プロローグ Ⅳ

「よし田中。この教室から出るぞ。立てるか?」


 行動が決定した今、噛まれたとしてもほっておけなかったのかみっつんが田中に言った。だが、田中の返事がない。

 田中を見ると、操り人形の糸が切れたかのように倒れていた。そこには血だまりが出来ている。


「い、息をしてない」

「た、田中……」

「クソッ、ここから早く出るぞ!」


 俺は竹刀を手に取り、他の三人も教室の中で使えそうな長い棒を手に取る。

 そして、俺を先頭に急いで教室を出ようと教壇側ではない後ろの扉に手をかけた。

 だがその時、ドォォォンと何かが壊れるような激しい音が教室内に響く。その音のする方向を見ると、教壇側の扉が吹っ飛んでいた。

 そこからゆっくりと教室に侵入する担任の先生の姿を見て、鈴木君が耐えきれずに叫んだ。


「馬鹿! 黙れ!」


 とみっつんが鈴木君の口に手を当てるが遅い。担任は俺らを見つめた。

 俺は鍵を外して扉に手をかけると、勢いよく扉を開ける。


「いいか? 俺が先頭に立つ!」

「わかった!」


 俺は廊下に出た。廊下を見ると、階段のほうに何人か人が見える。生気を感じられないような動きでこちらにゆっくりと向かってきていた。

 廊下には少し見ない間にいくつもの血がまき散らされている。どうやら来栖さん以外にも学校の中にすでに感染した人がいたようで、隣の教室には何体ものゾンビが居た。

 い、いつの間にこんなにゾンビが増えているんだ!?

