異世界でゾンビとして生きてくことになったのですが
七菜 奈々那
プロローグ 俺がゾンビになったワケ。
プロローグ Ⅰ
「……あれ?」
目を覚ますと、視界に広がったのは一面の緑だった。
その緑の正体は木々に芽吹く葉たちのようで、風が吹いてさやさやと静かに揺れていた。
この光景を見て、俺は一つの考えに辿りつく。―――森だ。と。
「いやいやいや、森? あれ? 何で俺、森の中に居るんだ?」
森と言えば田舎に住むお婆ちゃんの家の近くによく遊んでいた大きな山があるけど、今目に見える光景はその山の光景とよく似てるなと思った。
だったら俺、田舎に帰省して、一人で自然探索でもしてるんだっけか? と思考を巡らせる。
「……てかここは山じゃなくて森だ。山だとしたら斜面に寝転がってるはずだし、ここは平面だし。……それに俺、お婆ちゃん家に帰省した記憶も無いぞ?」
寝ころんだまま辺りの風景を見つつそう呟く。
今は6月、纏まった休みも無いわけだし、帰省する余裕だって無いはずだ。
だって俺、高校三年生なんだもん。そんでもって受験シーズン真っ只中のこの時期に帰省するなんて馬鹿げた所業である。
いや、まぁ田舎だし静かに勉強するには持って来いなのかもしれないけど……家から遠いしそんな気力もない。
だったら……何で俺は見知らぬ森の中なんかにいるんだっけ?
「えーと、森、森、森……? 全然記憶にないなぁ」
いくら考えた処で俺の頭の中には森に来た経緯など覚えて居なかった。
あれ? だとしたら、受験で気の張っていた俺は気分転換なんかをしたくてふらふらしていたところ、偶然家の近くで見つけた森に来て、ボーッとまどろんでいたのかも知れないな。
単なる予想ではあるが、そうとしか考えられない。……家の近くに森なんて無かった気がするけど。
そんな結論付けをした俺は急いで帰って早く勉強しようと体を起こした。
ぬちゃり。
その時だった。体を起こそうとした瞬間、左手に嫌な感触が伝わって来た……気がした。
なんだかその感触に嫌な予感が頭を過り、喉をごくりとならしながら俺はおそるおそる自身の左手を見つめる。
左手は赤かった。赤黒い液体がべっちょりと左手に付着していた。
「な、なんだこれ? ……って血!?」
俺は一瞬で今べっちょりと左手に付着しているものの正体に気付いて慌てた。
血。まるで映画で見るかのように現実味の無い、それでいてリアルな血液が俺の左手に付着している。
実際には手だけでなく腕にもびっちょりと付着していた。
「何で血が俺の左手に!? ……いや、左手だけじゃないし! 服にも血が……」
急いで起き上がり、自分が横たわっていた場所を確認すると森の土がほかの土より黒っぽくなっていた。
また、今自分が着ている学校指定の白かったカッターシャツにも血が付着して赤く汚れている。
地面を含め、俺の身体におびただしい量の血液が付着しているんだということが理解出来た。
あまりの気持ち悪さに左手に付着していた血液を血の付着していない服の右側の綺麗な部分になすりつけて落とそうとするが、逆に服が汚くなったくらいで左手には固まった血の跡が付着している。
「な、何だこの血……取りあえず警察に電話したほうがいいよ……な」
誰のものなのか分からない血液に困惑する俺。
けれど、何か行動を起こさなければならない気がする。俺は自身が所持しているスマホを手に取ろうといつも入れている右ポケットに手を通した。
「あ、あれ?」
右ポケットに手を突っ込んだ途端、思わず変な声が漏れた。
なぜなら右ポケットの中にいつも入れているハズのスマホの感触が存在しなかったからだ。
慌てて他のポケットにも手を突っ込んでみるも、スマホの感触は無い。
あったのは左ポケットから出てきたいつ貰ったのか覚えの無い飴ちゃんが一つだけだった……。
「ま、マジか……! スマホどっかに落とした……?」
辺りの地面を見渡してもスマホが無いことから、どうやら俺はスマホを無くしたみたいであった。
スマホが無い。つまり今現在、警察に連絡できないというわけだ。
「まぁ、落ち着け、俺。スマホはお小遣いはたいて後で買えばいい……今はこの状況をどうするのかを考えるべきだ。どうする? この森を抜けて警察に通報すべきか……」
慌てても今の状況をどうにか出来るハズが無いと言うのは分かり切っている。
だから俺は考える。この意味不明な状況を打破しようと。
さて、だとしたら今俺が出来ることと言うのは人に助けを求めることだ。
家の場所がどの方向に進めばあるか覚えていないけど、取りあえず適当に進めば人が住む町まで帰れるだろうと思い、慎重に森を進むことにする。
「一体全体何なんだ。この森と言い、血と言い、飴と言い……覚えても無いし……うわっ!」
この森を慎重に、それでいて考え事をしながら歩いていたので木の根っこの存在に気付かなかった!
