9



◆ ◆ ◆ ◆



 シーヴァに言われた通り、あの後ちゃんと報告を入れた私に、あの人使いの荒い魔王サマ方は当然のように魔物と、正体不明の笛吹き男の件を解決するようにと宣った。調べるようにではない。解決するように・・・・・・・、だ。


 さて、解決はいいとして、ここで一つ問題が起きた。いや、別に私が慌てふためかなければいけないような事ではないから、別にいいと言えばいい。


 けれど、そろそろ勘弁してほしい。


 私の背の後ろに由貴が隠れ、私を挟んでおっさんと睨み合いが続く。それがかれこれ十分少々。



「いーやー!」

「嫌じゃありません! 一日だけってお約束でしたでしょうが!」

「姉さんと一緒じゃないなら帰らないーっ! 僕も残るーっ!」

「だから駄目ですって! 仕事たくさん待ってるんですから!」



 解決するようにと命じられた以上、私はここに残ると言った結果がこれだ。


 由貴達は私と別れてから夕暮れ時まで、彼らの本来の目的であった視察がてら魔物の情報を集めてくれていた。


 しかし、魔物は街中にしか現れていないようで、魔物が出るようになってからは外出が制限された生徒達が街の住人よりも情報を持っているなんてことはなかった。どれも街で聞いた話や、あきらかに尾ひれがついたと思しき話だけ。


 調査結果云々というより、一緒に帰れないことに大層ご不満の由貴は、おっさんがなんと言っても嫌だの一点張りである。



「由貴、仕事はちゃんとしなきゃ駄目だろう?」

「……お前ぇ」

「おっさんの給料が引かれるだけじゃすまないんだぞ?」

「そうそう。俺の……って、おい! 嘘だろう!? 嘘だよな!? ……え? 嘘ですよね!?」



 嘘なもんか。ちゃんと予定の期日に連れ戻らなかったってことで、何かしらの罰があるだろうさ。まぁ、この場合、罰を下すのは由貴じゃなくて、おっさんの上官だったり、事務方のトップである宰相だろうけど。


 すっと視線を外す私。そして、ぷいっと余所を見る由貴。

 すると、おっさんは私と初めて出会った時同様、養わなければならない家族がっと、ムンクの叫びよろしく顔面蒼白に変じた。



「大丈夫だよ、おっさん。近衛騎士になって給料上がった分減らされるだけだよ。たぶん、きっと……だったらいいね」

「なんでそんな段々自信なさげな感じになるんだよっ! でもって、減ること前提じゃなくて、減らないように何とかしてくれよ!」

「まぁ、おっさんだけならどうでもいいけど、家族が困るってんなら可哀想だな」

「おう! なんか色々酷い気がするが、もうそれでいい! 助けてくれるんなら何とでも言え!」



 あぁもう、あれだな。やけくその域だな。



「由貴、この件が片付いて報告を終えたら、お前のところに遊びに行く……か、ら……」

「姉さん?」

「おい、どうした?」



 何がというわけではない。ただ、何か違和感を感じた。


 周囲を見渡しても、課外授業を終えた生徒達が寮へと戻っているだけで、普段と何ら変わらないだろう光景が広がっている。


 しかし、こういう虫の知らせともいうべき胸騒ぎは存外よく当たるものである。



「おい、何かあったのか?」

「……いや。おっさんは由貴を連れて早く国へ戻れ」

「あ、あぁ」

「僕もここに」



 まだごね続ける由貴の眼前に片手を当てる。


 本当はあまり使いたくなかったけれど、仕方がない。



「いい子でお休み」

「……え?」



 由貴の意識がふっと途切れ、体勢を崩した。横にいたおっさんが慌てて由貴の身体を支え、横向きに抱きかかえる。


 先程までは情けないくらいだったのに、なかなかどうして。今のおっさんの顔は精悍な近衛騎士の顔になっている。伊達に一介の兵士から特進し、上官達に鍛えられ続けていない。


 

「……あんまり無理はすんなよ?」

「まぁ、これでも養い子がいる身だからね。あの子が一人になるような真似はしないさ」

「そうか。じゃあ、俺達はもう帰るな。あぁ、情報集めるくらいだったらまた力になってやるよ」



 そう言って、おっさんと由貴は馬車の中に乗り込み、馬車ごと転移できる大きな陣のある郊外へと馬を走らせていった。


 空は夕暮れの茜色に染まり、例の魔物が出るという夜が迫っている。そして、今日一日は夜通し街の中を見回ることになるだろう。



「残業手当……そういう概念があの人達にはなさそうだからなぁ。なしだろうな」



 昼夜問わず滅私奉公しているシーヴァに、起きている時間はほとんど神への奉仕者である神官のトップであるユアン。そもそも就業時間という概念もないのだから、当然、残業という概念もない。


 金はいらない。自由をよこせ。


 それを本人達を目の前にして言えたら、こんな苦労はしていない。



「どこで間違ったかなぁ、ほんと」



 ……とりあえず、着替えるか。借り物のドレスだから、万一傷物になった時に申し訳ないし。


 ふうっと重い溜息をつき、私も正門を潜って学園を後にした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る