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「それにしても、貴女は何故このような所に箱をお探しに?」
「実は……最初、誰にも見つからないように、あの植え込みの所に隠していたんです。でも、先日、別の場所に移そうと思って見たら、なくなってて」
「それは……心配ですね」
「えぇ。だから、こうしていけない事と分かっていても、悪魔と契約して見つけてもらおうとしてしまったんです」
「そうですか。ですが、こいつは駄目です。チェンジですよ、チェンジ。ほんと、ろくでもない悪魔ですから」
両手の人差し指を交差して見せると、当の本人が不満そうにブーブーと文句を垂れる。
そして、ふわりと宙に浮かび、最初に私と目が合った木の枝の所へ飛んでいく。そのまま消えるのかと思いきや、再び幹に背を預けてくつろぎ始めた。
「酷いなぁ、本当。僕が一体何したって言うのさぁ」
「胸の中に手ぇ突っ込んで考えてみなよ。すぐに思い当たる節の一つや二つ、十や二十は出てくると思うから」
「む、胸の中にって、それでは」
「いいえ。言い間違えではないので問題ありませんよ」
ニコリと微笑んで見せると、フェリシア様は困惑した表情を浮かべ、小さく首を傾げる。
彼女は知らないだろうが、この男には余罪が山と積めるほどあるのだ。それに、本当に手を突っ込んだとして、それくらいで死ぬようなら、天界も彼を倒そうとする者も苦労しなくてすむだろう。
……そうか。魔王を倒すというのが、将来のジョシュアの役目なわけで。そうなると、この男は私の大事な養い子の前に立ちはだかる邪魔者。
ここで一つ、再起不能に陥らせておくのも悪くはない。
そんな私の考えを読んだのか、思考を逸らすかのように奴は声を上げた。
「あららー? 誰か来るみたいだよー?」
「……こちらへ」
「えっ?」
フェリシア様の手を引き、そのまま姿を消す術をかける。これで相当魔力がある者以外は私とフェリシア様の姿は見えない。
一方の奴はそのまま居座り続ける。どうやら、姿を消すまでもないと判断したらしい。
何かを投げつけてやりたい衝動にかられるが、今は我慢の時だ。
じきに奴の言う通り、こちらに向かって三人組の少女達が歩いてきた。
見事な金の巻き髪をした派手な見目の少女の周りに、いわゆる取り巻きと呼ばれるのだろう、これまたはっきりとした顔立ちの少女が二人。
どこぞの展開で見たことあるやつだな、おい。
そう思っていると、若干文字フリークの気があった某兄のことが頭に浮かんだ。
あれだ。小説や漫画などに出てくる悪役令嬢とその取り巻き。彼女達はそれを見事に再現してくれている。きっと彼が見たら喜んで観察し始めるだろう。
その三人が近くにやって来て、高いトーンでの話声がこちらまで聞こえてきた。
「ふふっ」
「ベアトリス様のその嬉しそうなご様子。もしや、先日おっしゃっていた件が上手くいきまして?」
「そうなの。きっと今頃、焼却炉の順番を待っていると思うわ」
「まぁ。有言実行なさるとは、なんて素晴らしい行動力なんでしょう」
「さすがはベアトリス様。あんな下から数えた方が早い伯爵家の娘よりも、公爵家であるベアトリス様の方がリュミナリアの王太子殿下の婚約者に相応しいですわ」
「ふふっ。そうなった暁には、貴女方もリュミナリアへご招待するわね」
「まぁ! 素敵!」
「ご連絡、お待ちしておりますわ!」
自らの
悪い事は言わんから、自分の国の人間で満足しておいた方がと思えるのは、まだろくに関わっていないからだろう。
こういう輩、あの宰相閣下と神官長
限りなく、例の脳内万年お花畑状態の巫女姫と同じ臭いがする彼女を、たとえ婚約者としてであっても認めることはあるまい。
彼らの発言にはあまり反発を見せぬ両陛下はもとより、自分の息子はやはり可愛いものだから、二人があえてNoを突きつけた相手に固執することもない。
ご令嬢達はこの場で立ち止まることなく、そのまま通り過ぎて行った。
「……だって」
「なぁにが、だって、だ。お前、知っていただろう」
「えー? 何のこと?」
奴が探し物をしてる時点で怪しいとは思っていたが、さっきのベアトリス嬢達の話を聞いて確信できた。
フェリシア嬢が探している箱がこいつの探している物であれば、箱が焼却炉で燃えてしまうような簡単な探し物、早々に見つけているはずだ。仮にも悪魔、腐っても悪魔、だ。
であれば、こいつは在り処が分かっていてあえて黙っていたか、あるいは本気では探していなかったか。おそらくコイツの性格からして後者だろう。
この期に及んでしらばっくれる奴は放っておいて、フェリシア様の方へ顔を向けた。
「この学園内に焼却炉はありますか?」
「え、えぇ。確か、南の斜塔の傍に」
「南の……あちらですか。では、急ぎましょう」
「えっ!? まっ」
フェリシア嬢の指さす方角を見ると、確かに斜塔が見える。
位置関係さえつかめれば転移陣も訳ない。すぐさま展開させ、フェリシア嬢の腕を掴んで転移陣の中に引きずりこむ。
狼狽えるフェリシア嬢はこの場から消える瞬間、何かを悟ったように私の顔を見てきた。
焼却炉の前に転移すると、奴もすでにこの場に来ていた。
そのまま諦めて魔界に帰ってくれればいいものを。
しかし、まずはこの山のように積まれたごみの中から探している箱を探すのが先決だ。下手をすると、すでにこの焼却炉の中に放り込まれた後ということもある。
