1-2 襟名さんと昼休み

 退屈な授業が終わり、ようやく昼休みを迎えた。いつもなら食堂に行って気紛れで好きなものを食べているのだけど、今日は売店で総菜パンを買ってきた。何故かっていうと、もちろん襟名さんと話す為だ。だって食堂じゃ話せないからね。


 この学校は屋上がいつも開放されてるんだけど、自由に出入りが出来るってことは色んな人が来る可能性だって高いんだ。だから隠れてこそこそ話すような話題は向いてない。誰も行かないちょうど良い場所……そんな場所は案外少ないんだ。


 じゃあ一体どこに行けばいいのかっていうと――


「……誰にも見られてない?」


「たぶん」


「多分じゃ困るよ。聞かれたら危ないんだから……」


「今時そこまで心配しなくてもいいと思うけどね」


 心配性な襟名さんに笑いかけてから、僕はソファに腰を掛ける。先に着いていた襟名さんはテーブルに弁当箱を置いていて、とても頼りない僕を見て頬を膨らませていた。可愛いね、と言いたいところだけど遠慮しておこう。怒られそうだしね。


 ――生徒会室。ここは鍵も掛けられるし、用事が無ければ殆ど誰も来ない。生徒会長の弱みを握っている僕は、いつだって自由に出入りが出来る。生徒会室にはパソコンも置いてあるから暇潰しにも最適なんだ。動画を観ながらの食事だってできる。


「話は色々あるけど、とりあえずお昼を食べないとね。あ、鍵を返してくれる?」


 総菜パンの袋を破り、僕は辺りを見回した。しまった……飲み物が無い。


「はいっ、鍵。……ねえ、どうして伊勢君が生徒会室の鍵を持ってるの?」


「襟名さん、世の中には知らない方が幸せなことだってあるんだよ」


「……分かった。もう聞かない」


 大した理由じゃ無いんだけどね。ほら、秘密があった方が格好良いから。


「襟名さんっていつも弁当?」


 たまに来ては暇潰しに使っている生徒会室も、そこに襟名さんが居るだけでいつもと違って見える。使い古しのソファもアンティークのように感じられて、ただ大きいだけのテーブルからは迫力のようなものが出て……と、それは言い過ぎかもね。


「うん。ちゃんと自分で作ってるよ」


「ちょっと待って、その反応は少し早くない?」


「えっ……?」


「ここはほら、弁当って聞いてから誰が作ってるのって確認して、そこで襟名さんが自分で作ってるのを打ち明けて僕が驚く場面じゃないかな」


「……伊勢君」


「あ、やり直す? いいよいいよ、そういう前向きな姿勢」


「面倒臭い」


「……だよね」


 目の前にエルフが居るんだもの。舞い上がっちゃうのも当然だよ。


 襟名さんはどうも僕を警戒しているみたいだけど、正直に言うと僕は何も考えていなかった。昔から興味があった異世界人が近くに居たから興奮して、こうして一緒に話をしているだけでも結構満足しちゃってるんだよね。


 ずっと見続けていたら襟名さんの顔が赤くなってさ、やっぱり恥ずかしいんだろうなと思ったんだ。それで目を逸らして、僕はパソコンを見ながら総菜パンを食べた。パソコン本体をじっと眺めたって何も面白くないんだけどね。


 華やかだけど退屈な空気だったんだ。だから僕はずっと急いでパンを口に放り込んで、殆ど噛まないで呑み込んで……それがいけなかったんだろうね。大きなパンの塊が喉にぐっと詰まってさ、僕は思わず生徒手帳に遺書を書き始めた。


「……伊勢君っ?!」


 僕が遺書を書き終えたちょうどその時、襟名さんが僕の異常を察したんだ。きょろきょろとテーブルの上を見回してさ、僕が飲み物を用意してないんだってすぐに気付いた。慌てた襟名さんは水筒を僕に投げつけてきた。動転してたんだろうね。


「のっ、飲んで! 早く!」


 襟名さんの優しさが嬉しかった。だから僕は手を動かしたよ。遺書に一筆書き足したんだ。襟名さんは優しくて良い子だ――ってね。


「遺書はもう止めてっ!」


 それからは早かった。襟名さんが自分で投げつけた水筒の蓋を外してさ、なみなみと注いだお茶を僕の口に流し込んだんだ。それはそれでちょっと息苦しかったんだけど、お茶のおかげで喉に引っかかってたパンの塊は胃の中に押し流された。


「……あ、生きてるんだ僕」


「良かった……本当に良かったあ……伊勢君が死んじゃうかと……」


 襟名さんは凄く優しい。良い人……人? エルフも人なのかな。とりあえず人で良いか。うん、襟名さんは良い人だ。僕なんかの心配をしてくれて、無事で良かったと涙を流してくれる。将来結婚するならこんな人が良いね。


「ごめんね、襟名さん。心配させちゃった。今日はもう落ち着いて話も出来ないだろうし、エルフの話は別の日にしよっか。多分そろそろ生徒会長も来るだろうし――」


「……使用許可は取ってないの?」


「まあ……色々とあってね」


 僕は思わせぶりに呟いてみた。これといって変わった出来事なんて無いのにね。


「――あ。ねえ、襟名さん。もしよかったら今日の放課後良いかな」


 二人きりじゃないと話は出来ない。それに授業は抜け出せない。今日は授業が少なくて帰りが早い。だから放課後はベストだと思った。たったそれだけの理由だったのに、襟名さんは顔を真っ赤にして黙り込んでいた。どうも誤解させたみたいだ。


「無理そうだったら別に、また今度でもいいけど」


「ううんっ、大丈夫……放課後……うん、いいよ」


 うん。やっぱり襟名さんは良い人だなって、その時はそう思ってたんだ。

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