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◆ ◆ ◆ ◆



 フェリシア嬢の部屋は個室になっていて、淡い色――パステルカラーを基調とした内装になっている。出会って少ししか経っていないけど、彼女らしい部屋だよなぁって感じ。まかり間違っても、某国の女王陛下のように拷問器具を自室にまで持ち込んでいたりしない。


 いや、由貴あのこが例外中の例外だなんてことは分かってる。それに、元は男の子だったんだし。拷問器具……憧れるものなのかねぇ。うちの兄もそうだったし。……いやいや、まさか。うちの兄に影響されただなんてそんなこと。……いやいやいや。



「えっと、どうぞ椅子にかけてお待ちください。すぐにお茶を淹れますから」

「……あぁ、お構いなく」

「いえっ。……えっと、そうだ。実家から良い紅茶の茶葉を送ってもらったんです。でも、一人だと勿体もったいなくてあけられなくって」



 明らかにとってつけたような言い分に、つい笑ってしまった。でもまぁ、それに乗っかってみるのもいいかもしれない。持ち帰える情報は少しでも多い方がいい。



「そうですか。それならご馳走になります」

「ふふっ。良かった」



 部屋の中央に置かれたテーブルと、椅子が二脚。そのうちの一つに腰かけ、フェリシア嬢の準備が整うのを待った。


 その間、手持ち無沙汰になってしまったものだから、お茶のお礼に部屋を飾る花でもと思って、季節の花をポンポンっと魔術で出していく。もちろん花瓶もだ。

 フェリシア嬢がお茶を淹れて戻ってくる頃には、テーブルの上に置かれた花瓶は花で一杯になっていた。


 フェリシア嬢は突然現れた花瓶と花に、目をパチパチと瞬かせて驚いている。



「これ、どうなさったんですか?」

「お茶のお礼にと、魔術を使って出しました」

「そんな……嬉しい。ありがとうございます!」



 どうやら出した花のうちに彼女の好きな花があったらしい。しばらくの間、本当に嬉しそうに花瓶を見つめていた。


 そこまで喜んでくれると、やった甲斐があるというもの。貴族の娘としては感情を表にすることはご法度だろうが、今は私と二人っきり。こうした顔を見れるのもこういう場だからこそだろう。


 軽く会釈して、淹れてきてくれた紅茶のカップに口をつけた。


 ……あぁ、確かに、これは美味しい。普段は飲まない甘めの味に、鼻腔を紅茶独特の仄かな香りがふんわりと占めていく。彼女が勧めるのも頷ける。



「えっと……サーヤ様、でしたよね?」



 フェリシア嬢も向かいの椅子に座りながら、そう尋ねてきた。



「サーヤで構いません。このように身綺麗にしておりますが、貴族ではございませんので」

「えっ? いえ……では、サーヤさんとお呼びしますね。私、学園内で貴女をお見掛けしたことがないのですが、今日はどんな……って、あっ!」

「どうしました?」

「私とお会いした時、どなたかを待っているっておっしゃってませんでした!?」

「あぁ、気にしないでください。向こうもそうそう簡単に片付く用事ではないので。お茶をする時間くらいはまだ十分ありますから」

「そうですか。良かった。私が引き留めたせいで、お相手の方をお待たせしてしまってるんじゃないかと」



 椅子から僅かに腰を浮かしていたフェリシア嬢は、気が抜けたのか、再びストンと腰を落とした。



「今日はどんな……でしたね。用事でということであれば、私の上司的位置にいる方々から、この学園に通っている方の様子を見てきてほしいと頼まれまして。友人と一緒に来させていただいたんです」

「そうだったんですか。もしかしたら、その方の元までご案内できるかもしれません。お名前はなんとおっしゃるのですか?」

「……名前?」

「はいっ」



 ……名前、名前ね、名前。……あれ? 王太子あのひとの名前ってなんだったっけ? 


