プロローグ Ⅱ

「ほい、委員長号令」


 担任は、このクラスの委員長を務める女子生徒……氷藤さんに指示を出す。

 氷藤さんは綺麗な長い黒髪をなびかせて凛とした声で号令を開始させた。


「起立、気を付け、礼」

『おはようございまーす』


 氷藤さんの声は透き通っていていい声だといつも思う。

 なので俺はいつも聞き入ってしまうのであるが、俺と同じような考えを持つ同士もいるようで、何人かのクラスメイトはいつものことながら数秒遅れて挨拶をしてしまうのだ。


 この氷藤さんと言う人物は我がクラスに於いてクール美人として有名な人である。

 整ったプロポーションに黒い綺麗な髪の毛。ただ、人に話しかけられるのは嫌いなようで、話しかけてくる人に対しては無視を貫いている。

 その素っ気なさからついたあだ名は、名前をもじって確か……『氷の女王』だっけ。全然誰とも話さないことで有名だ。


 そんな彼女はみっつんに次いで成績優秀であり、本人が真面目な性格からか委員長を引き受けているのである。みっつんのちゃらけた天才とは大違いだ。

 俺らクラスメイトは氷藤さんの号令に従い恒例の挨拶を終えると、席に座った。


「さて、昨日言ったようにお前らはもう三年生だ。今後の進路を考えなくてはならん。てことで、進路調査の紙を配るぞ。今週の金曜に提出な」


 そう言って、あらかじめ予告していたプリントを配る準備をする担任。

 俺はもう書くことを決めているのでそんなにリアクションは取らなかったが、周りのクラスメイトの様子を見ていると、嫌そうな顔をしている人がちらほらいるのが分かる。

 センターまであと7か月。準備期間は多いようで少ないのが現状だ。

 ま、俺は警察学校を受けるのであと4か月ちょいしかないけどな。この教室の中で一番焦っているのは地味に俺なんじゃないかなぁなんて思っていたりする。


「よし、配るぞー……ってモノ太」

「は、はい?」


 俺はボーッとしていたからか、いきなり先生に呼びかけられて驚きながら返事を返した。


「お前、来栖くるす知らないか?」

「来栖?」


 あ、あぁ、来栖と言えば来栖さんのことか。俺の前の席に座る女生徒の名前である。

 HRが始まる前まで、俺と話すためにみっつんが座っていた席ではあるが、確かに今日は姿を見ていなかった。

 どうやら来栖さんはみっつんのことが好き?なようで、朝のHRが始まるギリギリまで快くいつもみっつんに席を貸してくれている。

 ということで来栖さんはクラスメイトの女子から羨ましがられているのだ。まぁ、みっつんイケメンだもんな。女子から超モテているし、風の噂によるとファンクラブなんかもあるらしい。

 彼自身は何度も告られたことがあるらしいのだけど、現在みっつんには彼女がいない。彼曰く、女子と遊ぶと気を遣うらしいからしんどいんだとか。


 もう本当羨ましいけどな! 俺なんてモテたこと無いぞ! 付き合ってなんて言われたことも無いんだぞ!

 何でだ! 運動してたらモテるんじゃないのか!?

