第4話

麻里江は少し気分が悪くなって、ベッドにしばらく横になっていたが、部屋の壁にある時計を見るともう既に十一時を回っている。



―――そろそろお風呂にでも入ろうかしら・・・。


麻里江は、俊之に「お風呂に先に入るね。」と一言言って、部屋を出た。

浴室は、一階と二階にそれぞれ一つずつある。

麻里江は、一階の廊下の奥にあるお風呂場へと重い脚を引きずって行った。


浴室に入ろうとした時、中から男女の声が聞こえた。


―――あれ?もしかして、お母さん達か、麻衣子達が二人で入っているのかしら?


お風呂場では桶の音や、お湯を流す音と共に、やはり話し声が聞こえる。

耳を澄ませて、誰がいるのか確認しようとした。


でも、声の主は、どう考えても若い男女ではなかった。


麻里江はその途端、自分の耳を疑った。


声の主は、ハルおばあちゃんだったのである。男性の声はなぜか聞いたことがあるような気がしたが、お風呂の蛇口から出るお湯の音でかき消されていた。


―――ハルおばあちゃん・・・。一人でお風呂に入らないで、誰とお風呂に一緒に入っているの?しかも、男性と一緒だなんて。もしかして、お父さんと一緒に入っているのかしら?


その場を去ろうとした時、ハルおばあちゃんの聞いたことのないような艶っぽい女の笑い声が聞こえた。

麻里江は、気味の悪い光景を見た気がして、その場をそそくさと後にした。



「どうしたんだよ?」

俊之は、すぐにお風呂場から引き返してきた麻里江に驚いた様子だった。


「変なもの見ちゃったのよ・・・・」


麻里江は、ベッドにドスンと座ると、事の一部始終を俊之に話した。


「まあ、ハルおばあちゃんだって、脚が悪いんだろう?だったら、一人でお風呂に入るのも大変だから、家族の誰かが手伝ってあげているんじゃないの?」


麻里江は、頭を横に大きく振った。


「・・・・でも、違うのよ。直感的にあれは、誰か家族以外の男性を連れてきて、一緒にお風呂に入っていたわよ。もし、仮にお父さんだったとしても、いくらおばあちゃんだとはいえ、息子と一緒にお風呂に入るなんて、ちょっと不気味だわ・・」


「そっか。ハルおばあちゃんも、年齢にしては随分お盛んだな」


俊之は少し驚いていたものの、楽観的な性格のせいか、今回の話のことはあまり重く受け止めていない様子で笑っていた。



麻衣子と吉田伸は、その時、まだ二階のテラス席で、二人で付き合い初めの頃の懐かしい話をしながら、お酒を飲んでいた。


「俺さあ、この別荘に来た時から気になっていたんだけど、隣の別荘って、誰か住んでるの?」


麻衣子は一瞬無言になった。


「まあ、別荘ってそうそう何回も来るものじゃないから、別に今回誰もいなくても不思議ではないんだけどさ」


「そうねえ。お隣の別荘は一年前に建てられたばっかりなのよ。私も、お隣さんが家で過ごしているのは見たことないわ・・・」


伸は、急に興味深々な表情になって、


「俺、隣の別荘覗いてこようかな?」

とにやけながら、はしゃいでいた。

まるで、遊園地のお化け屋敷に入る前の子供みたいな様子で、伸は興奮していた。


「やめといたら?本当にお化けが出るかもしれないわよ」


麻衣子は止めに入ったが、伸を止めることはできなかった。


「俺、ちょっとだけ行ってくるわ」


麻衣子を一人にして、伸は少し酔っぱらっているのか、おぼつかない足取りで、テラスを後にした。



―――暑いなあ。この別荘かあ。


伸は、顔中にまとわりつく湿気を感じながら、春日家の別荘を出て、隣の邸宅を外から眺めた。

別荘は、春日家の別荘よりもさらに広い面積の土地に建てられていた。

およそ、三百坪は余裕であるだろう。その洋風の建築の別荘は三階建の高さになっていて、ある種、ものすごい威厳を放っていた。


―――俺、こんな金持ちの別荘見たことねえわ・・。


そう思いながら、伸は既に中を覗きたい衝動に駆られていた。

別荘の外から窓が見えた。家の中はやはり、暗く電気がなく、なんの人気もなく感じられた。


伸は、別荘の玄関まで来て、扉をそーっと引っ張った。


ギ―――ッ


ドアを開けた途端、蝶番の音が、鳴った。


―――あれ?誰もいないのにドアの鍵が開いているぞ。


伸は半分酔っぱらっていたので、警戒心が少し薄れていた。

おかしいとは思ったが、せっかくなので、この豪邸の中を見学したいと、そっと玄関の中に足を踏み入れた。

もちろん、家の中のブレーカーが落ちているのか、電気は何もついていない。


段々暗闇に慣れてくると、家の中の様子が分かってきた。玄関を入って左側には、巨大な応接間があった。そこには、伸の知識では知らないような名画らしき、絵画が壁に沢山立てかけてあった。

そして、応接間の奥にはキッチンらしき場所があった。


そこで、伸は首を傾げた。

キッチンの流し台には、一つお皿があり、食べかけのソーセージと目玉焼きがある。


―――今日、ここで誰か朝ご飯を食べたのか?


ここまで来たからには、もっとこの豪邸の家の中の様子を観察したいという気持ちで、そのまま二階に上がった。

二階には、階段を上がると長い廊下には三つ部屋が並んでいた。


伸は、階段から一番近い真ん中の部屋を開けた。


暗闇の中で目が慣れてきてはいるものの、一つ一つは詳細に見えなかったが、この部屋に机と椅子があることから、書斎であることは分かった。

机の上にも沢山の本が積み上げられていた。


カタッ


なんとなく、後ろに気配を感じたその時だった。


後ろを振り返ると、金属バッドのような棒が暗闇の中で、振り上げられていた

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