む。


「いただきます……!!」


 そこからの記憶は無かった。

 ただ、俺は欲望のままにゴブリンを喰って喰って喰った。ゴブリンの血がまき散らされる。

 そんなことも気にせず、一心不乱に食い荒らす。生きたまま、生なまで。何の遠慮も無しに。

 ゴブリンの絶叫が何故か心地よく感じる。あぁ、美味しい美味しい!!


『スキル対象を≪捕食≫しました。スキル≪投擲Lv1≫を獲得しました』


 ゴブリンを喰らっている途中、突然頭に声が響いたことで俺は喰らうのを止める。

 その声はスマホなどの機械でしか聞いたことないような無機質な声である。


「な、何だ……? とう、てき?」


 俺はその声が誰のものなのか分からず、左右を見渡すが、人の気配は無い。

 その後、ようやく俺は正気に戻ることが出来、現状を把握することが出来た。


「って、何だコレ!」


 俺の目の前は悲惨な状態だった。先ほどのゴブリンらしき生き物は原型を留めていない。喰い荒らされている。

 右の袖で口元を拭うとゴブリンのものである真っ赤な血が付着していた。この血は決して俺のものでは無い。

 俺は慌ててゴブリンを手離し、距離を取る。何だ? 何が起こった? 俺が、喰った? 俺は自身の行動を覚えて居なかった。

 自分が今何をしていたのか瞬時に理解し、自分自身の無意識な行動に恐怖する。


「お、俺が……喰ったってのか……?」


 信じられない。これじゃまるでゾンビだ。――いや、『まるで』なんかじゃない。

 俺はゾンビになっていると、この時初めて理解した。


「ま、マジかよ。俺がゾンビに……」


 俺は驚きを隠しきれず、ゴブリンを前に後ずさりをした。

 逃げなきゃ……。もし、この場を誰かに見られたとしたら、俺は殺される……!

 俺の思考は恐怖で埋まっていた。だが、俺は突然聞こえて来た声によって、その足を止めることになる。


「動かないで」

「!?」


 その声は後ろから聞こえて来た。聞こえて来た声は可愛らしい少女のような声だ。

 俺は恐る恐る、後ろに居るであろう人物を見るために振り返る。

 まず目に入ったのは髪の毛だった。日本ではあまり見ないような、柔らかな印象を与えてくれるような肩まである白色の髪の毛だ。

 頭の上には立派な耳が生えている。いわゆるケモ耳と言うやつだろう。

 犬のような形の耳は、どこかで見たことあるようなちゃっちいコスプレのようなものでは無く、本当に生えているという印象を醸し出している。


 次に、顔を見る。

 それに、少女の顔は人形のように整っていて、とてもかわいらしかった。

 すなわち、俺より歳が低そうなロリっ子だ。

 数年後、成長した時、彼女はとても美人になっているであろうと言う印象が持てる。


 最後にお尻の方に尻尾が見えた。これがコスプレだとするならばかなり精密に造られているであろう。


 ……ただ、残念なところを挙げるとするならば、彼女の俺を見る目は人を見る目では無かったという点くらいだ。

 まるで化け物を目の当たりにしたかのような鋭い視線。

 妙に似合っている黄色っぽい服に身を包み、手には鋭いナイフのようなものを持っていた。

 余りにも似合わなさすぎるくらい、仰々しい。

 でも、ナイフを持つのも仕方ないことだと思う。多分、彼女は俺が一番見られたくないシーンを見ただろうから、俺と言う人物を警戒しているのだろう。

 それに血だらけだしな。


 マズい、と俺は短く息を吐いた。そして、


「……見た?」


 と確認のために彼女に尋ねる。

 少女は俺の質問に一瞬驚くが、こくりと頷いたのだった。

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