 不細工では無いと思うんだが……まぁ、近くにイケメンが居るしな。俺はきっと影に隠れて見られていないのだろう。はぁ。


 そんなことより、来栖さんのことだ。確かに、いつもみっつんが自分の席に戻ると居るハズなのに、今日に限って居ない。


「今日は見てませんよ……なぁ?」

「うん、休みじゃないですか?」


 隣に座っている男子生徒にも確認を込めて会話をふると、男子生徒は俺の言葉に同意するようにうんと頷きながらそう返した。


「そうか。休みの連絡は貰ってないがな……。ま、いいか。よし、鈴木、来栖の席にも進路調査のプリント置いとけ」

「分かりました」


 と言って、一番前の席に座る鈴木くんは来栖さんの席にプリントを置くと、俺に回した。

 俺はそのプリントを受け取り、数枚あるプリントから一枚とると、それを後ろへと回す。

 担任はプリントを配り終え、教壇の前に戻りながら一息つく。


「お前らは高校三年生だ。進路について、真剣に考えてみろ――『ピロピロピロ』」


 と、担任の会話途中、誰かの携帯が突然鳴り響いた。

 皆、その音に反応し、自分のじゃないよな? と慌てだす。


「誰だァ!!!」


 先生は携帯の音に気付き、怒鳴りながら犯人を捜した。

 俺の学校は携帯持ち込みは禁止していないが、HRや授業中に携帯を鳴らした瞬間2日ほど没収+反省文を書かされると言うきっつーいお仕置きが待っているのだ。

 犯人は俺じゃない。俺は電源を切っているからな。どんまい、犯人。


「す、すいません!」


 犯人はすぐ見つかった。廊下側の一番前に座っている男子生徒だ。


「いつもはマナーモードにしてるんですけど」

「言い訳はいい! さっさと携帯を出せ!!」


 流石、保健体育の担任……窓側に座っている俺ですら迫力が伝わってくるほど怖い。

 男子生徒はポケットの中からスマホを取り出すと、鳴り響いたまま担任に渡した。

 担任はスマホを受け取ると、画面を見て少し考えてから言う。


「お前の親御さんからだぞ。一応出てみろ」

「え、いいんですか……?」

「家庭内で何か起こったかも知れんからな。くだらん内容のようなら俺が注意してやる」


 男子生徒は先生から返してもらうと、スマホを耳に当てた。

 ちなみに、周りのクラスメイト達は彼の様子を見ながらクスクス笑っている。何と言うか、見せしめに近いものがある。


「も、もしもし……?」

「………! ……!」


 内容までは分からないが微かに電話の相手の声が聞こえる。

 男子生徒は相手の声が大音量でうるさかったからかうっと唸ってスマホから距離を取った。

 そして、また耳に戻す。男子生徒は電話で伝わる内容に首を傾げた。


「え、ゾンビ?」


 その言葉にまたしてもクラスメイト達はクスクス笑う。


「何だゾンビってのは?」

「さぁ……? 昨日見た映画の話ですかね? 電波の調子が悪くて、内容があんま分かりませんでした……」

「は? まぁいい。貸せ! あー、もしもし、親御さん? 学校でこういう内容の話はしないでいただきたい――ん?」


 担任は男子生徒からひったくると自身の耳に当て、親相手に説教を始めた。

 だが、何かあったのか、耳から離し、首を傾げる。


「切れた……。まぁいい。これは没収するぞ」

「そ、そんな!」

「責めるのならきちんと携帯を管理しなかったお前自身を責めるんだな」


 先生は携帯を没収して自身のポケットに仕舞う。あぁ、可哀想に。


「てことで、三年生になったからと言って心をだらけさせるんじゃないぞ。分かったか?」

『はい』


 先生の言葉に苦笑いを浮かべながら皆そう返事をする。


「お、遅れて、すいません……」


 と、その時、二つある教室の前の方の扉から来栖さんがやって来た。手には包帯がしてある。その包帯はわずかに血が滲んでいた。

 そして、何だかいつもより顔が青白いような気がする。


「来栖か。どうした? 遅れて来て」

「えっと、電車で変な人に、会いまして……ちょっと保健室に、寄ってきたんです」


 何だか言葉がたどたどしい。

 そんな彼女の姿をクラスメイト達は心配そうに見つめる。


「そうか、しかし酷いケガだぞ……これ。それになんか顔色が悪い」

「は、はは……そうですかね?」


 そう言った直後、彼女はバランスを崩してその場に座り込んだ。

 先生は慌てて彼女に駆け寄る。仲がいいであろうクラスメイトの女子も慌てて彼女に駆け寄った。


「満員電車で、立って通学してたら、いつの間にか、誰かに噛まれてまして」

「噛まれたァ? 誰にだ!?」

「それが、分からなくて……。で、血が出てたから、急いで、学校で処置してもらってたんです」

「それは大変だったな……しかし、顔色が悪いぞ。もう一度保健室に行くか?」

「は、はい……。ちょっと、体調が、優れなくて……」


 彼女は先生の肩を持つと、立ち上がった。


「それじゃ、保健室に行く。皆は残った時間、次の時間の準備をしといてくれ。まだ他のクラスはHRしてるからな。廊下に出たり騒いだりと迷惑かけることはするんじゃないぞ」

「私も手伝います!」


 と、仲のいい女子生徒が駆け寄り、来栖さんのもう片方の肩を組む。

 助かる、と担任は言うと、そのまま教室から出て行った。

 HRが終了するまでまだ時間がある。クラスメイト達は各々立ち上がり、仲の良い友達のところへと向かう。


「おいおい、何だってんだ? あれ?」

「さぁ?」


 いつの間にか隣に来ていたみっつんが俺に話しかける。


「何か嫌な予感がするんだよなー」

「分かるわ。俺もなんか嫌な予感がする」


 二人、彼らの出て行った教室の扉を見つめる。他の生徒たちはあまり気にしていないようで、各々話していた。

 その直後のことである。


『全校生徒にお知らせします! 現在、この学校で暴力事件が発生! 生徒たちは速やかに避難―――ブツッ』


 校内放送である。こんな放送が突如流れ始めた。

 しかし、内容は最後まで流れず暴力事件があったことだけを告げるものだった。

 意味が分からない。この学校で何かが起きているのか? クラスメイト達はこの意味不明な放送に苦笑いを浮かべて、何だったんだ? と笑っている。

 悪戯放送だったのだろうか? いや、そんなはずがあるわけない。何だか嫌な予感がする。

 そんな時だった。


「ぐあああああああああああああああああああああ!!!!!」

「キャアアアアアアア!!!!」


 クラスメイト達は廊下から響いて聞こえて来た叫び声によって黙った。

 叫び声、叫び声だ。聞き覚えのある野太い叫び声と女生徒の叫び声が廊下に響き渡ったのだ――


「な、何だ……?」


 クラスメイトたちはその叫び声にただならぬものを感じて急いで廊下に出た。

 俺とみっつんも何事かと後ろの教室の扉からその光景を覗こうとするが、人が多くて何が起こったのか分からなかった。

 かろうじて聞こえるのは声だけだ。


「ぐっ、あっ、やめろォォ! 来栖ゥ!」

「何してんの、みさちゃん! せ、先生から離れて!!」


 声だけ聴いてても何かおかしいことが起こったのだろうと理解出来る。

 俺はみっつんを見る。彼はバスケ部で身長が高い。この人で囲まれた光景を見ることが出来ているだろうと思い、質問をした。


「みっつん、何が起きてるんだ?」

「……来栖、さんが」

「来栖、さんが?」


 みっつんは、まるで見てはいけないものを見たかのように顔を青白くして言った。


「来栖さんが、担任を喰ってる」

「……は?」


 みっつんの言葉の後、ぐちゅっと、嫌な音が響いて一気に血飛沫がまき散らされる様子が見えた。

 クラスメイト達に隠れて見えない俺にもその血飛沫が見える。豪快に赤い血液が飛び散っていた。

 その血飛沫を最期に、先生の叫び声は聞こえなくなっていた。

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