俺は見事にこの木の根っこに引っかかり、思いっきりこけて地面に頭を打つ。
強打とはいかないものの、結構激しくこけてしまった。友達に見られたら爆笑もの間違いなしのこけ方だ。
「あっ……いつっ……? あれ?」
痛く……無い? 頭を押さえて蹲るも不思議と痛みが感じられなかった。
いやいや待て。おかしいだろ? あんなに派手にこけたのに、痛みが感じられないなんて……!
俺は頭を押さえていた手を見る。
手にはこけて頭を切ったのか、先ほど見たような赤い液体が付着していた。
血、この液体は血だ。
血が出てるんだ。やっぱり痛くないハズが無い。なのに痛くないのは、何故?
この血液を見て、俺は何か記憶に引っかかるものを感じ服を見つめる。服にも血が付着している。
誰のものか分からない、原因不明の誰かさんの血。いや、この服に付着している血を誰かの血だと言う判断自体がおかしいのかもしれない。
だとしたら。
「もしかして、俺の、血……?」
そう言った瞬間、俺は思い出す。
何故俺が森に居るのかを。この服に付着している血は何なのかを。
時は数時間前に遡る―――
◇◆◇
俺がこの高校に入って三度目の6月になった。6月と言えば梅雨真っ只中で、雨のせいで室内はじめじめとしており、受験生にはうっとおしい時期だと思う。
そんなうっとおしい梅雨のせいで昨日まで降り続いていた雨ではあるが、今日は珍しく晴れていた。
また雨が降るのかと思って折り畳み傘を持ってきたのに無駄だったかなぁなんて思いつつ、三年生の教室が有る三階の教室の前から三番目の窓際と言う何とも3続きの微妙な位置にある自分の席に座ると、晴れている空を眺めながら朝のHRホームルームの始まりを静かに待つことにした。
「おーっす、モノ太。どうした? そんなにボーッと外の景色を満喫しちゃってよー」
「ん? あぁ、みっつんか。おはよー。いや、珍しく晴れたなぁと」
「確かにな、昨日まで雨降ってたし。今日が快晴で何よりだ」
と、前の席に腰かけ、俺に話しかけて来た人物を見つめる。
あだ名は「みっつん」で、頭脳明晰、運動神経抜群、そんでもってイケメンとまるで少女漫画に出てきそうな男である。ついこの間までバスケ部でレギュラーだったのだが決勝まで進んだのにも関わらず惜しくも負け、今は引退している。
そんでもってモノ太と言うのは俺の名前だ。しかも仇名でも何でもない。
「そう言えば、昨日担任が言ってたよな? 今日の朝進路調査の紙を配るって。いきなりだよなー。俺、まだ将来のこと決まってないのによー」
「あー、確かに言ってた」
そう、この時期になると高校三年生は進路調査の紙が配られる。
例えば将来の夢だとか、どこの大学に行きたいのかとか。その書いた紙を元にして、後日面談が行われるらしい。
「うーん。何書こうかね」
「夢とかは知らないけど、みっつんは何処の大学でも行けるんじゃない? 頭いいし」
「馬鹿言え、よくねぇよ。頭なんて」
ハハハと笑いながらみっつんは言う。
だが、みっつんの成績は学年1位である。これで頭が良くないのだとしたら、俺はどれだけアホなのか……とも思ったりする。
だって俺、学年157位中67位だし。びっみょーな位置なのです。
「それより、モノ太だ。お前、何かなりたいものあるって言ってたよな? えーと、なんだっけ?」
