第6話

結局、麻衣子の幻覚に違いないと麻里江は思い、二人でそのまま自宅の別荘に戻っていった。



「本当に伸さんは死んでいたのよ!」


麻衣子は、泣きじゃくって、ハンカチを目に当てている。


その時、二人は自宅の別荘の居間に座っていた。

先ほど、二人で麻衣子の部屋に戻ってみたところ、確かに伸の姿はなかった。


「確かにおかしいわねえ・・・。伸さんがいないとなると、これは大事件よ・・・」


麻里江も、この不思議な現象に首を傾げるしかなかった。


「ねえ、麻衣子。はっきり聞くけど、伸さんとさっき喧嘩したとか、そういうことはなかった?怒って、別荘を出て行っちゃったとか・・・」


麻衣子は、まだ涙で目を真っ赤にしながら、そんなはずはないわ・・。と呟いた。


「だって、私たちさっきまで、テラスで仲良く色々話をしていたのよ。彼に気に障るようなことを言った覚えもないし」


「あらあら、どうしたの?二人とも。もう夜中の一時過ぎよ。何かあったの?」


振り返ると、母親の典子が、後ろから気配もなく姿を現した。


「伸さんが殺されたの!誰かに絶対殺されたのよ!」


麻衣子は、大声で叫んだ。


「何を言っているの?伸さんは?部屋にはいないの?」


母親は、眉根に皺を寄せて、聞いてきた。


「それが、麻衣子が伸さんが隣の別荘で殺されているっていうから、さっき行ってみてきたんだけど、誰もいなかったのよ・・・。それで、こっちに戻ってきて、部屋を見ても伸さんがいないのよね・・・」


母親の典子は大きくため息をついた。


すると、居間の奥のハルおばあちゃんの寝室から父親が出てきた。


「どうしたんだ?こんな夜中に大声を出して。ハルおばあちゃんが眠れないって文句を言ってたぞ」


父親は、厳格な表情で、麻里江と麻衣子の顔を見渡した。


麻里江は、事の次第をすべて父親にも話した。


父親は、一瞬動揺したものの、また取り直して言った。


「これは、警察には連絡しない方がいいな・・・。家が疑われたら、事が重大になるぞ」


父親は、何よりも昔から世間体を気にしすぎる性格だった。それは、麻里江には理解できなかったが、伸が殺されたか、蒸発してしまったからには警察に連絡するしかないと思った。


「ねえ、お父さん。そんなこと言ってる場合じゃないわよ。早く警察に連絡しましょう!」


麻里江は、すっと立ち上がって、居間の電話の受話器を持ち上げた。


「ちょっと、電話の音が鳴らない。もしかして・・・・」


父親は、無表情でゆっくりと頷いた。


「麻里江、今回はバケーションで来たんでしょう?警察呼ぶなんて、せっかくの楽しいお休みが台無しになっちゃうじゃない。だから、あらかじめ、お母さんが電話線を切っておいたのよ・・」


「じゃあ、私が警察に連絡する!」

麻里江は怒り心頭になって、自分の鞄から携帯電話を取り出した。


麻里江は、携帯電話の電源が切れていることに気づいた。


「お母さん、どうなってるの??」


「そうよ、麻里江の携帯も含めて、家族全員の携帯電話の解約をしておいたわ。このバケーションのためにね。その方が時間を忘れてゆっくりできるでしょう?」

母親は、娘を窘めるように、ゆっくりと微笑んだ。


麻里江は体中から力が抜けて、その場に倒れてしまった。


「お姉ちゃん!お姉ちゃん!」


麻衣子の声が遠く彼方から聞こえてきたのも、つかの間、麻里江は、そのまま泥のように眠りに入っていった。

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