6
王太子の警護に戻るというローランドと王太子とはその場で別れた。
由貴とおっさんにはもう少し例の魔物について情報を集めるもらうようお願いしてあるし。
私は私で本来の役目を……って、まぁ、火消しはもう手遅れだから、戻った時にユアン達に怒られない程度の
しっかし、リュミナリアを出てきた時のユアンの様子から考えるに、ありきたりなモノじゃ代わりとしては認めてもらえないだろう。それこそ、学園の裏帳簿なんてものがあれば大歓喜ものだろうが、そんなものがホイホイ奪われるようなところに置いてあるとは思えない。
さて、どうしたものかね。
木陰を歩いていると、目線よりも少し上、木の幹のところに何か……あぁ、嫌なモノを見た。
「あっれー? どうして君がここにいるの?」
「……」
無視だ無視。私は何も見てない、聞こえてない。
死の番人なんて、どこにもいない。
あぁ、最近疲れてるからきっと幻覚でも見てるのかもしれないな。これが終わったら、ジョシュアとどこかへ旅行に行くのもいいな。心友であるステラシアのところでもいいかもしれない。彼女の自慢の領地を案内してもらえれば、実に有意義な時間を過ごせることだろう。そうだ。それがいい。
「ちょっとちょっと、無視しないでよ」
「離れろ、戦闘狂」
「あははっ」
いや、褒めてない。爪の先ほども褒めてない。おまけに身体をしならせるな、気持ち悪い。
なにが悲しくてお前のドアップを見にゃならんのか。
私はまだジョシュアに対してお前がした所業を忘れていないからな。よくもうちの大事な養い子泣かせてくれおって。おまけにそのせいでジョシュアが騎士団の訓練に参加することになってこちとら心労が絶えんのじゃ、このやろー。
「あ、そうだ。招待状の返事がまだだって聞いたんだけど、どうなってるの?」
「どうもこうもないわ。なんで私が魔族の、それも頂点にいる魔王の生誕祭の料理を作らにゃならんのか。冗談もその存在だけにしろ」
「君ってだいぶ口悪いよねぇ? ま、僕はそんなとこも気に入ってるんだけどね」
「……今すぐ帰りやがれください」
「あははっ! なにそれ、言葉へーん」
本気で頭が痛くなってきた。
まぁ、なんでここにいるのか全く気にならないわけじゃないけど。
でも、今はただただお帰りいただきたい。そして、二度と現れないでいただきたい。うん、わりと真剣めに。
「君の美味しいご飯か魔力を食べたいところだけど……僕、絶賛探し物中なんだよね。ねぇ、手伝っ……」
「断る」
「まだ言い終わってないのに。そんな食い気味に言わないでよ」
さぁ、私も情報収集に励まねば。由貴とおっさんだけ働かせるのも悪いし。
「……あ、僕の契約主が来たよ」
その気はないのに、つい奴が向ける視線の先を追ってしまった。
女の子が一人、こちらへ駆け寄ってくる。肩口でふんわりと巻かれたセミロングは光に反射して茶色に輝いており、眼鏡をかけた顔は少し幼さが残って見える。その子が着ているのはここの制服に間違いない。ということは、ここの生徒だということだ。
……待てよ?
探し物を探すというのが、こいつと彼女の契約なら、その探し物を手伝う間に彼女からフェリシア嬢の情報が手に入るかも。ダメでも、なんらかのこの学園の情報が。
……悪くない。悪くはない、が。
足を止めた私の方を、ニンマリと笑う奴の思惑通りになるのは面白くない。
私の考えていることなど筒抜けだ。そう言わんばかりの笑みを浮かべる奴の
「やぁ、見つかった?」
「いいえ。……あの」
いつの間にか隣に来ていた奴と一緒にいる私に、女の子はちらちらと窺うような視線を送ってくる。
悪魔と契約を交わすなんて、なんとも肝の据わった子のようだ。
願いを叶える対価に魂を奪うモノもいるそうだが、こいつもその類だとは思わなかったんだろうか。通称からして、その対価を望む筆頭格だと思うんだが。
「初めまして。私、サーヤと申します。……あぁ、ご心配なく。ちゃんと人間ですよ?」
「貴女、彼が何者なのかご存知ないのですか?」
「あぁ、悪魔、でしょう? 名前のことならお気になさらず」
「そ、そうですか」
悪魔に本当の名前を教えてはいけない。契約終了後、今度は人間の方が名前で縛られてしまうから。そういう話が伝わっているのは確かだし、それも事実。
心配はありがたいけど、それに関してはもう手遅れだ。もうだいぶ前に知られてしまっている。
それに、そういう力が働くのも、悪魔側の魔力量の方が勝っていた場合。魔族も存外縦社会で、魔力量が劣る者から勝る者へは何事も勝ちが望めないことになっている。
話に誤りがなければ、こいつは魔王の側近中の側近。当然、魔力量も推して知るべし。とはいえ、この世界に連れて来られた時、シンにオネガイして付与された私の魔力量は魔王に匹敵するもの。純粋に魔力量だけを比べるのであれば、こいつより私の方が上だ。
だからこそ、こいつは私に対して“頼む”あるいは“お願いする”という形でしか話をつけられない。他の人間同様、誘惑して“命令する”ということができないのだ。
今となっては、あの時シンからそれだけの力をもらっといて本当に良かった。でなければ、今頃魔界に問答無用で連れていかれ、こいつの料理人なんぞをさせられていたかもしれない。ぞっとする。
「……そうだっ。すみません、この辺りでこれくらいの箱を見ませんでしたか?」
その女の子の手の動きによると、そこそこ大きめの箱のようだ。そして、残念ながらここに来るまでにそんな箱は見ていない。
そう告げると、女の子は表情を曇らせた。
悪魔と契約してまで見つけようってんだから、相当大事なものには違いないんだろうけど。そんな大事なものをこんな所に隠すなんて些か不用心すぎやしないか? この道を通る人もそんなに多くないとはいえ、全くいないというわけでもないのに。
「あれがあの方に知られてしまったら……私、どうしたら」
「あの、私も丁度人を待っていて手が空いていますから、お手伝いしますよ」
「えっ!? いいんですか?」
「えぇ。悪魔なんかと契約して見つけさせて対価を支払わされるより、だいぶ良いかと」
「随分な物言いだなぁ。僕はきちんと仕事をしているだけだっていうのにさぁ」
いや、ちょっと待て。
こっちは人間側から見たら真っ当なこと言ってるつもりなのに、なんで私が悪いみたいな言い方されなきゃいかんのか。不満を言われた私の方が不満を言いたい。
一方、口をとがらせる奴とは違い、この申し出に女の子の方は俄然乗り気のようだ。頬がほんのりと上気して赤みがさしている。
それもそうだろう。悪魔崇拝者でもなければ、誰が好き好んで自分の命を対価にしかねないことを続行しようとするものか。
「よろしくお願いします! ……あの、私は」
私が名乗ったのに自分は名乗っていないことを気にしたのか、こっそりと耳打ちしてきた。
小声だからって、この悪魔に聞こえていないはずはないと思う。けれど、今はそれよりも、告げられた名の方が私にとっては大事だった。
――フェリシア・クローディヌス・デュアメル、と申します。
ふふっ、ふふふふふっ。
天は私に味方してくれた。きっとリュミナリアで待つ魔王サマ達への手土産として私に遣わしてくれたんだろう。違ってもそう思うことにする。だって、悪魔であるこいつのおかげかと思うとなんか癪だ。
耳元から顔を離す女の子――目下、王太子と恋仲だというフェリシア嬢に、ニッコリと微笑んで見せた。
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