みっつんは思い出したかのように俺に尋ねて来た。
おー、よく覚えてんなぁ。言ったの中学2年生の時以来なのに。
「え? あぁ、警察官だよ。今も変わらず俺は警察官目指してるぜ」
「警察官? あー、警察官! モノ太の両親、警察官なんだっけ?」
「おう、俺の尊敬する人だよ」
警察官。それが俺の夢だ。
と言うのも、この夢を持つようになったのは両親に影響されてだ。
両親は、よく俺に警察官としての武勇伝をよく語ってくれていた。
例えば「~の事件を解決した」だとか「~を助けた」だとか。俺に理解できるように、まるで自慢話のように面白おかしく語る。
両親の話は全て「人助け」に関することで、俺に「誰かを助けられるような人になりなさい」とよく説いていたっけ。
だからだろうか。俺自身も両親みたいな誰かを救えるような警察官になりたいと思ったのは。
「確か、お前の両親。去年起きた強盗事件も解決したんだっけ? すげえよな」
「あぁ「銀行集団強盗事件」ね。両親曰く、あれが一番死にかけたらしい」
去年起きた「銀行集団強盗事件」とは、銀行強盗を企てた犯罪集団を全員逮捕した事件である。
たまたま銀行にお金をおろしに行ったときにこの事件が起こったらしい。両親はこの事件を冷静に対応し、犯罪集団を武力にて撃退、人質を誰も殺させずにこの事件を解決したのだとか。
かなりニュースになったのを覚えて居る。
「てなわけで、俺も両親みたいになりたいから、将来の夢は警察官ってわけだ」
「へぇ。だから剣道部に入ってんのか」
「うん。警察官になるためには剣道とか柔道とかしてたほうがいいらしいからな。頑張ったぜ、俺。一応、剣道は4段、柔道は黒帯だ」
「すげぇな。そんな筋肉質に見えねぇのに」
そう言って二人で笑う。
しばらく談笑した後、みっつんは腕時計を見つめながら言った。
「ってそろそろHRだな。あー、進路、考えなきゃなぁ」
「おう、考えろ考えろ」
「ま、夢とか考えてないし、取りあえず希望大学「とうだい」って書いとくかなぁ」
ボソッとみっつんが呟いた言葉に俺は驚く。え? 東大? 東京大学? そんな気軽に希望できる大学なの!? お前!?
みっつんは席から離れると自分の席に向かって行った。彼の席は廊下側だ。
俺はみっつんの言葉を忘れることにして、HRの始まりのチャイムを聞きながらボーッと窓の外を眺めた。
「……ん?」
ふと、外の様子を見て違和感に気付く。
「煙?」
遠くの方で黒い煙がもくもくと昇っていた。先ほど外の様子を見た時には無かった煙がどこからか上がっている。
火事か? なんて思いつつ、昇っている煙に特に気にする様子も無く、俺は黒板に顔を向けた。
「ほれ、HRをはじめっぞ。皆、席につけー」
担任の先生がいつの間にか教室の教壇に立っていた。
担任の先生は保健体育の先生で結構背が高く、俺とは違って筋肉質なのが特徴だ。色んな武道を経験している俺にとって、かなり羨ましい体格の先生である。
ま、そんなのはどうでもいいか。
今日、人生最悪最低な一日の始まりは、何気ない、いつもの日常風景からスタートを見せた。
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