 これはマズい。非常にマズい。正直調理室に着けるのか不安になる。


「どうした!? モノ太」

「ゾンビの数が多い。どうやらかなりのスピードで感染してるみたいだ……これじゃ調理室にもゾンビがいるかも知れないぞ!?」

「なに!?」


 みっつんの額に焦りがみえる。


「どどどどうすんだよ!」


 と鈴木君が後ろでゆっくりと追いかけてきている担任を見つめながら焦って言った。

 周りはゾンビに囲まれている。窓から脱出するか? 馬鹿言え。ここは三階だ。飛び降りたとしても高さ的に死ぬのがオチだ。あの階段以外逃げ道は無いだろう。

 俺は手に持つ竹刀を握りしめ、決意を胸に3人に言った。


「俺が何とかする。俺についてきてくれ」

「……どうするつもりだ?」

「俺がゾンビを殺す」

「はぁ!?」


 みっつんが叫ぶ。


「殺すってどうやって」

「昨日見たゾンビ映画だと、ゾンビの弱点は頭だ。頭をたたき割る」

「…………」


 みっつんは「本当に出来るのか?」と目線で訴えていた。俺は頷く。

 俺は両親みたいに人を助けるために警察官になりたいんだ。だから俺は死ぬ気で三人を助けて見せる。

 ……たとえ俺が死んだとしてもだ。


「でも頭が弱点じゃ無かったらどうするの?」


 氷藤さんが俺に問う。彼女の問いに対し、俺は冗談っぽく答えた。


「皆仲良くゾンビになろうぜ」

「なんだよそれぇ!」


 嘘だよ嘘。どんなことがあっても守るに決まってるだろ。


「行くぞ! みっつんは後ろを警戒! 二人はもしかしたら殺し損ねるかも知れないから、潰した頭を潰してくれ」

「えええ」


 嫌そうな態度を見せる鈴木君だが、有無など言わせない。

 俺は走り出す。こちらに向かってきているゾンビの数は……6体。


「うっらあああああああああ!!!」


 竹刀を手に、俺はごめんと心の中で思いながら見知らぬ男子生徒だったモノの頭をたたき割る。

 この竹刀、中に鉄のおもりが入っているからな。本気でブッ叩けば人の頭を潰すのは容易い。

 グチャッと嫌な音が響き、返り血が俺の服に付着する。

 そのまま、後ろに居る女子生徒、男子生徒の頭を続けて潰して道を作った。

 ゾンビの起きる気配がない所を見るに、ゾンビ映画の知識はあながち間違ってないのだと確信する。


「どうやらゾンビは本当に頭が弱点みたいだ」

「ま、まだ来てる!」


 鈴木君が残ったゾンビ三体に向けて指を向けた。

 俺は素早く竹刀を構えるとこちらに向かってきているゾンビの頭目がけて竹刀を構える。

 ぐちゃっと嫌な感触が手に残った。はははっ、傍から見たら人殺しに見えるに違いない。けど、不思議と罪悪感も無い。


「前のゾンビは殲滅した! 調理室は階段を下りてすぐだ。行くぞ!」


 俺達は階段に辿りつくと階段を覗いた。踊り場に一人の女子生徒が倒れているのが見える。

 その女子生徒の肉を喰っているジャージ姿のゾンビの姿が目に映った。制服でないところを見るに、多分何かの担当の先生だ。


「クソッ!」


 俺は階段を下りると、肉に夢中になっているゾンビの頭に全力の竹刀を浴びせる。

 ゾンビは抵抗も無く倒れると、ぐちゅっと女子生徒の喰いかけの肉の上に倒れた。


「この女子生徒が起き上がる前に早く行くぞ」

「はやくしてくれ! 後ろからアイツ等がかなり来てる!!」


 後ろで担任の行動を見ていたみっつんが階段を駆け下りながら言った。

 多分、みっつんが言ったのは俺らとは別のクラスの三年生のことを言っているようだ。音に反応して来たか――

 ピクッと階段の踊り場で倒れていた女子生徒の指が動いた気がした。


「行くぞ」


 下に奴らが居ないことを確認すると、俺は一気に階段を下る。そして、階段付近にある調理室の扉を開けた。

 その時であった。


「ぐっ、うっ……!!」


 扉を開けてすぐ、左の腹に痛みを感じた。誰かに噛まれている。そんな痛みが。


「ぐっ、あっあああああああああ」


 あまりの痛みに悶絶する。


「モノ太ああああああああ!!!」


 みっつんが凄い形相で手に持つ棒状のものを構えると、俺を噛んできたゾンビに向かって思いっきり振り落とした。

 何かの潰れる、嫌な音が近くで聞こえる。俺は痛みに開放されると、竹刀を杖替わりにして倒れないよう踏みとどまった。

 みっつんは涙を浮かべながら俺を見つめる。だが、これで終わったわけじゃないんだ。


「みっつん! 早く調理室の扉を封鎖してバリケードを張ってくれ! お、俺は…調理室に居るゾンビを片付ける」

「でも……」

「いいから早くしろ! 鈴木君も、氷藤さんもだぁああ」


 俺は三人に指示して調理室に居るゾンビを見る。数は2体。

 どうやら調理室の中に居たゾンビの数は全部で3体だったようだ。

 そのうち一体が調理室の入り口付近に居て、運悪く俺は噛まれてしまったらしい。

 俺は力の抜ける体を奮い立たせると、こちらに向かってくるゾンビを見つめる。内、一体の手の中には包丁がある。


 調理室は誰かに荒らされたかのようにひどい有様だった。まるで誰かに抵抗したような跡が見られる。

 なんだか、この三人のゾンビによる悲劇が見えた気がした。


「めえええええええええん!」


 最後の力を振り絞り、俺は二体の頭に竹刀をぶつける。まるでザクロのように二人の頭が飛び散った……。

 その直後、俺は体を支え切れなくなり糸が切れたようにその場に座り込む。成程、これはヤバい。

 何だか体全体を異物が駆け巡っている感覚に陥るなこれ。


「モノ太!」


 俺が座り込んだのを見て、みっつんが俺に駆け寄って来た。


「モノ太、モノ太!!」

「聞こえてるよ。……何?」

「お前、その横腹っ!」


 みっつんが噛まれた左の横腹を見つめながら言う。

 左横腹は自分の血で汚れていた。溢れる血液が抑えきれない。

 俺はみっつんを心配させないように笑顔で言った。


「大丈夫大丈夫……ちょっと油断しただけだって」