汚いものは見たくないという風に顔を逸らし続ける奴は無視して、フェリシア嬢と手分けして探し始めた。
だいぶ探した後、手を止め、まだ探しているフェリシア嬢の方へ顔を向ける。
「どうでしょう? ありそうですか?」
「……あっ! これです! 中身は……良かった。全部ある」
箱はどうやら鍵を開けるために仕掛けの解除が必要だったようで、確認した中身が全て無事だったことに、フェリシア嬢もほっと一息ついた。
おそらく順番的にはそろそろだと思われる中に紛れており、もし、あと数時間でも遅ければこの箱は燃えてなくなってしまっていただろう。
「間一髪でしたね」
「えぇ。本当に、ありがとうございました!」
「いいえ。見つかって良かったです。……ということで、お前はお役御免。見つけなかったんだから、契約も不履行のため破棄だ」
「それは……分かった、分かったよ。今回は見逃してあげる。
奴はひらひらと手を振り、ふっと姿を消した。
次もなにもあるわけがない。しかも、今回は見逃してあげるなど、上から目線で来おってからに。
腹に据えかねて魔王の腹心一人相手しても問題ないなら、次に会った時に天界の丘に
……シンか。シンだな。帰ったらシンに相談してみよう。どこか神々や天使達が行き交う神聖な場はないか、と。
「……と、いうわけなので、もう悪魔を召喚したりなどしないようになさってください」
「はい。ごめんなさい」
フェリシア嬢には念のため釘をさしておく。元々利発そうな少女なので、もう次はないと信じてもいいだろう。今回のことでも、助けにならなかった悪魔はやはり信用ならないと思えたはずだ。
それ、と。
「つかぬことをお伺いしますが、あのベアトリスというご令嬢は?」
「私のクラスメイトなんです。殿下と私の仲をよく思っていないみたいで」
「あの口ぶりだと、自分が婚約者の立場になったかのようにおっしゃっていましたが」
「ベアトリス様には既に同じ公爵家の婚約者の方がいらっしゃるのですが。殿下にその、恋をなさったようで」
「……あぁ」
恋、恋、ね。
これまたどこぞの某国の元王太子殿下とそのお相手を思い出す。各国の高官や自国の貴族達が一堂に会する場で婚約破棄宣言をぶちかましてしまった彼ら。その後の消息は聞けていないが、そこまでの大恋愛をした彼らの事。きっとお相手の家に婿入りした後も上手くやっていくだろう。後は隣国のことだし、知らん。
そういえば、あの時出会った我が心の友、ステラシアは元気だろうか。あの腹黒そうな第二王子、もとい新しい王太子殿下の相手で疲弊していないか非常に心配だ。むしろ心配しかない。
あの時しか会っていないからまだ分からないけれど、あの王太子殿下は執着されたらヤバい系統の御方だと思う。ステラシアは逃げる気満々でいるけど、正直な話、それは無理だろう。彼がのこのこと獲物を逃がしてやるとも思えない。
この世界に来て初めてできた心友のことに思いを馳せていると、フェリシア嬢が深々と頭を下げてきた。
「では、私はこれで」
「……お部屋までお持ちしましょうか? 私なら、魔力で重さを軽減できますし」
「いえ! そこまでしていただくわけには……あっ!」
あー、ほら、言わんこっちゃない。
鍵を開けたままだったのか、弾みで中身が外にぶちまけられた。
慌てて拾い集めるフェリシア嬢だが、箱の見た目に反して中身は結構な数が入っていたらしい。そうすぐに拾い終えることができないでいた。
「本でしたか」
「こ、これはっ!」
近くに落ちた一冊が上を向いて開かれている。
それを拾う際に、中身が見えてしまった。
必死で隠そうとするフェリシア嬢の運が悪かったというかなんというか、その、いたしているページだった。しかも、元の世界では頭文字にBとLがつく類のもので。
「……なるほど」
「あ、あのっ! この本のことは殿下にはっ!」
「もちろん。お伝えしませんので、ご安心ください。それ以外の誰にも。趣味で楽しむ分にはそれぞれの自由ですから」
「……本当に、ありがとうございます」
これくらいならまだ例の某兄の本棚で見たことがある。さすがに奥の方に隠されるようにしておいてあったが。
念のために言っておくと、私が貸していた本を返してもらう時に見えたもので、別に
それにしても、なるほど。これは確かに王太子殿下には知られたくないだろうし、たとえ悪魔を召喚してでも見つけたくなる気持ちも分からなくはない。召喚した悪魔が論外だっただけで。あのベアトリス嬢という恋敵がいるならなおさらだ。
「やはり、お持ちしますよ。途中でまた同じような目に遭わないという保障はありませんし」
「うぅっ。すみません」
ここまで知ってしまったらもはや何の遠慮もいらないというのに、まだ申し訳なさそうにするフェリシア嬢。
リュミナリアの王太子殿下はご自分はザ・普通だが、女性の見る目はあったようだ。そう思う程度には、私はこの伯爵家のご令嬢を好ましく思えた。
先程のベアトリス嬢のように傲慢のきらいのある少女であればどうしようかと思っていたが、フェリシア嬢には思慮分別もありそうだし、少々己を卑下するきらいがあるが、それはまぁ他で補える。
本当は火消しを命じられていたローランドが成就させてやりたいと思うのも無理はないかもしれない。
軽減魔術をかけた箱を笑顔を浮かべつつ持ってやり、一緒に彼女の部屋まで向かった。
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