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 日が暮れ、辺りの街灯がともり出した頃。

 何かと目立つし動きづらいドレスから普段着に戻り、魔物が出るという街に再び繰り出す。



 ジョシュアの世話は近所のおばさん達に頼んであるから問題ないにしろ、私がゆっくりしたい。帰りたい。由貴のところに行く約束もしちゃったし。騎士団同士の決闘の話もお流れにはなってなさそうだし。


 ……あーぁ、由貴んとこの国にある温泉にまた入りたいなぁ。

 


 そんな願望を心の中でいくら願ったところで、実際に叶うこともなければ問題が勝手に解決してくれるわけでもなく。


 集めた情報の補完をするべく完全に日が落ちるまで街を回り、いち旅人のフリをして情報固めを行った。


 結果、由貴達が聞き込んだ情報以外にもいくつか新しい事実が分かった。


 一つ、魔物が出るといっても声や足音といった音を聞いただけで、実際に姿を見た者はいないこと。二つ、境目になっている通りには、過去、とある著名な魔術師が魔物の死体を使って魔物封じの術をかけたということ。三つ、笛吹男と魔物、現れる時は大抵笛吹き男の笛が鳴るのが先だということ。


 これらの情報に、魔物が通りのこちら側には来ないことを合わせると、何故魔物がこちら側には来なかったのかが分かった。来なかったんじゃなく、来れなかったんだ。その昔かけられた術の効果は今でも持続しているらしい。


 おそらく、本来人が住む区画は通りのこちら側で、人口が増えるにつれ、そして時が経つにつれ、その伝承ともいえる魔術師の話は人々の記憶から薄れていった。そして、とうとう通りのあちら側にも人が住むようになってしまった。そんなところだろう。


 ただ、気になるのは魔物の死体・・・・・を使って魔物封じの術をかけたってことだ。


 今回、ここまで広範囲に広がる術をかけた時に使った魔物の死体の数だけど、おそらく一匹二匹ではきかないだろう。それも、魔物達からしてみれば同胞を封じる術に使われるのだから、たまったものではないはずだ。当然、恨み辛みも募ろうというもの。


 そうなると、思い当たることが一つある。元の世界では外法とも言われた術だ。


 その術の名を――蠱毒こどくという。


 字面でもある程度想像はつくと思うが、虫を大量に集めてきて一か所に集め、互いを襲わせる。最後まで生き残った虫を使い、富を得たり、逆に人に害を与えたりするのがソレ。


 正確にいうと少し違うけれど、力を増幅させて使うという点では一緒だと思う。



「そこの君っ!」

「は?」

「魔物が出るという話を知らないのか? 早く家か宿に戻るように!」

「……あぁ、はい。分かりました」



 店の壁に身体を持たれかけさせて考え事をしていたら、どう見ても自警団ではなさげな恰好の男達が声をかけてきた。


 国の兵士か、それに準じる者達か。リュミナリアならまだしも、この国の警備体制はよく知らないからどこの所属とも知れない。けれど、国から派遣されてきたというのは間違いなさそうだ。現に、腕章にこの国の紋章がかたどられている。


 適当に返事をすると、その返事に満足したのか、男達は向こうの方へ歩いていってしまった。



「……また絡まれても面倒だし、姿を消しておくか」



 指を一鳴らしすると、薄い膜のようなものが身体の周りを覆う。これで魔術を解かれることがない限り周りから見とがめられることはない。



「さて、どうしたもんかね」



 手っ取り早い解決方法は、魔物か笛吹男が目の前に現れてくれることだ……け、ど。



「……あ。みっけ」



 道化師姿の男が私のすぐ目の前を縦笛を吹きながら歩いていく。


 いつもなら、待ってましたとばかりに術をかけて仕留め……足止めするのに、今回ばかりは少しの間スルーしてしまった。


 というのも、その男と顔を合わせるのがはばかられる状態だったのだ。


 道化師姿というだけでも十分奇天烈きてれつというか、一般人とは一線を画すのに、それに輪を加えての号泣状態・・・・。普通にしていれば女性が自分から寄っていきそうな容姿をしているのに、滝のような涙に鼻水がその美点を台無しにしてしまっている。



 分かる。事を起こす前に分かる。コレ、絶対面倒くさいヤツだ。



「ほーらぁー。戻っておいでぇー。帰るよぉー。……戻ってこいってばぁー」



 鼻水をズルズルいわせてるんだから鼻が詰まっているだろうに、きちんと笛が吹けている。どういう仕組みになっているのか分からないが、男が人間じゃないことだけは確かだ。



「……」



 ……はいっ、解決。解決ぅー。かいさーん。


 蠱毒? 恨み辛み? 全っ然そんな大層なものなんかじゃなかった。世の中もっと単純だってこと、完全に忘れてた。


 おおかた、奴が世話をしていた魔物に逃げられて、それを呼び戻している最中なんだろう。


 まぁ、そりゃそうか。そんな大仰なものが発端なら、この国の魔術師も異変に気付いているはずだわな。派遣されるのも兵士連中じゃなくて魔術師達のはず。



 余所を向いて遠い目をしながらふっと溜息を吐き、その後、男が歩いて行った先を見ようと顔をそちらに向ける。 


 すると、目に毒な原色系の衣装が目に飛び込んできた。それもかなりの至近距離で。


 その情けない姿からは全く想像できないけれど、気配を完全に絶てるくらいには実力があるようだ。さらに、隠れているモノを見つけ出すこともできるらしい。油断大敵っていう言葉を今更思い出す。



 「……なにさ」



 道化師姿の男がウルッウルの涙目で唇を噛みしめ、こちらを見下ろしている。それからガバリと両腕を広げ……。


 ――次の瞬間、私は絞られた雑巾の気分を味わわされることとなった。


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異世界って色々と面倒だよね 綾織 茅 @cerisier

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