「大丈夫なわけあるか! お前、ゾンビになるんだぞ!?」


 田中の死にゆく光景を見たからだろう。いつもちゃらけているみっつんの見たことない顔で俺を見つめていた。

 俺は息を吐くと、みっつんに向かって言う。


「そうだな。俺は死ぬな」

「モノ太……」

「だけど、簡単に死ぬわけにはいかない。なぁ鈴木君。バリケードはどうだ?」

「お前、こんな時に……!」

「こんな時だから聞いてるんだ! 鈴木君! どうなんだ!」

「バリケードに食器棚を置いたんだけど……凄い力で押されてる……! かなりのゾンビが調理室に押し寄せてる……!」


 見ると、確かに重そうな食器棚が置かれており、ドンドン!!と激しいくぶつかる音がする。

 鈴木君一人が扉の前に出向き、彼らの進行を押さえているみたいだった。


「いいか、みっつん。今のうちに食料と武器を集めるんだ。鍵も渡しとく……」

「でも……」

「でもじゃねぇ! 氷藤さんを見ろ、行動しなきゃいけないんだよ、今は!」


 氷藤さんは必死な顔で食料を集めていた。今すべき行動が理解出来ているようである。


「バリケードがいつまで持つかわからねぇ。残念ながら、何でか今の俺はいつも通りの力が入らないんだよ。だから俺は戦力外と見てくれ」

「モノ太ァ……」


 みっつんは泣いていた。泣きながら俺を見つめていた。

 ……みっつんが泣いたとこ、初めて見た気がするぞ。


「ほれ、さっさとしてよ。俺が知っている友達……いや、親友のみっつんは行動力のある男だろ?」

「お、おう」


 みっつんは泣きながらではあるが行動を開始させた。

 それを見守りながら思う。

 俺は序盤でリタイアする、いわばモブだ。みっつんには主人公になって貰わなくてはならない。

 突如、この世界はゾンビによって支配された。まるで映画やアニメ、小説のようなこの状況。どうにか出来るのは俺じゃない。

 生き残るのは頭のいいみっつんこそ、生き残るのに相応しい人材だと思う。


「託したぞ」


 俺は静かに言う。


「さ、三人とも! ヤバい! 俺だけじゃもう耐えきれないかもしれない!」


 鈴木君の声が聞こえて来た。俺は鈴木君の方を見る。食器棚がミシミシとひび割れていた。

 バリケードを壊されるのも時間の問題である。

 俺は竹刀を杖替わりに、ゆっくりと立ち上がると、鈴木君の方へと向かう。鈴木君は一瞬、俺がゾンビ化したのではないかとビビっていたが、俺が一緒に食器棚を抑えると安心した顔つきになって一緒に抑えた。


「私の方はこれでいいと思う」

「俺も武器になりそうなものを探した!」


 二人、バリケードに駆け寄って俺を見る。


「駐車場に居るゾンビの数は少なかった。これなら脱出できるかも」


 と氷藤さんが言う。俺はその透き通った心地の良い声を聞いて頷いた。


「良かった、じゃあ俺とはここでお別れだな」


 俺は三人に向けて言った。

 二人はバツの悪そうな表情を浮かべ、みっつんが「何で?」みたいな表情を浮かべている。


「俺はこれからゾンビになる。迷惑はかけられない。だから遺言だけは残しとこうかな。いいか? 絶対に死ぬなよ。特に鈴木君な」

「どういう意味だよ!」


 鈴木君は無理して笑っていた。その眼にはわずかに涙がにじんでいる。

 その時、ドンドン!! と、バリケードを破る音が激しくなった。ミシミシミシとひび割れてくる音も聞こえる。嫌な感じだ。

 俺は焦るように言った。


「ここは俺に任せろ。早く行け! また、来世で会おうぜ」


 氷藤さんと鈴木君は頷くと、駐車場の見える窓まで走っていった。

 みっつんはまだ残っている。クッソ、早く行けよ。だんだん腹の立ってきた俺は意志を込めてみっつんに竹刀を渡した。


「重いかも知れないが、俺の竹刀だ。これを俺だと思って、絶対生き延びろ」

「う、ううう……」

「ほら、行け!」


 みっつんは俺を見つめながら窓まで走る。まず最初に鈴木君が窓から飛んだ。

 ここは二階だ。死ぬことは無いだろうが、怪我だけは無いことを祈る。

 その次に氷藤さんが飛んだ。そして最後に、みっつんだ。みっつんは一言俺に言う。


「お前と親友で、俺、楽しかったぜ」

「俺もだ。絶対生き残れ」


 俺はそう返事を返すと、みっつんは覚悟を決めたかのような顔つきになって、飛んだ。

 悲鳴とか聞こえなかったから、無事だと思う。

 その後、エンジン音が聞こえて来た。無事乗ったみたいだ。


 俺はミシミシと音の鳴るバリケードから体を離し、よたよたと窓に向かう。

 数秒後、バァァァァン! とバリケードが破れる音が聞こえて来た。俺はポケットからスマホを取り出すと、スマホに内蔵されている着信音を音量マックスにして奴らに投げる。

 ほんの、時間稼ぎである。

 窓の外を見ると車がゾンビを吹っ飛ばしながら門の出口に向かうのがみえる。どうやら担任の車はかなり大型の車のようだ。


「ああああああああああああ……」

「俺もこいつ等みたいになるのか……」


 見ると、調理室に13体ものゾンビが入っていた。5体くらいはスマホの方に向かっているが、残りはスマホなんて知った様子も無く俺の方に向かってきている。

 俺は、窓のそばに飴ちゃんが2つ置いてあるのが見えた。それを一つは左ポケットに、もう一つを口に含める。

 甘い味が口の中に広がった。


「それだけは御免だな」


 俺は窓から身を投げた。二階から、自分の頭がつぶれるように頭を下にして。

 死ねるかどうかわからないが、ゾンビになることだけは御免だった。

 落下する感覚を全身で受ける。俺はこの時、甘い味を感じて死ぬのは嫌だなぁなんて思いながら目を閉じたのだった――



  ◇◆◇



「……そうか」


 思い、出した。

 服を脱いで俺は自身の傷口を見る。噛まれ、肉の見えた自分の傷口を見て呟いた。


「俺は何故か、生きてる?」

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