 ローランドは殿下呼びだし、魔王ズに至ってはアレとかヘタレ呼ばわりだし、それで分かったから改めて気にしたことなんてなかった。



「……お忍びでとのことですので、お気になさらず」

「でも」



 その時、廊下をバタバタとこの部屋の方へ駆けてくる音が聞こえてきた。あのおっさん――ローランドが何か喚いている声も一緒に。


 ここで一つ、確認しておくべきことがある。ここは学園の女子寮の中。また、王侯貴族の子弟子女が大半のこの学園において、風紀が乱れることはよろしくないと、男子寮女子寮に部屋を持つ生徒の行き来はエントランスを除きご法度である。


 大事なことなのでもう一度言おう。行き来はご法度である。



「殿下! なりません! 殿下っ!」

「フェリシア嬢に何をする気だ!」


 

 バンッと大きな音を立てて開かれたドアは可哀そうに、ドアノブの部分が壁に当たって傷ついている。


 勢いづいて入ってきたはいいものの、王太子のその強気さは瞬く間にシュルシュルと縮んでいった。



『ご機嫌麗しゅう。我らが王太子殿下』

『随分とお元気のようで何より』



 丁度と言っていいかは分からないが、遠くにいる相手とも話ができる水鏡のようなものに魔王サマ方から連絡がきたのだ。それに二人が映し出され、私はそれを部屋に入ってくるだろう王太子殿下にも見えるよう、両手でうやうやしく持って構えていた。


 決して、報告材料を一つでも減らそうと思っての行動ではない。あくまでも、実況中継的なアレだ、アレ。とにかく、それは大層効果的であった。


 今ではもう、王太子殿下は身を縮こまらせてさえいる。



『サーヤから女子寮にいると聞きましたが? まさかとは思いますが、規則を破り、感情のままに行動してその場にいらっしゃる。そうではないですよね?』

『いやいや、宰相閣下ったら、まさか! リュミナリアの代表にして王太子殿下である御方が、そんな国の恥になるようなことするわけないじゃない』

『それもそうですよね』



 この場から脱兎のごとく逃げ出さなかったのは正解だろう。そうなれば、後でまたこれよりも数倍うすら寒い言葉で責められることが、王太子にも重々分かっているとみえる。さすが、彼らの餌食になっていた年数が違う。


 顔を青褪あおざめさせる王太子殿下。それをにこやかに見る魔王サマ方。王太子殿下を心配そうに見つつ、どうしていいか分からず、殿下と魔王サマ方を交互に見るフェリシア嬢。そして、三者三様なさまを無になりながら黙って遠くを見つめ、やりすごそうとする私。ローランドは魔王サマ方の言葉の裏が分かるから、王太子殿下に対して不敬な言葉を裏に含む二人をじっと睨みつけていた。


 ……うん、なかなかなカオス具合。由貴や由貴の近衛騎士であるおっさん――ダグラスが一緒にいなくて良かったよ。これ以上カオスな現場になるのは私も本意ではない。というより、仕掛けた本人だけど、収拾が面倒くさい。



『あぁ、サーヤ。報告、後でしっかりと頼みますよ』

「はーい」



 その言葉を最後に、通信はぷつりと途絶えた。


 この状況が一人み込めない様子のフェリシア嬢に、改めて挨拶をしなけりゃならんよなぁ。


 椅子から立ちあがって片手を胸に当て、フェリシア嬢に向け、略式の礼であるお辞儀カーテシーをする。



「改めまして。リュミナリアの庇護ひごを受けている魔術師が一人、サーヤでございます。今回は先程の宰相閣下と神官長猊下のめいでお二人のことを調べに参りました」

「えっ!」

「あぁ、ご心配なさらず。その件に関しては・・・・・・・・、私は王太子殿下にご協力することをお約束しております」

「その件、というと? 他の件が?」



 二人との通信が途絶えたことで活力を取り戻した王太子殿下が、その場に立ったまま、不思議そうな顔して尋ねてくる。


 私も魔王サマ方に負けず劣らずニコリと微笑むと、彼も私が言いたいことを理解したらしい。フェリシア嬢へのびの挨拶あいさつもそこそこに、くるりと方向転換し、来た時同様慌ただしく廊下を走って出て行った。


 さて、そろそろ私もおいとまするべきだろう。報告をと言われたし。面倒なこと極まりないが、これも仕事。仕方がない。


 ……転職、いや、この場合、他国に引っ越しか。できないもんかなぁ。


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